王様「そなたに100Gとひのきの棒を」ひのきの棒「待った」

伊藤 黒犬

王様、ひのきの棒を手に入れる

01

「王様ー、只今帰りましたよーっと」

 薄汚れた兵士が王に手を振ると、柱の傍に佇んでいた王がこちらに顔を向けた。

「おお、よくぞ戻った」

「いやぁ魔物が多すぎてちょっと進むのも一苦労ですよ」

 兵士は唇を尖らせながら片手で肩掛け鞄をごそごそと漁り、取り出した木の棒を王に投げてよこす。キャッチした王はそれを見た後、兵士に目を戻す。

「それ献上するんでオモチャにでもしてください」

 じゃ、と兵士は廊下へと去っていく。



「しかし……見れば見る程只のひのきの棒じゃの」

 枝と呼ぶには加工がなされすぎているそれを王は持ち上げる様に眺めていた。自身の横に飾られた壺を目にし、手中のひのきの棒を振りつける。

 だが壺は表面に薄っすらと傷がついたのみ。

「流石弱いのう。これなら伝説の剣の方がマシじゃ」

 手を放り出して窓の外にたゆたう雲に視線をやった。頭に被った王冠の表面に青色が映り、ちらちらと光を反射する。

「それじゃリンゴとリンゴを比べてるようなものじゃん」

「ほう? つまり、このひのきの棒イコール伝説の剣ということでファイナルアンサー?」

「FAFA」

 再びひのきの棒へ視線を戻し、王はほーうと一言、またもや壺に攻撃する。壺は華麗に攻撃をかわした。

「ていうか国宝の壺攻撃するのやめな……って、あれ、王様俺の声聞こえてんの?」

「当たり前じゃろう。そろそろ姿を現して話さぬか」

 のそりと窓枠から立ち上がり、王は室内を見回した。

「今王様が握ってるひのきの棒だよ。俺」

 え、と片手に握ったひのきの棒に視線を落とす。口が無い以前に、ただのひのきの棒でしかないそれに王は首をかしげた。

「伝説の剣は物申すと耳にしたことがあるが……しかしそれは勇者のみのはず」

「そう。それなんだよな。ってことはさ」

 王宮のどこかから兵の訓練する声が聞こえてくる。

「選ばれし勇者は王様だったんだよ」

 微かに真剣みを含んだその声に、王は瞬きをひとつ。


 しばし間を置いて、先に口を開いたのは王だった。

「言っておくが、わしは冒険や魔王討伐の旅になど出ぬぞ」

「えっ」

 そして先に驚いたのはひのきの棒だった。

「王様、選ばれし勇者の意味わかってんの?」

「わしがそこまで阿呆者に見えるか?」

 見える、という言葉を飲み込んでひのきの棒は動揺を隠せぬ声色で続ける。

「つまり、王様意外に魔王倒して世界救える奴いないんだぜ?」

「わしは城で安全にのんびり暮らしたいんじゃ」

「引くほど素直」

「王は素直なものじゃろう」

 素直とは逆の生き物だった気が、とひのきの棒。呆れたように目を細め、王はひのきの棒に問いかける。

「お主はどのような勇者がいいんじゃ?」

「え、そりゃまぁ……かわいい女剣士とかかなぁ?」

「じゃろう。そういうことじゃ」

「いや、今の勇者は王様オンリーだからな?」

 応酬にため息を吐き、王はひのきの棒をローブのポケットに押し込んだ。

「ともかく。わしは行かぬからな」

「えぇ……」

 ポケットの中でひのきの棒が声をこぼす。

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