第一話

 木の良い匂いがする。ぼんやりとした頭で瞼を上げると、頭上には木と紙で作られた天蓋があった。


「……?」


 体の感覚を得ていくうちに、ベッドが硬いことに気がつく。身を起こすと、木でつくられた祭壇の上に自分が横たわっていたのだということが認識された。


 あたりを見渡すと、身を低くしてかしずいている男性らしき狩衣のような服装の白衣の人が、祭壇の下にいることがわかる。


「……なに?」


 何に対する疑問なのかもわからない疑問符が口にされる。少女は首と共に腰から生えている羽を傾げた。と、同時に、男には羽がないことを知った。あたしには、羽があるらしい。


「お目覚めになられましたか」


 男は顔を上げた。が、なにやら梵字らしきものが書かれている白い布に顔が覆われている。声も低く、感情が読み取れなかった。


「なんなの?」


「ここでは長話ができません。部屋を移しましょう。どうぞこちらへ」


 そうして移動する男の後ろに着いていく。長い木造りの廊下を裸足で歩く。足元が冷えるなと思ったとき、そう言えば自分には羽があることを思いだした。


 ぺたぺたという足音が無くなったのに気づいた男は、一瞬顔をこちらに向けた。それからまた前方を向いて、一言。


「その体の使い方に慣れてらっしゃりますね」


 と言った。


「あたしにほかの体があるみたいな言い方だね」


「いえ、そういうわけでは……こちらです」


 長い廊下を抜けると、近代的な日本家屋が顔を見せていた。さっきの和風な祭壇の部屋はどうやら離れだったらしい。雑然と置かれている家具を眺めて、少女は生活感あるな~と思った。


 リビングに着いて各々適当な席に座る。それから、男は深く、深く息を吐いた。


「やっと……お会いできましたね」


 先ほどとは違って少し高い声だった。それに感激がにじみ出てるかのように少し震えている。少女は状況がよくわからず、首を傾げた。


「なに?」


「覚えてないのですか?」


 その言葉を聞いて、少女は何かを思い出そうとした。が、自分が何者であるのか、どうしてここにいるのか、状況を把握するための記憶が一切ないことに気が付いた。


「なんも……わかんないや」


「そうですか……」


 少し残念そうな声音だ。顔もどこか悲し気に傾けられているが、いつまでもそのままというわけでもなく、男の説明が始まった。


「貴女様の名前は東雲様と言います」


「しののめ」


 名を繰り返した少女に、男は少し笑ったような音を出した。


「はい。東雲様は元々神に仕えるお家柄でありましたが、不幸なことに十歳でこの世を去られました。わたくしはそれを惜しんで、家業に励みました。わたくしの家も神に仕えるものでした。七年の修行の後、神がお認めになられ、今日この日に東雲様は天使となる形でお姿を取り戻したのです」


 やかんの中身が沸騰した音がした。自分の知る日常の中で、男のする説明は若干どころでなく浮いている。とりあえずついていける範囲の質問をした。


「天使って人間と違うの?」


 羽が生えていることがたぶん普通でないことは、記憶がない中でも何故だか知っていた。


「存在することによってこの世界を支えることができる神の僕です。役割は様々にあるようですが、神は東雲様をわたくしの監視に遣わせました」


「あなたと一緒に居ればいいってこと?」


「さようです」


 男の声は柔らかかった。


「あなたの名前はなんていうの?」


 男は、顔が見えないのでわからないがおそらく微笑んで、答えてくれた。


「シロハといいます」


 顔の見えない男との二人暮らしが始まる。


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