第12話 優春の過去
家につくと母親が心配そうに玄関に出迎えてくれた。
俺は少し動揺しながらポケットからスマホを取り出し時間を確認すると、夜の10時を回っていた。
「どこにいってたのよ、こんな遅くまで」
「ごめん、ちょっと友達の家に行ってた」
母親は安心したかのように胸を撫で下ろした。
「そういう時は前もって連絡してよね、そのためのスマホなんだから」
スマホを確認するとメッセージが3通届いていることに気付いた。
全て母親からで、内容は『いつ帰ってくるの?』が1通と『大丈夫なの?』の安否確認が2通。連絡のツールであるスマホを使いこなせていなかった。そしてGPSの位置情報はよくわからん現象で使えなかった。
……実質、時計の機能しか使えていない。
実は『スマホ』という文明の力は無能なのでは……。
という考えが浮かんだが冷静に考えてみるとスマホを使いこなせない自分が無能であることに気付いた。
……しかし学生の母親というのは過保護である。
高校生くらいの年齢になれば自分の身は自分で守れる。
それにこの世界は法律という決まりで身の安全は守られているはず。それでも心配するのが母親なのだろうか……。
「次からは気をつけるよ」
リビングに着くと食器棚から透明のコップを取り出し、水道水を入れて一気に飲み干した。
母親はヤカンに水を入れIHの電源を入れて湯を沸かし始める。
「友達、できたの?」
「うん、まあ。って言っても同じ部活の生徒なんだけどな」
「でも良かった。部活にも入ったのね」
「うん」
それから学校での出来事や部活での出来事といった他愛無い会話を続けた。
母親は俺の話を興味津々に聞いてくれる。
一つ一つ相槌を打つ声が暖かい。
「実はね、なかなか友達ができないんじゃないかと思って少し心配していたのよ」
「おかげさまで楽しくやってるよ」
「それならよかったわ」
母親は安堵するように胸を撫で下ろした。
「……あのさ、昔の俺ってどうだったの?」
母親は甲高く鳴り響いたヤカンの音をボタンひとつで止めた。
素晴らしい文明の力だ。
そして二人分のマグカップを用意して何かの粉を入れてからお湯を注いだ。
「はい、ホットココアよ」
「ありがとう」
そして母親は俺と対面するようにリビングの中央のテーブルに腰を掛けホットココアを一口
「少し長くなるけど、覚悟はいい?」
「え、あぁ大丈夫だよ……?」
「うふふ、冗談よ」
母親が笑いながら言った。俺は母親の冗談に少し驚き苦笑いというより愛想笑いを返しホットココアを一口
この人は本当はこういう砕けた感じの人なのかもしれない。
この世界に転生して記憶を失っていることになっている俺に気を遣わせないため、少し自分を偽っていたのかもしれない。
なんて事をふんわりと考えた。
「優春、中学の時いじめられてたの」
「……え?」
「昏睡状態になる前まではとても自我の強い子だったから、自分の意見を曲げなかったり、自分が折れれば済む言い争いでもなかなか折れなかったり。
すごく真っ直ぐで素直な子だったわ。……でもその性格が原因で周りにたくさんの敵を作ってしまってね、小さい頃は傷だらけになったり泥だらけになって帰ってきたりした時期もあったの。
それはもう心配するわよ。でもね私はそんな真っ直ぐな優春を誇りに思っていたわ。……そんなある日、中学3年の卒業式の日のこと……」
◆◆◆◆◆
……その日は3月にしては少し暖かかったわ。今でも覚えている。
みんな卒業式が終わった後で写真を撮ったりして優春もクラスの何人かと写真を撮っていた。
「母さん、もう帰ろうぜ」
「もういいの?」
「いいよ。そんなに撮りたいやつもいないし、それに思い出は心の中に残ってるからな」
そう言って優春は自分の胸を叩いた。
周りからすれば少し変わってる子って思われたのかもしれないけど私にとっては自慢の息子。
「あら、かっこいいこと言うのね」
「うるせーよ」
そして校門まで優春と2人で歩いた。
「来月から優春も高校生ね」
「だよなー。俺も高校生になればやりたい事ってみつかるかな?」
「それはあなた次第よ優春。高校でいろんな人と出会っていろんな経験をすればきっとやりたい事はみつかるわ。そのためには今その時を全力で生きる事ね」
「今その時を全力で生きること……。母さん……ドラマの見過ぎじゃね?」
