第14話 英雄の妹④
「ショービットって美しい」
「お兄。藪から棒にってレベルじゃないよ。急にどしたの?」
「いやいや、青葉さんや。ショービットは美しいよ」
絵里も同意してくれた。
ショービット(SHOVE-IT)。それは後ろ足を使ってスケートボードを180°回転させるトリック。体の向きは変わらずデッキだけが回転するのが特徴で、ノーズとテールを入れ替えたい時や他のトリックと組み合わせることで汎用性は半端ない。
初心者がオーリーの次、もしくは同時に練習を始める事が多く、簡単でありながら突き詰めれば奥の深い最強のトリックである。
俺もその使い勝手の良さから使用頻度が高い。このトリックは身体がリラックスした状態でメイクすればメイクするほどカッコいいと個人的に思っている。
剣の道の達人は鞘から抜くその基本動作から素人との違いを見せる。ショービットもそうだ。ある程度スケボーをしていれば、その人の実力はショービットひとつで計ることが出来る。
これはチックタックやマニュアルとスケボーに乗って滑る。この基本を押さえている青葉に、次のステップに楽しみながら進んでもらおうと思っての発言だった。
勿論、それは余計なお世話かも知れない。スケボーは楽しくなくちゃいけない。人によって楽しみ方が違うには当然のことで、美しい山を見ていたい人もいれば頂上まで登りたい人もいる。そのラインを俺はわきまえているつもりだ。
「ほらほら。なんかやってる感出てカッコ良くない?」
俺はお手本にその場で板を回して見せた。
「応用してオーリーと組み合わせると板が空中で回るよ。これはポップショービットっいうんだ」
俺の意図を理解したのか絵里も続いた。
「へぇー。でも簡単な方なの? こうして板に乗っていて足元で回る気がしないんだけど」
「まぁ多少ね。練習は必要だし、少し恐怖心を捨てて挑戦する必要があるだろうな」
イメージしながらデッキの上で屈伸する青葉に絵里が答えた。
「ここまで滑ること出来れば結構楽しめると思うけど、青葉は筋が良いからな次の課題を与えたくなっちまうんだよ」
ショービットは完全でないにしろ板と身体が離れる。このトリックの練習は今までより多く転ぶかもしれない。だけど習得した後は持ち技が増えるのはもちろん、絵里が言ってた恐怖心に少し態勢が付く。
「——たまにしか滑らないから上達は遅いだろうけど。まぁお兄たちがそういうのなら挑戦してみようかな」
青葉はそう言うといそいそと練習を始める。
その場で挑戦するもなかなか上手くいかない。絵里の意見を貰いながら何度も何度も繰り返している。絵里から教わる青葉の姿は傍から見れば本当の姉と妹のような光景で、平和的で微笑ましい。
「だからさ、リラックスしながら屈伸してフワッとジャンプすんの。んで最後残った右足でナ〇キのロゴを描くように――こう、うりゃって」
「絵里さんさ……わかんないよ。言っちゃ悪いかもだけど、もう少し言語化して欲しいというかなんというか……」
つくづく信じられん。あんな感じで本当に国語の先生務まるのか?
なんか無駄な動きも多いけど、身振り手振りを加えて教えるのはいいとして「ぐわー」とか「うりゃー」とか擬音語が多すぎるんだよな。
あいつの教える現代国語は現代すぎるんじゃないのかと心配になる。
「お前さ擬音語多すぎんだよ。本当に国語教師かよ。若者言葉で教えてないだろうなかわちぃとか好きぴとか――知らんけど」
「ぷぷぷ、英雄もおじさんになったね。それ一つ昔だよ。最新の流行り言葉に関してはむしろ生徒からあたしが教わってるんだ」
俺の覚えたての言葉が古いだと? だって最近アニメ化した漫画とかでも使われていたし。
「なぁ青葉は使うよな?」
「——っ、お兄。二度と外で使わないようにしてね。私、笑いを我慢できる気がしないから」
絵里の背中で声を殺すように笑う青葉の姿に俺は余計に傷ついた。笑うなら笑ってくれよ。お兄ちゃん、妹の為になら道化師にだってなるよ。
「ハルが今日は天気よすぎて鬱になるって言っててさ。外が明るいんだからそれは躁だって教えてやったんだ」
「いや、普通にフォローが意味わかんねーし」
しばらく遊んで足腰も疲労が溜まりはじめたので、練習に励む青葉を目の前に俺たちは少し休んでいた。
高校生の頃、青葉には俺たちが作ったスケボー部のフィルマーを頼んでいた事もあって今日もスマホで動画を回してもらっていた。
こんなに天気が良い日中に滑るのは久しぶりだし、なにより外が晴れている日は動画も映えるので、ついついはしゃぎ過ぎてしまった。
「それに似た話、お兄に借りた本にも書いてあったなー。遮光カーテンなのに暗い的なさ」
話が聞こええいたのだろう。青葉も戻ってきて横に座る。
遮光と社交が掛かってるやつね。俺も好きな作品だから覚えている。
「流石は絵里さん。小説家にもなれちゃうんじゃないの?」
青葉が持ち上げると絵里は明らかに嬉しそうに頭を掻いた。
「そう褒めるなよ。絵里はすぐ調子に乗るんだから」
「てゆうかお兄。ショービット難しいんだけど」
「まぁ慣れだよ慣れ。今日一日でマスターするよりは次来た時も練習しようくらいの感覚の方が良いかもな」
「英雄の言う通りだな。あたしも見てやるから根気よく向き合っていればそのうち自分のものになるさ」
「おっ、なんか今のは先生ぽかったな」
絵里は「だろう~」と決め顔で青葉に手取り足取りわかりやすく教えてやると言った。
「絵里さん教えるのあまりうまくないんだよなぁ。——でも、たまに顔だせば絵里さんと一緒にいられるし、お兄にも教えてもらえるし……」
「なんか言ったか?」
後半の方がいまいち聞き取れなかったが、一度で聞けない耳が悪いと言い直してはくれなかった。
「ともかく、ショービットは回転系の入り口みたいなトリックだ。これを発展させていけば超クールな技になる。今から兄ちゃんのすげぇカッコいい姿を見せてやるからちゃんと見ておけよ」
誰かに見てもらいたくて、こんな時の為に一人練習していたトリックがあった。
休んでいた斜面の上から下り加速する。
目標は正面のアール(湾曲した斜面)。高さは成人男性の身長を越えているので、目測でおよそ2メートル半といったところだろう。
最近、皆と予定が合わなくて一人でパークに行くことも多かった。
だから、次に誰かと来たときに驚かせられる何かが欲しくて考え付いたのがこのアールを使ったトレフリップ。
正直、成功率はそこまで良くないが今日は気分的にも何だか上手くいく気がした。
誰が見てくれている時に気合が入るのはスケーターの本能的なもので、見られているとメイク率が上がったりするものだ。
妹にいい所を見せたい。
絵里を驚かせたい。
少しでもカッコよく百点満点で見せつけてやるんだ。俺はそう意気込んで、プッシュし更に加速する。
セクションに入る直前、俺は力まないように膝を曲げて備える。
テールを掴む後ろ足の親指と安定したバランスに、スタンスは完璧だと確信した。
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