テコの原理と英智の剣。



「コレはコンパウンドボウって名前の弓でね。板バネの先に丸いの付いてるでしょ? これが上手いこと作用して、めちゃくちゃ重い弓を軽く引けるんだよ」


「え、じゃぁ本当なら俺が引けない大人用の弓でも、引ける様になるのか?」


「そういうこと」


 弓の板バネリムの先端に付いてる滑車カムの形状によって、引き終わるとストリングが軽くなり、それまではむしろ重いと言われるコンパウンドボウだが、そんな事は無い。


 引き終わりの保持が軽くなるから相対的にそう感じるだけで、カムがテコの原理でリムの力を軽減してるのだから、本来感じるべき張力を削減してるのは間違いない。


 カムの効果無しで同じ張力を引こうと思ったら、まず間違いなく弓として使う事が出来ないだろう。


 コンパウンドボウの基本原理は、カムによるテコの原理である。


 弓の両端に付いたあの滑車、真ん中と両脇に弦をかける場所が有るのだが、両脇の径が細く、真ん中の径が太く作られてる。


 で、強い張力を軽く引ける理由だが、歯車で説明するとわかりやすい。小さな歯車で大きな歯車を回す時と、大きな歯車で小さな歯車を回す時では、必要な力が真逆になる。


 大きな歯車を手で回して小さな歯車を回転させるとき、二つの歯車の径が乖離するほどに小さな力で事足りる。小さな歯車がどんなに硬く重い歯車であっても、大きな歯車を噛ませてそっちを手で回せば、小さい歯車も軽い抵抗でクルクルと回る。


 逆に、硬く重い大きな歯車を小さな歯車で回す時、めちゃくちゃ力を入れないと大きな歯車は回せない。本来なら硬く重い大きな歯車を回せる程の力であっても、小さな歯車を経由すると足りないのだ。必要な力が何倍にもなる。


 この原理がそのままコンパウンドボウに使われてる。


 コンパウンドボウのストリングを引くと、ストリングが巻いてある滑車カムが回転してストリングを吐き出す。


 すると、カムが回転する時に初めて巻取られる様に繋いであったケーブルが、ストリングを引いて回転し始めたカムに巻かれていく。


 この時、カムの真ん中にある大きな円が「大きな歯車」であり、カムの両脇にある小さな円が「硬く重い小さな歯車」である。


 大きな歯車に巻かれてたストリングを引っ張ったから「大きな歯車」が回転する。すると、連動して「硬く重い小さな歯車」も、本来それを回す為に必要な力より弱い力で回ってしまう。そして「硬く重い小さな歯車」にケーブルが巻取られて行く。


 カムは弓の両端に付いてて、カムAに付いてる「硬く重い小さな歯車」へ巻かれてるケーブルは、カムBに付いてる「硬く重い小さな歯車」に繋がってる。


 要するに、ストリングを引っ張ると弓の両端にあるカムがケーブルを引き合って、弓がしなる。これがコンパウンドボウの仕組みである。


 普通の弓なら板バネが引っ張られて射手の方にしなるのに対して、コンパウンドはリム同士が引っ張りあって板バネがしなる。だからM字型が多いのだ。カム同士が引き合って板バネが引き合うなら、板バネ同士を水平に設置した方が板バネのしなりを効率的に運動エネルギーに変換出来るから。


 この水平に設置された板バネが、普通の人じゃ引けないくらいに重いバネでも、カムがテコの原理で動くから少ない力で引けてしまう。


 ──って言う話を凄い丁寧に噛み砕いてガルへ聞かせた。


「分かった?」


「分かんねぇ!」


 分かんねぇらしい。


「何が分かんない?」


「えっとな、レクが言うんだから、きっとレクの言う通りの仕組みになってるんだと思う。でも俺、その大きいのと小さいので、力が重くなったり軽くなったりってのが良く分かんねぇ」


「あぁ、テコの原理を実体験した事が無いのか」


 俺はその場で、簡単な装置を一つ作った。直径7センチ弱の丸太を8センチくらいの所で切断し、丸太の真ん中から片側だけナイフで削って直径3センチくらいにする。


 そしたら先の尖った棒ヤスリでゴリゴリ削って丸太の中を穴を通す。


「で、丸太の太い方と細い方にそれぞれ別の麻紐を結び付けてから、それぞれ逆回転でぐるぐる巻いて…………」


 最後に、丸太の中に三本目の麻紐を通して、その両端をレンガに結ぶ。結んだレンガの下に別のレンガを置いて高さを確保したら準備終わり。


 お互いに紐を一本ずつ持って、片方が引っ張ると反対の紐は丸太に巻かれて、巻かれた方を引っ張ると先に引いてた方が巻かれる。そんな装置だ。丸太を介した綱引きをする感じだ。


 だだ、紐はそれぞれ丸太の太い場所と細い場所に結ばれてるから、当たり前だが細い方に巻かれた紐を持った方が超絶に不利。


「丸太の中を通してる軸紐を結んだレンガを空いた手でそれぞれ抑えながら、綱引きをしよう。これで俺が言いたい事が分かるから」


 ガルに細い方の紐を渡して、俺が太い方の紐を握る。滑らない様に二回転くらい手のひらに巻いてから、お互いにゆっくり力を入れていく。


「…………おっ、おぉ!? 俺の方が力強いのに、レクに負けるっ!?」


 俺は楽々と紐を引けるが、細い方に巻かれてる紐を持つガルは四苦八苦しながら紐を引く。だがどうにもならない。


「これがテコの原理だよ。丸太の太さをもっと離せば、もっと酷い結果になるよ。俺が小指だけで引っ張ってもガルは勝てなくなる」


「マジで!?」


 しばらくこの「理不尽な綱引き」を体感して貰ったら、今度は紐を交換してもう一回。


「おおおおお!? めちゃくちゃ軽い! え、レクお前それ力入れてんの?」


「おぉんっ!? 煽りよるなぁ!? そもそも俺よりガルの方が力強いのにさぁ!」


 こうして攻守を交代して遊ぶこと二交替。ガルはもう、一生分の不思議を経験したと言わんばかりの顔である。


「分かった? これが今作ってる弓の原理」


「すげぇ良くわかった! 大きい丸太の方を引っ張れば、小さい丸太の方がどれだけ強くても引っ張れちゃうんだな!? んで、その小さい丸太が弓のしなりなんだ!」


「その通り」

 

 異世界で理化学の授業みたいな実験をしてしまったな。


「なんか、アレだな。不公平な仕組みだなこれ」


「あら、そう思う?」


「だってよ、俺の方が力強いのに、細い方持ったら負けちゃうんだろ? おかしいだろこれ」


 まぁ、現代でもテコの原理に対して似たような感想を持つ人が多いんじゃ無いだろうか。でも実際はちょっと違う。テコの原理はどこまでも平等な原理だ。


「でもガル、良く見てみなよ」


「ん?」


 俺は実験装置を指さして、ガルに真実を教える。


 ──これがお前の欲した真実だっ、ガルヲ!


「大きい方を引っ張っても、小さい方の紐は巻取られる距離が短いんだよ。逆に、細い方を引っ張ると、太い方は沢山紐が巻取られる。……これって、太い方が損してるとも言えない?」


「…………は?」


「ほら、もしこれが綱引きじゃなくて、紐を巻きとった長さ勝負だったとしたら……」


 俺が太い方を1メートルほど引いてみると、細い方の紐は1メートル未満しか巻き取れない。代わりに、今度は細い方を1メートル引いてみると、太い方の紐は巻取られる過ぎて持ち手も残さずグルングルンと丸太に全部巻かれてしまった。


「……ね?」


「…………おぁ? 待って待って、頭ん中が訳わかんなくなってる」


 テコの原理とは、あくまででしかない。入力された事象に対して、原理通りの答えを出力するだけの計算式だ。


「テコの原理ってね、こうやって太い方が一方的に得をする様に見えるけど、実際はちゃんと太い方も損してるんだ。損した分の力を別の物に変えてると言えば良いかな?」


「えと、じゃぁ、引っ張り合いに強くなる代わりに、紐を巻くのが苦手になった?」


「そうそう。それで、細い方も力勝負に弱くなった代わりに、紐を巻くのが得意になった。ほら、平等でしょ?」


「──……おぉぉぉ、なんか、スゲーな。俺いま、頭良くなった気がする」


 実際なってると思う。こうやって新しい知識を手に入れ、それを体感して実践もした。この知識は既にガルへと根付いて芽吹いた。脳がその機能を発揮してる間は失われる事の無い宝として、深く刻み込まれたのだ。


