九番通りの【幻】気な面々 ~若手衛士の甘く厳しい青春模様~

西川 旭

1-1 九番通りへようこそ、若手の衛士さん

 どこかからか、声が聞こえる。


「……ジョー、ねえってば。ジョー」


 優しく、澄んだ声色が俺の名を呼んでいる。

 女の声だ。

 顔は見えないけど、きっと美人、あるいは美少女だ。

 俺くらいになると声を聞いただけでもわかってしまうのだ。


「ジョー、ほら、起きて。今日は港の見える丘の公園に、一緒に行くって約束したじゃない……」


 そうだ、俺はこの綺麗なお姉さん、あるいは可愛い女の子と、遊びに行く約束をしていたんだ。

 約束をした記憶はないけど、きっとそういうことに違いない。


「わかった、わかったからそう急かすなよ、可愛い子猫ちゃん」


 俺は朦朧とした意識を少しずつ覚醒させ、甘い誘いを受けるために眠りの床から起きることにした。


「なにが猫じゃ! いつまで寝ぼけとる、このグウタラが!」


 しかし突然その声は、野太いオッサンのガラガラ声に変わった。


「仮眠は終わりじゃ! さっさと起きんか、ジョー・カニング五等隊士!!」


 怒鳴り声に反応して、俺はがばっと体を跳ね起こした。

 ここは俺たちが勤める「衛士詰所」の仮眠室。

 どうやら夢を見ていたようだな。

 目の前では、俺の上官である「ドワーフ族」の壮年男性、レーグさんが、口をへの字に曲げて俺を睨んでいる。


「おはようございます、寝過ごしました。申し訳ありません」


 起立して背筋をシャキッと伸ばし、後ろで手を組み申し開きを述べる。


「起きたならいいわい。すぐ仕事に入れるか? とりあえず顔でも洗って、頭しゃっきりさせて来んかい」

「うっす。ジョー・カニング五等隊士、仮眠明けの午前の勤務に戻ります!」


 そう宣言して俺は顔を洗い、任務用の衛士服と靴に身だしなみを整えて、レーグさんの前に戻る。

 これから朝礼が始まり、仕事の指示が言い渡される。

 まだこの詰所に配属されて間もない、仕事の勝手もわからない俺は、レーグさんや他の先輩の指示で動くしかできないのだ。


 さて、繰り返しの自己紹介になるけど、俺の名はジョー・カニング。

 少し離れたミノッサ村と言うところで漁師の息子として生まれた。

 17の頃に街や人々を守る治安組織、衛士と言う仕事に就いて、3年目の19歳だ。

 訓練所を卒業してからついこの間まで、山奥の衛士出張所で地味な警邏、保安活動をして過ごしていた。

 そしてこの春から、大きな港街であるここ、ラウツカ市の詰所に配属されることになったのだ。

 五等隊士と言う階級は、下から数えた方が早い、まだまだ新人に毛の生えたようなものでしかない。


 早く偉くなりてえな。

 偉くなって給金も増えれば、女の子にだってきっと……。


「で、カニング。今日はお前、馬に乗って市場や商店街と、周りの住宅街を、ぐるっとしらみつぶしに巡回して来い」


 怒りが持続しない性質のレーグさんは、特に機嫌の悪い様子を見せずにそう言った。


「俺一人で、巡回ですか?」

「おう。顔見せの意味もあるから、軽く挨拶くらいはして来いよ。一日も早く街の地図と住民の顔を覚えられるように、真剣に、じゃぞ」


 馬を任せられて一人で見回りとは、これはいい機会だと俺は気分を上昇させる。

 ラウツカ市内の中では微妙にさびれていて活気がない九番通りだけど、それでもチラホラ店があり、若者も住んでいたり、出入りしている様子がある。

 その中には必然的に、美少女もいれば、気立てのいい女の子もいれば、蠱惑的な美女もいれば、面倒見の良いお姉さんもいるはずだ。


「わかりました! しっかりと務めさせていただきます!」

「返事だけはいいのう……」


 周辺地図と、覚え書き用の紙を制服の内ポケットに入れ。

 そして衛士にとって命の次に大事な、鋼鉄製の打撃鞭を腰に提げ、俺は馬屋に向かった。

 俺の段どりに不安があるのか、レーグさんが後をついて来て俺のやることなすことじろじろ見てくる。


「カニング、ほれ。途中、喉が渇くじゃろ。飴持ってけや」

「あ、ありがとうっす、レーグさん」


 小袋入りの飴玉を貰った。

 口やかましいところはあるけど、それでも熱心に俺を育てようとしてくれているんだろうなと思う。

 俺の親父はムスッとしていて口数が少ない人だったので、レーグさんのような上官は新鮮な気分だ。


「それと、道草食って怠けて休んでんじゃねえぞ。あとで街の皆さんに聞いて回るからな」

「信頼ないなー……」


 まだまだ俺は若手のペーペーなので手がかかるのは仕方ないけど、そこまでしなくてもいいと思う。


「あとはあれだ」

「まだなにかあるんですか」


 もう準備万端なんですけど。

 馬も早く行こう行こうってフンフン言ってるぞ。


「帰りに茶屋でまんじゅうと団子、買って来い。昼飯はそれにしようや」

「わっかりました。昼のいい感じ頃には戻ってきます」


 そうしてレーグさんと必要なやりとりを終え、俺は褐色の毛を持つ馬の背に乗り、見回りへと出発するのであった。


 まずは九番通り中央にある商店街だな。

 レーグさんがわざわざ馬に乗って、一人で行けと言った理由。

 それはきっと、舐められないように、箔がつくように、ビシッとしたところをしっかり見せて来いと言う意味だろう。


「この俺の雄姿を見て、きっとすぐさま路地裏からいたいけな少女が恋文を持って駆け付けてくれるに違いない。そんな予感がひしひしとするぜ」


 なんてことを考えながら馬を進めていたら、中路地から出てきた誰かにぶつかりそうになる。


「うぉっあぶねっ」

「ちょっとどこ見て馬乗ってるニャン! 馬はもっと道の真ん中の方を歩くワンよ!」


 ぶつかってはいないはずだけど、威勢よく文句を言われた。


「そっちこそ急に路地から飛び出て来るなよ! 『右見て前見て左見て、それでも馬には気を付けよう♪』って子供の頃に歌っただろ!」

「そんな歌、知らニャいワンよ」


 つい反射で言い返してしまった。

 衛士としてあるまじき失態である。

 ラウツカ衛士隊は市民に頼られる、心強い味方でなくてはならない。

 住民と喧嘩なんかしたのが上に知られたら、懲罰もんだ。


 それよりなにより、飛び出してきたのは歳も若そうな、獣人の女の子だった。

 頭頂に尖った三角の獣耳がピンと立っており、腰からはふさふさの太い尻尾が露出して、ふりふりと揺れている。

 毛の色は全体的に濃い灰色だ。

 灰色狐系の獣人かなにかだろうか。


「そうか。いや、確かに俺が悪かったな。ごめんごめん。次から気を付けるよ」

「まったく困った奴だワン。見ない衛士だニャンけど、新米だワンか?」


 不思議な訛りで話す奴だな、こいつ。

 この辺の出身じゃないのかもしれない。


「衛士3年目、春からこの地域に配属されたジョー・カニングだ。これからよろしく頼むよ、狐……の獣人さんでいいのかな?」

「狐でも狸でも犬でも猫でも好きなように思ってくれればいいニャン。そんなことよりお店の準備があるからもういくワンよ。馬で誰かにぶつからニャいように気を付けろワン!」


 そう言って狐娘はサンダルをパタパタ鳴らして走り去っていった。

 左右に揺れるモフモフの尻尾が可愛らしいな。

 服とエプロンで分かりにくかったけど、胸も大きかったような気がするし。


「獣人……全然イケるな」


 村にいた頃は歳の近い獣人の女の子と知り合うこともなかった。

 なので実際どうなのか感覚はつかめなかったけど、目の当たりにして話してみると、大いにアリだということが分かった。

 近所のどこかの店で働いているんだろう。

 そのうちすぐにまた会えそうだな。


「あれ、あいつ、落し物してるじゃねえか」


 地面に、なにかが落ちている。

 拾い上げてよく見てみると、木の棒と言っていいものだったけど。


「これは、もしかしなくても、アレをナニするおもちゃでは……」


 丸く、角が丁寧に取られて滑らかな表面に仕上げられた、微妙に反り返っている、木の棒であった。

 よく見慣れたモノが俺の下半身にもついている気がする。


「あのコが、これを使ってるのかなあ……」


 見回りの途中であるにもかかわらず、しばし妄想にふけってしまう俺なのであった。

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