第32話 パーティ


 頭に衝撃が走ってからこの体の持ち主、五之治優春の記憶が少しばかり俺の記憶に流れこんできた。……いや、正確には上書きされていた。



 性別、年齢、性格、誕生日、趣味……。



 しかし大事なことだけが思い出せない。ただ五之治優春の記憶に花火がいたような……。


「花火……?」


 口を開けたまま素っ頓狂な顔で俺を見つめる花火。いつもの花火とは少し様子が違う。



「…………はい?」

「昔、俺と会ったことなかったか?」


 思えば俺が花火と初めて会ったのは部活を探すため校舎を徘徊していた時だった。何故だか知らないがこいつは俺の跡をつけていた。


「何を言ってるんですか先輩、おかしなところでもぶつけましたか? また異世界転生とか言い出さないで下さいよね」


「答えになってないんだけど……?」


「ありませんよ」


 花火は口を尖らせながら俺を否定する。

 いつも通りの引持花火だ。


「それよりこんなところで何してるんだよ」

「……ってか先輩いいの持ってますね、家まで送って下さいよ、近くじゃないですか!」


 そう言った花火は既に俺が押している自転車の荷台に跨っている。

 確かに引持家は俺のマンションの近くだ。


「まぁ、いいけど」


 どこぞのお姫様だろうか、結局俺は花火が荷台に乗る自転車を押して帰ることにした。



 なんだか今日は歩きたい気分なんだ。





「俺、告白されたんだけど……」


 荷台に跨りスマホをいじっている花火が顔を上げた。


「え、自慢ですか?」

 

「いや、……近況報告だ」


「部活をサボって恋愛とか、先輩とは良いご身分ですよね」


 俺の自転車に乗って運ばれているお前も充分良いご身分だと思うけどな。


「それでどうしたんですか? ……もしかして付き合ったんですか?」


「返事はしてない……そもそも俺に返事をする資格がないと思った」


「……あーあ世の中にはピンチをチャンスに変えるヒーローもいればチャンスをピンチに変える人もいるみたいですね先輩。素晴らしい才能です」


 ……褒めてないなこいつ。


 そして花火は再びスマホを眺め始めた。


「なぁ花火、明日昼飯一緒に食べないか?」


「別に良いですけど、どこで食べるんですか?」


「天文部の部室だ」


「……なるほど、意外と穴場ですね。ではそれなりに楽しみにしときます」


 

 花火を家まで送り届けマンションに着いた。

 その夜、思い出した情報をメモ帳に纏めてみた。


 五之治優春 16歳 男

 誕生日 4月12日

 趣味 天体観測

 友達 3人くらい

 彼女 無し


 

 まだ曖昧で思い出せないが住んでいたのはマンションではなく大きな家だった。

 

 優春という名前は4月に生まれたためそう両親に名付けられた。そして自分でもこの名前は気に入っている。


 趣味の天体観測……俺が天文部に入部したのは必然だったのかもしれない。俺は星を見るのが好きなのもこの体に染みついた記憶だったんだ………。



 翌日、教室につくなり隣の水鳥に声を掛けた。

 

「なぁ水鳥、今日こそ一緒に昼ごはん食べないか?」


「別にいいわよ」


 おぉ、正直驚いた。珍しいこともあるもんだ。誘ってみるもんだな、氷の女王を口説いたこの実績は今後の自信にも繋がる。


 この際、渦巻にも声を掛けてみるかと水鳥を誘えた嬉しさのあまり呑気な顔で振り返った。


「なぁ渦巻、今日の昼休み一緒にご飯食べないか? みんなで食べれば楽しいと思うぜ」


 やる気なさそうな目をした白銀の女の子が俺を睨んでいる。それも両肘を机につけ手の平の上に顔を乗せて……。


 ……物凄く気怠そうだ。



「えー無理っしょー?」

「どうしてだ?」


 ふぅーっと渦巻が吐息を漏らす。


「にぶちんだなー。ウチがいると空気悪くなるじゃーん、大気汚染だよー」


 意外にも思い詰めた表情を見せる渦巻。

 いつもよりは少し発言が弱気だ。


「別にそこまで言ってないだろ? 俺はお前にも来て欲しいと思ってるんだけど」


「優しいなー優春くんは。……どうしてそこまで他人に優しくできるのか不思議だよー」


「逆にどうしてお前はそこまで他人と仲良くしないんだよ」


 今までろくに友達が出来なかった俺が言えたセリフでは無い事はわかっている。

 だが渦巻は何を思って他人と深く関わろうとしないのだろうか……。


「教えてあげないよーだっ」


 その言葉と共に美徳先生が教室に入ってきて朝のホームルームが始まった。


 転生して肉体の記憶が無い状態で右も左もわからなかった世界。そこで友達を作ることは容易ではなかった。

 しかし記憶が少しばかり戻ったおかげなのか渦巻の気持ちが少しわかった気がする……。



 自分が他人にどう思われているかなんてわからない。友達と言ってくれる人は心から友達だと思っているのだろうか、楽しいと口に出した人達は本当に楽しんでいるのだろうか。

 この世界の闇、それは上辺だけ自分を取り繕って社会的地位を確保しようとしている人間の弱さや脆さ、社会の仕組みそのものだ。


 渦巻も水鳥や番匠と同様で何かと闘っているのかもしれない……。


 



 昼休みになると俺は水鳥に声を掛け2人で天文部の部室へと向かった。一応、水鳥には番匠という隣のクラスの子も一緒に食べるから仲良くしてやってくれと助言はした。どうなるかは水鳥次第である。


「おっす」

「あ、五之治くん……それと……」


「2-Aのエース水鳥救衣よ、よろしく」

「あ、水鳥さんB組の番匠です、よろしく」



 水鳥が……軽く痛い。やはり神様は平等なのかもしれない。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能そんな水鳥だが、よく滑る。

 どうやら助言が裏目に出たみたいだ。


 軽くお互い挨拶を済ませテーブルを囲むように座った。思っていたより2人に壁は無さそうな気がする。


「あれ水鳥さんもいたんですか」


 そう言いながらたった今ドアを開けて部室に入ってきた花火。


「え、もっち!?」

「あ! 美乃さん!」

 

 もっち? 美乃さん?


「久しぶりだねーもっちー」

「美乃さんこそどうして……ってもしかして先輩の友達って……」


 花火がとてつもなく嫌な目で俺を見ている。


「そうだよ、私だよ」と番匠

 

「へぇ、五之治くんが……ね」と水鳥。


 そして4人でテーブルを囲むように座った。

 

 これだ……。

 これこそが仲間、これこそがパーティだ。

 昔の事を思い出そう耽っていると唐突に水鳥が口を開いた。



「ちょっといい? 番匠さんと引持さんってどういった関係なの」

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