完全魔術主義世界のオワコン剣士

さいだー

転生前、公園にて

 パシュン!


 流れるような動きから放たれた直径約二十三センチの球体は、心地の良い音を立て、リングの中へと吸い込まれていった。


 そして、ダンダンと何度か砂利の上を弾み、少しづつその標高を下げると勢いを弱め、コロコロと転がり俺の足元でピタリと止まった。


「よっしー。ボール取ってくんない?てか一緒にやる?」



「ほらよ。って……嫌みか?」


 足元のボールを広いあげ、ボールを催促してきた快活な女子生徒へと投げてやる。


「サンキュ!

 そんなつもりはないんだけどなー。ワンオーワンやろうって言ってる訳じゃないよ?

 軽くシュートするくらいならできるでしょ?」


 それには言葉では答えずに、掌をヒラヒラと振って女子生徒の申し出への拒絶を伝えると、近くに設置されているベンチへと移動して腰をおろした。


「そうだよね。無理言ってごめんね」


 女子生徒の声は、先ほどより少しトーンが落ちているように感じた。

 やってしまったなと、思ったのか苦笑いも浮かべている。


 別に俺だって、彼女を落ち込ませる為に断った訳ではない。

 出来ることならば、俺だって付き合ってやりたい。でも、俺にはそれが出来なかったのだ。


「……だったらさ、少しお話ししよ?」


 女子生徒は言うや否や、大股歩きで俺の座っているベンチまでやってくると、バスケットボールを大事そうに抱え込み、俺の横に座った。


「よっしーってさ、私に本気で怒った事ないよね」


 その発言はただなめられているだけのようにも感じるが……実際のところそれも事実だろうが。


 俺は愛生乃あきのに対して怒った事がない。と言うか、彼女は俺が怒るような事をしたことがない。と言う方が正しいだろう。


「なんでそう思うんだ?」


 そんな事を考えつつも、言葉のキャッチボールをするためにボール同様投げ返した。


「だって、色が怒ってないから」


 愛生乃はあっけらかんとそう言い放った。


「また色か?色ってなんだよ?」


 こんなやり取りをするのは、何度めの事だろうか?

 愛生乃は度々「色」と言う言葉を口にする。


「んー。わかんないかなー。

 怒っている時は赤。悲しい時は紫。落ち込んでいるときは青。

 体から色が出てるじゃん?」


 思わず溜め息をついてしまった。

 普段はハキハキとしている愛生乃だが、時折訳のわからない事を言い出すのだ。

 その一つがこの色だ。


「また天然発言か?今は中学生だからまだ良いけどな、高校、大学と進学していったら後ろ指さされる事になるぞ」


「違うよ!天然発言なんかじゃない。よっしー以外のみんなにもそう言われるけど……」


 愛生乃の言葉は尻すぼみに小さくなっていき、終わりの方はなんて言っているのか聞き取れないほどだ。


「まあいい。百歩譲って俺に言うのはいい。

 これからは俺以外の奴に、そう言った類いの話をするのはやめとけ」


「も、もちろんだよ。こんな話はよっしー以外にはしたことないし!」


「あ?さっき『みんなにそう言われる』って言ってなかったっけ?」


「そ、そうだっけ?あははは」


 乾いた笑い声が公園内に響き渡る。

 気まずく感じたのか、誤魔化すように続けて愛生乃が口を開く。


「それはそうと、よっしーなんか飲む?」


 一度この場を離れて、うやむやにする作戦みたいだがそうはいかない。


「いいよ。俺が買ってきてやる」


「え……でもよっしー」


「すぐそこにジュース買いに行くくらい俺にだってできるさ」


 自動販売機は公園からでてすぐ右手にある。ゆっくりと歩いても五分とかからない距離だ。


「練習試合が近いんだろ?少しでもシュート練習をした方が良いんじゃないのか?」


「それはそうだけど、すぐ行って帰って来れる距離だし」


「人より一分でも多く練習時間をとる。それが人より少しうまくなる秘訣なんだろ?」


 これは愛生乃の口癖だ。『人より一分でも多く練習をする。誰よりもほんの少しうまくなるため。

 その積み重ねはいずれ大きな差になる』

 負けず嫌いな愛生乃らしい言葉だと思う。


「えっ……でも、大丈夫だよ。今だってこうしてお話ししてたんだし」


「ほら、こうしている間にも今練習している奴らに差をつけられているぞ。わかったらさっさとシュート練習しておけ」


 そう言ってからゆっくりと立ち上がり、愛生乃の額に人差し指を突きつけた。


「……はい。わかりました」


 観念したのか愛生乃は唇を少し尖らせそう答えた。


「で、何がいい、炭酸か?」


「スポーツ少女には炭酸は大敵!スポーツ飲料でお願いします」


「りょ。ちょっと行ってくる」


「うん。ゆっくりでいいからね。無理はしないで」


 ここまで彼女に気を遣わせてしまう自分の体が恨めしく思えた。


 愛生乃をコートに釘付けにして、自動販売機へと向かう。


 その途中、サッカーに勤しむ小学校低学年の男の子達とすれ違った。


「……まあ、大丈夫か」


 愛生乃のいるコートは、ボールが外に飛んでいかないようフェンスに覆われているのだが、少年達がサッカーをする広場は一切遮る物がない。

 その二十メートル程先には、大型トラックも行き交う幹線道路がある。


 もし車道側にボールが飛んで行ってしまったらと一瞬考えてしまったが、少年達の脚力ではあそこまで飛ばすのは難しいだろうと判断して声はかけなかった。

 


 俺は少年達の横をゆっくりと通りすぎ、自販機の前までやってくると、愛生乃に注文されたスポーツドリンクと、自分用のお茶を購入した。


 取り出し口から購入した飲み物を取り出して、公園の入り口の方へ振り返る。


 コロコロコロ


 ボールが車道に向かって転がって行くのが見えた。


 それを認識した瞬間、心臓がトクンと跳ねた。


 ボールの向かう先には、トラックが向かって来ているのが見えた。


 どんどんと鼓動は早くなっていく。

 苦しい……でも、そんな事を言っている場合じゃない。


 ボールの背後から小さい影が飛び出してくるのが見えた瞬間、自然と体は動いていた。


 止めなくちゃ!


 産まれて初めて全力で走った。

 でも、俺の手が届く事はなかった。


 数メートル全力疾走しただけで俺の心臓は悲鳴を上げた。

 不規則に刻まれる鼓動。霞む視界。そのまま俺はアスファルトに顔から叩きつけられた。


 最後の力を振り絞り、車道側に目を向けると、飛び出していくもう一つの影があった。


 その走るシルエットを見ただけで俺は安堵をした。

 ……あとは頼んだぞ愛生乃。


 もう、自分の意思で目を開いているのは限界だった。


 薄れ行く意識の中で俺はこんな事を考えていた。


 せめて、もう少し丈夫に産まれてこれていたらな……


『いいだろう。……ついでだ。その願い聞き届けてやろう』


 きっと気のせいだろう。最期に脳が聞かせた自分に都合の良い幻聴だろう。


 そう思考したのを最後に、俺の意識はプツリと途切れた。

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