「ちなみに、猟長の弓だって多分、こう言う不思議な仕組みがいっぱい詰まった凄い武器のはずだよ」


「おぉ、そうだよな! そっか、こう言うの沢山知ってると、強くなれるのか」


 知識とはハッキリと武器である。上手く使えば力になるとか、そんな曖昧な物じゃなく、もっと明確に存在してる武器である。


 それは何時でも抜けて、誰でも使えて、何処でも研げる人類が使える最強の剣。


 知識という砥石でだけ研ぐことが叶う、研げば研ぐほど無限に鋭さを増す比類なき伝説の武器だ。


 この英智と追撃の宝剣エターナルソードを研いだ勇者達はいつだって「不可能」という魔王を血祭りにあげ、大気を裂いて空を飛び、天空さえ両断して月に届いた。


「なぁレク、もっとこう言うの教えてくれよ。もしかしたら俺でも、エゾさんみたいになれるかもしれねぇし」


 初めて……、そう。多分初めだったんだろう。これ程までに明確な「力」を手にしたのは。


 ガルは初めて握った名刀の斬れ味に心を震わせ、子供っぽい夢を口にした。


「猟長みたいになりたい? 全く、あんまり馬鹿なこと言わないでくれよガル。恥ずかしくなっちゃうだろ」


 俺は肩を竦めてヤレヤレとオーバーリアクションを取る。それはまるでガルの理想を踏み躙る様で、ガルも少しムッとしながら、ポソポソと文句を言う。


「なんだよ。……俺には無理だってことか? そうだよな、俺はレクみたいに、頭良くないもんな」


「もう、拗ねないでよガル。俺より歳上なんだからさ、ちゃんと現実見てよ」


 不貞腐れるガルの鼻をちょんと突いて顔を覗き込む。突然鼻をプッシュされたガルは驚いて鼻を擦るが、俺は更にずいっと顔を近づけて口を開く。


「エゾさんみたいになれるかも、だって? はぁ、そんなの無理に決まってるだろ?」


 俺の言葉を聞いていちいち顔を曇らせるガルに、ハッキリと宣言してやる。




「ガルは、目標が猟長程度で満足なのかい? 俺は絶対にゴメンだね。ガルは謙虚だなぁ。本当にそこで止まって良いのかい? あっと言う間に、村で最強の狩人になれるってのにさ」



 

 識るほど強くなる? 全くもって、その通りだともさ。


「…………は?」


 言葉を遅れて理解──、いや、ちょっと飲み込んだけど 理解出来なかったって顔でガルが瞬きをする。


「ねぇ、ガル。冷静に考えてよ」


 俺は理解が遅いガルの鼻をちょちょちょちょちょんと突く。


「ちょ、つつき過ぎ……」


「ねぇガル。良く考えて? 此処ここに俺が居て、そして俺を手伝ってくれるガルも居る」


 時間さえあれば電子レンジだって作ってみせると息巻いてる俺が居る。俺の時間を半分背負ってくれる同居人も此処に居る。


「なら、出来ない事なんて何も無いだろ」


 俺は女神ティエリアーナから直々に依頼を受けた万事屋だぞ?


 万事屋ってのはな、「何でもやる」奴の事じゃない。「何でも出来る」奴の事なんだ。


「見てなよガル、五年だ。猟長ならあと五年は現役で猟長やってるだろ」


 十年掛かりそうな計画も、ガルが半分背負ってくれるなら五年で終わる。


「猟長が現役のうちに、村最強の座を俺達で奪ってみせるぞ」


 猟長に、なんの恨みも無いけどな。その玉座、ちょっと俺達に譲って下さいよ。


 ……………………ゴメン嘘、コンポジットボウのレシピ教えてくれなかった恨みがちょっと合ったわ。


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