第7話 活動しない天文部


 翌日の放課後


 ホームルームが終わり花火の話が気になっていた俺は担任の美徳先生に部活のことを尋ねていた。


「それじゃこの学校に魔法研究会って部活は存在しないってこと……?」

「そうだね、先生も3年前からこの学校に勤めてるけど、そんな部活聞いたことないかな」


 ……存在しない部活か。


 でも花火は入学式の後にその部員らしき人物に勧誘されているのもまた事実。

 しかもその時の勧誘ポスターの作成日が2年前のこと……。


「あ、五之治くん」

「ん?」


「存在しないって言ったけど、それはあくまでも正式な部活動としての話であって同好会とかの場合だと学校側は認めてないけど活動しているなんて例は少ないけどあるんだよ」


「でもそれは学校から補助金も出ないし、学校の名前も使えないし部室も与えられない。文字通り好きな人たちだけで好きな人だけが満足する部活見たいな感じかな。正確には部活ともいえないんだけどね」


 美徳先生は小さくて幼い見た目だけど物知りで頼りになる。早くいい相手をみつけて結婚してほしいものだ。


「それより五之治くんは部活決めたの?」

「俺は天文部に入部することにした」


「なるほど天文部か。確か水鳥さんも天文部だったよね」

「そうだけど……?」


「彼女ね、なかなか人に弱みを見せないタイプの人間だから、もし彼女が困ってると思ったら無理にでも力になってあげてね」


「あぁ、わかったよ先生……」





 天文部に入部して数日が過ぎたある日。


「嫌よ」

「嫌です」


 今日も天体観測を断られた。


 望遠鏡を丁寧に手入れしている水鳥と部室の机でぐだり携帯を触り続ける花火。

 確かに日中は星があまり見れないから夜まで待つしか無いのだけれど、夜になるとみんな帰宅してしまう。


 これが水鳥が言っていた天文部あるある…。


「それより先輩はこの学校の七不思議って知ってますか?」

「なんだよそれ」

「まぁ詳しいことは知らないんですけど、最近1年生の間で話題なんです」


「?」


 花火はスマホを指で操作し画面を眺めながら話し始めた。


「……夜になると身体にアザのある女子生徒が学校の近くをうろうろ歩いていて、それを目撃した生徒はみんな次の日に行方不明になるらしいです」


 楽しそうに話す花火。


「なにそれ。くだらないわね」


 と水鳥が水を差す。


「……目撃した生徒が行方不明になるんだったらなんでその目撃情報が出回ってるんだよ。目撃したら行方不明になるんじゃないのかよ」


 眉間に皺を寄せて険しい表情を浮かべる花火。


「こ、細かいことは気にしないでくださいよ! あくまでも聞いた話なんで私は別に信じてないんですけどね」


 花火は「ふんっ」と言って顔を逸らし再びスマホを操作し始める。


 行方不明……。

 確かに花火の話だけだと矛盾がある。

 


「なあ花火、今度その友達に会わせてくれよ」

「えー見損ないました、もう口も聞きたくありません」


 ……とりあえず花火の信用を失った事はわかった。


「ところで先輩ってどこの学校から転入してきたんですか?」

「それは私も気になっていたわ」


 水鳥が珍しく他人の会話に食いついてきた。

 柄にもなく真剣な表情を見せる花火と冷酷な瞳で俺を見つめる水鳥。


「……実は俺もどこからきたか知らないんだ」


 花火は口を開けたまま俺を眺め、水鳥はポーカーフェイスを貫いている。そして花火の口元が動き出した。


「何ですかそれ、言いたくないってことですかー? まぁそういうのは深追いしませんけど」


 少し尖ったような口調で呆れ返る花火。


「いや、本当に知らない」


 望遠鏡を丁寧に手入れしていた水鳥の手が止まり、スマホを触っていた花火が顔を上げスマホの画面を机の上に伏せるようにして置いた。

 文字通り空気が固まった瞬間だ。


「先輩って本当に別の世界から転生してきたんですか?」

「……ただの記憶喪失だよ」


「そもそも記憶喪失自体が全然タダごとじゃないんですよ!『ただの記憶喪失だよ』で済まされたら警察やお巡りさんはこの世界に必要ないんですよ」


 しかし言われてみれば確かに戦闘が起きないこの世界での記憶喪失は本当にただ事ではないのかもしれない。隠し通すのにも流石に無理があるか……。


「実は俺、この世界とは違う世界から転生してきたんだ」


 場が静まり外の運動部の掛け声が聞こえてくる。

 

 実は異世界から転生してきた。

 なんて告白したのだ、そりゃ驚くのも無理はない。

 実際一番驚いていたのは俺なのだからな。




「五之治くんって真面目そうに見えて冗談も言うのね」

「先輩のギャグ線にがっかりです」


 あれれ……?


「信じてない?」


 二人揃ってコクリと頷いた。

 こういう時に限って息ぴったりだ。


「ガチで言ってます? 記憶喪失なら百歩譲って信じれますけど異世界転生は一歩も譲れないです。そんなんあるわけないじゃないですか。ファンタジーの見過ぎですよ」

 

 そう言った花火は小さくため息をつく。

 実際に転生してきているんだが……。


 俺が反応に困っているタイミングで水鳥のスマホからメッセージの通知音が鳴った。


「ちょっとごめん」


 メッセージを確認するなり俺の方に近づいてくる水鳥。


「五之治くん、ちょっと用事ができたから今日はもう帰るわね」


 水鳥はそう言って颯爽と部室を去っていった。

 そして俺の異世界から来た、というとんでも話は流されたことすら気づかないくらいにあっさりと終わっていた。


「なんだか急いでたみたいだけど何か知ってるか?」


「あの人、性格は置いといてルックスだけだと女でも嫉妬するくらいクソ美人ですからね。きっといろんな異性との予定があるんですよ。……それより先輩、今日ちょっと寄りたいところあるんですけど付き合ってもらえます?」


「別にいいけど。お前も可愛い顔してるけど予定とかないの?」

「か、可愛くないですよ!」


 柄にもなく照れて動揺する花火が可愛い。

 

「それに私にだって予定の一つや二つ、スケジュールを確認すれば……」


「……?」


 スマホをフリックし続ける花火。


「えへへ」


「はぁ……」


「あ! これから先輩との予定があるじゃないですか。カウント1ですね」


 今決まったそれを予定とは認めない。

 水鳥が急遽帰宅した事によって今日の部活は終了した。花火はこれからどこに行こうというのだろうか。


 水鳥が去った後の部室はどこか虚しく、花火の明るくて騒がしい声が狭い部室の中で響き渡っていた……。

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