最強の元PK、異世界デスゲームに挑む

如月衣更

アルケーオンライン

序章 電脳の異世界

プロローグ かくて初恋は幕を下ろした

 ――初恋。

 それは突然、雷に打たれるような一瞬の出来事で、さらにとんでもない衝撃を伴って訪れる。

 頭には白いヘアバンド、三つ編みにした両肩のおさげ、生真面目そうな印象受ける飾り気のないメガネに、それとは対照的な柔和な微笑み。

 この時のことを思い返してみれば、自分はこの子と出会うために生まれてきたと錯覚してしまうほどに我を失っていた。

 相手の迷惑になるかもだとか、気持ち悪がられたらどうしようだとか、そんなことを考える余裕などあるはずもない。

 そう、ただのヤバいヤツだ。

 そして恋に落ちてから数秒後、我ながら呆れた行動力だが、生まれて初めての告白へ。

 その子は驚きの表べた後、困ったように笑って――


「すみません、私はNPCなので、あなたの呼びかけにお返事することができません」


 と答えた。

 俺の初恋は受取人不在のため三十秒足らずで幕を下ろした。

 ……かのように見えた。




 ◆ ◆ ◆




「今日はメインストーリー5章までクリアしたんだ。これでようやく半分ってところか? そろそろ敵も強くなってきたから、武器や防具も新しくしないとな」

「すみません、私はNPCなので、あなたの呼びかけにお返事することができません」


 ある日はメインストーリーの進捗報告を。


「いやー、今回のイベントのボス、本っ当に強くてさ。なんとかかんとか勝てたけど、運がよかっただけだから二回目は無理だなぁ」

「すみません、私はNPCなので、あなたの呼びかけにお返事することができません」


 ある日は頑張ってボスを倒せた喜びを。


「さすがにソロじゃ限界だったから初めてパーティを組んでみたんだ。思ってたよりいいヤツばっかでさ、俺の知らないこともたくさん教えてくれて、結構楽しかったな」

「すみません、私はNPCなので、あなたの呼びかけにお返事することができません」


 ある日はパーティを組んでみた感想を。


「おいおい、またやってるよあいつ……」

「ん? ああ、あれな。でも相当強いんだろ? この前のエンドコンテンツボスの最速討伐メンバーらしいじゃん」

「マジ? やっぱ廃人はどっか頭のネジ飛んじゃってんのな」


 外野の声なんて気にも留めず。


「君にセクハラしてたあの三人組な、もう二度とあんな真似できないようにしめといたから。悪いな、好きだのなんだの言っておきながら守ってやれなくて」

「すみません、私はNPCなので、あなたの呼びかけにお返事することができません」


 時にはご法度とされるPKにも手を染めた。


「なんか俺、いつのまにか“無法を裁く代行者”とか呼ばれてるらしいぞ。これで君に失礼なことをするヤツがいなくなるといいんだけどな」

「すみません、私はNPCなので、あなたの呼びかけにお返事することができません」


 そして、気づけばゲーム内でも指折りの実力者になり、彼女との関係が半ば公認となるほどの扱いを受けるようになっていた。

 そんなこんなでこれからはもっと彼女のそばにいられると思っていた矢先に、現実の方でとある事件が起きる。


「よ。来たぞ」

「こんにちは、ご用はなんでしょうか」

「あー、えっと……ちょっと事情があってな。今日を最後にゲームにログインしないことに決めたんだ。だからもう会えなくなるってことを伝えにきた」

「すみません、私はNPCなので、あなたの呼びかけにお返事することができません」

「ん、いいよ。いつも通り、俺が勝手にお別れを言いたいだけだから。だってこうして話しかければ、最後に君も「さようなら」って言ってくれるだろ?」

「……」

「できればサ終の時まで一緒にいたかったけど……やっぱ現実の妹も大事だから」


 わざわざ現実の事情を話したところでどうにもならない。

 彼女はAIすら搭載されていない、ただ決められた受け答えをするだけのギルドの受付NPCなんだから。

 それは俺が一番よく分かってる。

 でも、なんとなく、何も伝えずにいなくなる気にはなれなかった。

 愛着だとか、惚れた弱みだとか、多分そういうのではない。

 変な話だが、単に俺が彼女をオンラインゲームに登場するNPCではなく、一人の人間として認識していたからなのだろう。

 まあ、結局は誰かが言ってた通り「頭のネジが飛んじゃってる」んだ。


「そういうわけで、じゃあな。今まで楽しかったよ。このゲームも、君と過ごした時間も」


 そう言って選択肢の一番下、『会話終了』を選択する。


「そうですか、ではご用があればまたお声かけください。さようなら」


 その言葉を最後にログアウトボタンに手を伸ばす。

 世界が歪み、現実に引き戻される感覚の最中――


「ありがとう」


 笑顔でこちらを見送る彼女の姿が見えた。


「っ」


 見間違いか、聞き間違いか。

 ありがとう、というボイスは確かに存在するが、あれは彼女から受注できるクエストをクリアした際のもので、あの会話タイミングで流れることは決してない。

 最後の最後で俺の想いが届いたのか、とも思ったが、そんなはずはないだろう。

 なぜなら彼女はただのNPCだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 あれは俺の願望が見せたただの幻。今見ているこの光景も、俺の未練が見せているただの夢だ。

 覚めれば再び記憶の奥底に沈む思い出の再現。


 決して戻ることはない、過去の出来事なんだ。

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