「なによもう、せっかくアドバイスしてあげたのに。もう今晩は優春の好きな唐揚げにしようと思ったけどやーめた」
「えー、今のは無し!」
楽しかった。
父親はいなくても、1人で育てていて辛いこともたくさんあるけど、優春の成長を見守ることが何より幸せだと思っていた。
帰り際、私と優春は学校の目の前の交差点で信号待ちをしていた。
そこは大通りで車がよく通る交差点だった。信号待ちをしていると続々と卒業式が終わった他の親子も集まってきたわ。
私と優春は必然的に道路側に寄っていったわ。先に信号待ちをしている人が道路の近くに詰めるのはあたりまえよね。
でもつぎの瞬間、優春が交差点に飛び出したの。
優春はのけぞるような感じだっからもしかしたら誰かに押されたのかもしれない。
でもそこにはたくさんの生徒とその保護者がいて誰が押したのかは全くわからなかった。
歩道に飛び出した優春に猛スピードでワゴン車が向かってきて急ブレーキをかけたけど間に合わなかった。
ぶつかった鈍い音とその時の悲鳴で一瞬で周囲に人が集まってきたわ……。
「きゃぁーー!!!」
「だれか救急車を呼んで!」
「おれ、学校に伝えて来る!」
私は驚きのあまり叫ぶことも助けを呼ぶこともできず、ただ優春の前で泣き崩れていた。
悲しかったし、とても許せなかった。
優春はぶつかった衝撃で地面に頭を打ちつけ、道路には大量の血が流れていた。
……残酷だった。
それからすぐに救急車が来て病院に運ばれた優春は意識を失ったまま手術になった。手術は成功したけどそれは一命を取り留めたに過ぎなくて、そのあと医師の先生から話を聞かされたの。
「一命を取り留めたことが奇跡と言えるくらいです。……意識を取り戻す確率は極めて薄いでしょう」
衝撃的な言葉だった。
そうだったとしてももっと言葉を選んで欲しい。
いいえ、私がテンパっていただけなのかもしれない。
それくらい頭が真っ白になって当時の記憶はあやふやのまま。
犯人は捕まってなくて、警察は事故だと判断したわ。
とてもやるせなくて、それから母さんはしばらくの間、毎晩泣いた……。
◆◆◆◆◆
「それから優春は意識不明の昏睡状態になって約1年間、大学病院で眠っていたのよ」
「……そうだったのか」
「お母さんね、その時になって改めて思ったのよ、大事ものはいつ失うかわからない。だから身近なものをもっと大切にしようってね。でも優春は目覚めてくれた、だからもう失いたくないの。優春もせっかくできた友達を大事にしてね」
「そうするよ。……なんかさ、ありがとね母さん……」
「もうしんみりさせないでよ。こうして元気になってくれただけで全てオッケーなんだから」
大切なものはいつ失うかわからない。
そのために今近くにあるものをもっと大切にしよう。
今日帰りが遅くなったことは本当に悪いと思っている。
こんな辛い経験をしたなら、あれだけ帰宅が遅れて心配してくれるのも頷ける。
やっぱり母親は偉大だよ……。
「それで事故のこともあったからお母さんの知り合いが理事を勤めてる学校に転入する形にしてもらったの」
……話を聞いて納得した。
その当時の犯人は捕まっていない。
それで母親が俺に気を遣って別の学校に転入させてくれたという事。環境を変えて二度と同じ目に合わせないように。
「母さん、いろいろと……ありがとう」
「て、照れくさい事言わないでよ。今日は遅かったんだしゆっくり休みなさい」
珍しく母さんが動揺している。本当に偉大な人だよ……。
「うん。それじゃ、おやすみ」
「……また昔の話が聞きたくなったらいつでも言ってよね」
「うん」
五之治優春の過去の話を聞けて彼がどんな人物だったのか少しはわかった気がする。
だがそれと同時に別の世界から転生してきた俺自身が五之治優春の肉体に居座っているという罪悪感が胸元を抉ろうとしている。
おれはこのままこの体で生活していていいのだろうか……。
出来ることならすぐにでも元の世界に帰りたい。
そしてこの体を優春に託したい。でもそれができない。
そもそも優春の魂はどこにいったのかもわからないし、元の世界に帰る方法すら掴めていない。
優春には本当に悪いと思ってる……。
おれは他人の体に居座っているという罪悪感を胸に忍ばせたまま、少し肌寒くなった部屋のベッドで毛布に包まり眠りについた……。
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