第4話 オタク特有の早口で爆発する
「
星野くんはひとしきり笑うと、目もとをぬぐって言った。
「正直言うと、『同性愛なんて気もちわるい』って、言われるんじゃないかってずっとこわかったんだ。中学のときも……男子であつまるとどんな女の子が好きかってそんな話ばかりで、男の人が好きだなんて、だれにも言えなかった。だからふたりが、いつもどおりで話してくれたのが、それだけのことって思うかもしれないけど、ぼくにはすごく、うれしかった……」
そんなこと、と私が言おうとするより先に「言わないし、思わないよ」と
「異性が好きだって、同性が好きだって、恋愛感情がわからなくたって、いまはなにも思わない。いまの時代さ、いいこともわるいこともあるけど、情報がたくさんあるから『ああ、そういうことが世のなかにあるんだな』って、知れてよかったなって思えることが、あたしにとってはたくさんある。知るまでは、想像することもできなかったけど……」
莉央は決然とした表情でしゃべってから、ふっとそのちからをゆるめた。
「異性相手だけど、あたしも告白したことあるからさ、もう、あの、ド緊張して『死んじゃう!』ってぐらいになる気もちは、すごくわかる。たぶんだけど、同性相手のほうが、もっともっと緊張するんじゃないかな。相手が自分をどう思っているかだけじゃなくって、相手がそういうことに対してどう思っているかで、反応が変わることもあるかもしれないわけでしょ。だから、ほんと、すごいよ。……尊敬する」
まっすぐにしゃべる莉央がまぶしくなって、とちゅうからそっと顔をふせた。
莉央の、同性愛についての、考え方を聞いたのははじめてだった。
座りながら、莉央と反対側に置いてある左手が、
こぶしにしてソファにおしつけて、殺す。
同性愛という愛情のかたちを認識して受けいれていることと、自分が実際にその対象になることとは、ちがうはずだ。
――でも、「拒絶しない」「存在ごと否定しない」というだけのことでも、私にはずいぶんと救いに感じた。
星野くんと彼氏さんは、莉央のことばに、照れくさそうなようすを見せ、
「あ、ありがとう……」
と言った。
「でも、ぼくたちはネットで知り合ったから、そんなにちゃんとした告白があったって感じでもなくって……」
「えっ、一応あったじゃん」
星野くんに、彼氏さんが指摘をいれる。
「ああ、あれ? 『月がきれいですね』」
「そうそう」
「月がきれいですね!?」
私は瞬間的に興奮し、思わず口をはさんでしまった。
莉央が「あー、なんか聞いたことある。なんだっけ」と
「なんかね、むかし夏目漱石が I love you を『月がきれいですね』って訳したとかいうので一時期話題になってて……」
「そうそう。まあその夏目漱石説はデマっぽいらしいんだけど」
「だれが言ったとか関係ないよ!」
私はさらなる興奮にのまれ、思わずくそでかボイスを披露してしまった。
「そのことばがロマンチックだから、こんなにひろまったわけでしょ。超! 超! 超! ロマンチックじゃん。『I love you』を、ふつうに訳したら『愛してる』とかになるところを『月がきれいですね』って訳すって
私は早口でまくしたてつつ両手を祈るようにあわせ、純喫茶の天井でまわる
「私、いつか、『月がきれいですね』って好きな人から言われるのが夢なの」
と、一気にしゃべりおえたあと、ハッと「これオタク特有の早口って笑われるやつだな」と正気にもどった。
とはいえ出しちゃったしこれはもうしゃあないなと観念したが、
目をほそめて、いつくしむように、私のことを見つめる。
「ずいぶん興奮しちゃって」
そう言って、やさしく、何度も、私の頭をなでた。
「よしよし、あんたはかわいいね」
それで私の脳は爆発したので、そのあと星野くんたちとどう別れたものかおