マリエス
町外れの道を突き進むマリエスはご機嫌だ。
大手を振って歩き、心強い相棒として、マリエス作曲のハミングが聞こえてくるくらいに。
「なあマリエス?」
マリエスは僕に呼び止められるとふぅんと喉を鳴らし、眩しい笑顔をたたえたまま、こちらに振り向いた。
「なにか気配を感じない?」
僕は視線に敏感だ。
これは生前の岡野良樹の経験によるもので、それは生まれ変わった僕にも引き継がれていた特徴だ。
生前の俺。体の弱かった俺『岡野良樹』は人一倍周囲の視線に目を配っていた。それは人に迷惑をかける事を極端に嫌った為であり、『俺』なりの配慮から来るものだ。
まあ、この視線はそんな敏感でなくても気がつきそうなものだが……
木々の影から隠すことをしようとしない視線が、今も背中に突き刺さっている。
「んー?」
マリエスは僕の質問を受けて、周囲をキョロキョロと見回した後、首を傾げ続けた。
「何もいないよ?」
「……そうか」
「うん。行こう。いーい?ロウエは年下なんだから、なーんにも心配しなくて大丈夫なんだから。お姉さんに任せなさい」
言い終えるとすぐに元気いっぱいに頷き、マリエスは僕の手を引いて再び歩きだす。
黙って僕もその手に引かれる。
歩きだし様に少し振り返って見てみたら、木々の隙間から黒いヒラヒラが見え隠れしていた。
マリエスからは隠れているつもりだろうが、僕からは隠れるつもりは一切無いらしい。
『ロウエ。余計な事は言わなくて良いの。痛い目にはあいたくないでしょう?』
そう、唐突に脳内に響く声が聞こえた後、後頭部の少し後ろでパチリと小さな電撃が跳ねた。
「ひっ!?」
僕は頭を下げて電撃を躱すが、何が起こったのかわからないマリエスは不思議そうに僕の顔をマジマジと見ていた。
『ロウエ。マリエスに気がつかれてはいけません。早く進みなさい』
「は、はい」
「どうしたの?急に返事したりして?」
「なっ、なんでもないよ早く進もう。遅くなっちゃまずいしな」
マリエスは不思議そうに俺の事を見ていたが、しばらくしたら納得してくれたようで一つ頷くと歩きだした。
本当にあの人は過保護だ。
そんなに心配なら、こんな回りくどいことなんてしないで、自分がマリエスの横に立ち、手を繋いで森に向かえばいいのに。
まあ、マリエスの性格を考えたら嫌がるのもわかるけど。
そんな緊張感の中、十五分ほど歩き、僕とマリエスは目的地の名もなき森、ドリミー草の自生している森へとたどり着く。
「ねえロウエ?ちょっと休んでもいい?あたし疲れちゃった」
着いて早々だったが、マリエスはかなりお疲れの様子だった。常に魔法を使用しているんだから無理も無い。
魔法を使わない僕に、それがどれ程の疲労感をもたらす物なのか知るよしもないが。
「僕も疲れたし。そうしよう」
森の入り口近くに、巨木が都合よくあったから、その木の幹に背中を預けて、手を繋いだまま二人並んで座った。
「誰も来ないから大丈夫だよね?」
周囲をキョロキョロ見回しながら、マリエスは言った。
大丈夫だとは思うが、一応念のためマリエスのストーカーに確認を取るため視線を向けた。
『大丈夫です。近くにはロウエ、マリエス、私以外の第三者はいません』
「大丈夫だと思う」
僕の言葉を受けて、マリエスは一つ頷いた後、「
するとマリエスの頭部を淡い光が包み込み、マリエス本来の姿があらわになる。
頭部には可愛らしい獣耳が生えていて、ピョコピョコと動いていた。
「ふぅー。ずっと隠しているのも疲れるのよね」
これはマリエスが背負っている十字架だ。
知っているのは僕、マリエス、そしてシフィエスさんの三人だけ。
当然、他の誰にも知られてはいけない秘密だ。もし知られてしまう事があれば、身売りにさらわれてしまうかもとシフィエスさんが言っていた。
だから僕は、周囲に監視の目を光らせてきた。きっとシフィエスさんもそうしてくれているはずだ。
そんな事を知らずか、マリエスは横座りで法衣の裾から尻尾を出すと、大事そうに撫でている。
撫でごたえのありそうな艶々の尻尾。マリエスの頭髪と同じダークブロンドだ。
そのまま緊張感を保つ事五分程。
『ロウエ、村人が近づいている。マリエスに
「はい」
『少し時間稼ぎはしておく』
「ん?なになに、どうしたの?」
「あまり遅くなると父さんに怒られる。さっさっとドリミー草を採って帰ろう」
「あははは。ロウエはまだまだお子ちゃまね。あたしは先生に怒られてもへっちゃらよ?」
状況のわかっていないマリエスは僕の事をからかうが、今はマリエスの口車に乗せられている場合ではない。
「そうだよ。お子ちゃまなんだよ。父さんが凄く怖いんだ。だから早く帰ろう」
「はー、まったくしょうがないわね。お姉さんであるあたしがロウエに合わせてあげるしかないんだから」
「うん。そうなんだよ。だから早く尻尾と耳を隠して」
「うーんどうしようかな?」
尻尾の毛をくるくると指に絡ませながらマリエスは言う。
「頼むよ。マリエス」
ニヤリとマリエスは微笑み。
「うーん。そうねー、じゃあ、ロウエが『お願いしますお姉ちゃん』って言ったら考えてあげてもいいわ」
マリエスの事をお姉ちゃんと呼ぶには少し、いや、かなり抵抗がある。この世界では一つ年上とは言えど、実際は一回り以上も年下の女の子。少女なのだ。
『ロウエ。村人Aはそちらへ向かって行きました。マリエスはまだ
くっ…… 背に腹はかえられない!
「お願いします!マリエスお姉ちゃん!」
「ふふん。しょうがないわね」
気配はすぐ背後まで迫っていた。
「
次の瞬間、マリエスの体を淡い光が包み込み、光が消え去ると耳も尻尾も、最初から存在していなかったかのように見事に消失させてみせた。
「おや?ロウエにマリエス。こんなところでなにをしているんだい?」
村人Aもといカールさんだった。
一応村長なんだけどなこの人。シフィエスさんの中では村人Aでしかないのか……なんて不憫。
「ごきげんよう、カールさん」
マリエスはよそ行きの優しい笑顔をたたえて、法衣の裾を両手でひょいとつまみ上げ、優雅な挨拶をしてから続けて言った。
「先生に頼まれて薬に使う薬草をとりに来たんです」
「ほう。マリエスはお利口さんだね」
「はい。お姉ちゃんなので」
答えた後、マリエスは僕の方を見てニヤニヤと笑っていた。
しばらくはこれでいじられる事になりそうだ。
「そうかい。あまり遅くならないようにね。
暗くなると招かれざる客もやって来るかもしれない」
「はい。わかりました。薬草をつんだらすぐに帰ります」
「うむ。じゃあ、私はこれで」
カールさんはそう言い残すと、森のさらに向こうへ立ち去って行った。
「ふー、じゃあさっさとドリミー草を探して帰りましょうか?」
「うん。そうしよう」
その後、幸いにもすぐにドリミー草を見つける事ができた。
必要数だけ摘み取り森を出た帰り道、森に向かっている最中よりもマリエスは上機嫌だった。
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