第17話 中ボス
「ここですね」
家の中から嫌な【気】を感じた俺はすかさず水鳥家のインターホンを鳴らしていた。
敬語だ、敬語……。
「どちらさんですか?」
するとドアが半分ほど開いた。
少し身構えていた俺にその低くて太い声が意表をついてきた。
一瞬で嫌な予感という形のない衝撃が雷鳴のように全身を駆け巡る。
それは俺が元の世界で魔物から感じた悪意そのもののような歪な【気】
思わず半歩ほど引き下がってしまった。
だが、笑顔だ笑顔。
「水鳥の友達ですけど体調が悪いって聞いたんで、お見舞いにきました」
男は俺と目が合うなり頭をさすり目線を斜め上に逸らした。
強面な見た目だが、おそらくは水鳥の父親。
プロレスラーのような体型にTシャツの首元からは刺青が微かに見える。
思っていたより弱そうだ。
嫌な【気】の正体はおそらくこの男ではない。俺の感覚が鈍ってなければだが。
「1日休めば回復するから気持ちだけもらっとくよ。だから今日は帰ってくれ」
案の定、引き返されるか……。
だがここで引き下がれない。
それじゃ何も変わらないんだ。
「少しでいい、水鳥に会わせてくれ」
「無理だ。帰ってくれ」
男はそう言って半開きのドアを閉めようとした。
わかりやすい……。
虐待とみて間違いないだろう。
俺は素早く左足をドアに挟めた。
多少の痛みはあったが問題ない。
「水鳥の無事を確認したいだけだ」
「無事? なんなんだお前は!」
俺は力づくで強引にドアを開けた。
すると男は慌てて驚いた形相で部屋の中へ走って逃げていくのを視界に捉えた。
ここで追いかけるのは危険だ。
「先輩っ!」
「わかってる」
ここからは敵の縄張り、慎重に行く。
そう思ったのも束の間、男は木刀を片手に持って再び現れた。
「お前が誰だか知らんが不法侵入だ、ただで帰れると思うなよ犯罪者が」
俺は状況を整理するため玄関に立ち止まった。
それを後ろから俺のスマホで撮影する花火。
これで正当防衛成立だろ?
「流石にやばいですよ!」
カメラには木刀を持った男がばっちりと映っているだろう。
男は木刀を持ったまま動かない。
いや、動けない。
これが戦闘経験の違いだ。
人を武器で攻撃するとき本気で殴れば『殺してしまうかもしれない』という不安が浮かび上がる。
誰もが最初はそうなる。
しかし冒険をして戦闘を重ねればどの程度で死ぬか、どの程度で気を失うかがわかってくる。
この世界の人間は武器持って本気の戦闘なんてしない。
つまり俺からすれば全員レベル1。
それ故、武器で人を殴ろうとするとき必ず、
「どうした、俺は素手だぜ?」
俺は動かない男に対して少しずつ間合いを詰め、玄関から廊下へと侵入した。
「それ以上侵入すれば不法侵入として警察を呼ぶぞ!」
「呼べばいいだろ」
……今更呼んでも遅すぎるだろ。
間合いを詰めるられたことについに痺れを切らした男は木刀を振り上げて向かってくる。
「このクソガキがぁああ!!」
「先輩っ!!」
この狭い廊下で大振りは出来ない。
だからコンパクトに振ってくる。
右上から振り下ろす
【気】を読むまでもない。
一直線に突進してくる男は俺の動きしか見ていない。
そして頭に血が昇っている状況で周囲への警戒は散漫になる。
俺が見るべきポイントは男が踏み込む足。
踏み込んだ瞬間を見逃さない。
来た!!
左足で踏み込んだ男のわかりやすい袈裟斬りを左に交わし、突っ込んでくる勢いに合わせ正面から拳を合わせる。
拳の勢いは弱くてもいい。拳を強く握っていればそれだけで破壊力は十分。
あとはその拳を顎に当てて、脳を揺らす。
「がッ……」
クリーンヒットだ、これは流石に延びる。
時間にしてわずか2秒。
どうやら体の感覚は鈍っていないようだ。
男はそのまま壁にぶつかるように倒れ気を失った。
その光景を呆然と眺める花火。
「先輩マジぱねえっす。やっぱり前の学校で不祥事起こしたんですね、もう隠す必要ないですよ……」
「だから違うって!」
花火は今だにスマホを構えている。
ちょっとは先輩として良いところ見せれたと思ったのだけど、毎回花火のペースに巻き込まれてしまう。
やれやれだ。
そして俺たちは周囲の部屋の様子を伺いながら奥の部屋へと進んだ。
それなりに築年数が経っているのだろう床が軋む音が廊下中に響く。
そしてようやく辿り着いた奥の部屋。
俺が最初に感じた嫌な【気】そのものの歪な空気が部屋の外からでも感じ取れる。
間違いない。ボス戦だ。
「準備はいいか?」
「おっけーです」
勢いよく部屋のドアを右足で蹴り飛ばした。
扉が開く音と同時に飛び込んできた部屋の光景に衝撃を受けた。
8畳ほどの広さの部屋の隅の方で水鳥が下着姿で蹲って衰弱している。
露出が多いためか体のアザが目立つ。
制服を着ているときは露出が少なくあまり目立たなかったのだが、今こうして水鳥の下着姿を見ると流石にひどい有様だ。
そしてドアを蹴破った俺を睨む女の姿。
タバコの匂いが部屋に充満している。まるで地獄でも見ているようだ。
目眩がする……。
「あんたら、なに?」
俺と花火は開いた口が塞がらず。ただ現状を受け入れて、込み上げてくる怒りを抑える事で精一杯だった。
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