第20話 天体観測

五月五日(木)祝日 



 夜景が見える小さな山、そこから少し歩いた場所に歴代の天文部員の観測場所がある。

 俺たち天文部は3人でその場所を目指し舗装された階段を登っていた。

  

「先輩、本当に道あってるんですか? またこの前みたいに迷子にならないで下さいよね」


「あの時迷子になったのはお前だからな」



 天体観測のためカフェに行った日の晩に天文部で集まることになっていた。

 それはスマホという次世代のツールを使いコミュニケーションを取ることが出来たから実現できたことだ。


 なぜかわからないが荷物は全て俺が持っている。 ジャンケンもしていないのに……。


 手厳しい姫たちだ。


「ついたわよ、二人とも」

「うっわーここめっちゃ映えますね!」


 花火が頭上の夜空を見上げながら声高らかに言った。

 ここは夜景が見える場所から少し歩いた場所にある穴場。


 この場所から見える星はいつも見る星よりも輝いているのは確かだ。

 

 俺は高ぶる気持ちを抑えながら持っていた荷物を下ろしてシートを広げた。

 ここまで頑張れるのは二人のためではない、天体観測のためだ。


 待ちに待ったこの時、望遠鏡をセットし終え、いよいよ星が見えると思いドキドキしていた。


「せーんぱいっ」


「なんだよ藪から棒に」


「レディファーストって言葉知ってますか?」


「たしか、アメリカの大統領夫人のことだろ?」


「それはファーストレディです。 てかどこでそんな言葉覚えてくるんですか。謎なんですけど」


 ……?


 そう言って花火が先に望遠鏡を覗き込んだ。


 こいつ……。

 

 花火はしばらく興奮していたようだがすぐに飽きてしまった。30秒くらい望遠鏡を覗いてからはスマホをいじってる。

 

 よし次こそは俺の番だ。


「北斗七星のおおぐま座の尻尾からアークトゥルス、スピカと続くのが春の大曲線ね、アークトゥルスとスピカ、デネボラの3つの一等星を線で結んだのが春の大三角。春の星座で注目すべきはこのくらいかしら……」


 水鳥が丁寧に解説してくれた。


 ……持つべきは優等生だ。


 まるで星が生き物のように見える。

 俺は天体観測が好きだ。

 でもこの好きの感じは今までの何かとは違う感じがする。


 以前から好きだったような……。


 でも俺の元いた世界に星なんて無い。

 惑星という認識すら無かったのだ。


 もしかするとこれは……五之治優春の記憶。



「今更になって聞くんだけど、五之治くんはどうして私の家の住所がわかったの? もしかしてストーカー?」


 うっ……。

 痛いところを突いてくる。

 まさに藪から棒だ……。

 話せば長くなるのだけれど……。


「まぁ花火や渦巻とかいろんな人に助けられたんだよ」


 水鳥の中の俺はそんなに人望がなかったのだろうか、水鳥が自慢の碧眼を見開いて驚いた表情を見せている。


「ごめん、聞き取れなかった。もう一度言ってくれる?」


「……だから色んな人に助けられたんだって、俺だってひとりぼっちじゃないんだぜ……多分だけど」


「違う、そのまえ」


「花火や渦巻のこと……?」


「……そう」


 水鳥が俯き何かを考えている。

 やはりここで引っ掛かるの花火ではなく渦巻……。



「答えたくないなら答えなくて良いんだけどさ、渦巻と何かあったのか?」


「……そうね。だいぶ前の話だけど」


「良かったら聞かせてくれないか?」


「大した話じゃないわよ」と前置きする水鳥の顔は辛辣を貫いていた。


 話したくないならいい。

 そう思ったのも束の間だった。


「数学で私が唯一勝てない相手かな」


「数学で勝てない?」


 水鳥は母親が言う通り学年トップ。

 つまり1位だ。

 その水鳥が勝てないと言うことはそれ以上に頭がいいと言う事。


 でも渦巻の話し方や言動からはとても勉強熱心には見えない。むしろ毎日勉強をサボってそうな雰囲気さえある。


「ええ。渦巻さんは計算に関しては化物ばけものよ」


 満点の星を見上げる水鳥が言った。


化物ばけものだけだと伝わらないんだが……」


「そうね、……じゃあ世の中のあらゆる物質は原子で構成されているって知ってる?」


 ……何言ってやがるこいつ。

 原子ってなんだよ、お菓子見たいな名前しやがって。


 

 ……それは駄菓子か。


「…………」


「はぁ……。あなた大丈夫? 今度のテスト赤点とか取らないでよね」


「全力を尽くすよ」

 とは言ったのはいいが俺は全力を尽くせるのか、すでに不安だらけだ……。



「さっきの続きだけど、あらゆる原子の位置とその運動量、そして物理法則を計算できるとしたら何がわかると思う?」


「……さっぱりわからん」


「少し先の未来が予測できるのよ。でもそのためには人間の脳じゃ計算が追いつかない、莫大な計算量が必要になる。それもスーパーコンピューター以上のね」


「それが渦巻の話とどう繋がるんだ」


「ほんと鈍感でにぶちんね、五之治くん。

 ……今まで渦巻さんの言動や行動に違和感はなかった?」


 ……ある。


 俺が聞こうとした質問の答えを渦巻は瞬時に言った。

 まるで俺の心を読んでいるかのように。

 

 あれは未来予知だったのか……?

 正確に言えば未来予知ではなく未来予測。

 瞬間的に莫大な計算をする事で未来を導き出している……?


「そんな事、人間にできるわけないだろ?」


「そうよ、だから彼女は人間じゃない。と私は思っている」


「え?」


「彼女は悪魔よ。私は彼女のことを悪魔だと思っている。 まぁ本人にはこのこと全てが否定されるんだけどね。 そんな人間離れした怪物に数学で勝てるわけないでしょ、だって人間じゃないんだし……」


「何話してるんですかー? 恋バナなら私を混ぜないと始まらないじゃないですかー」


 俺と水鳥が作ってしまっていたシリアスな雰囲気をまるで息を吹き付けるように一瞬で壊した花火。


 お前はいいな、いつも能天気でお気楽で。

 そんな花火が少し羨ましいと思った。

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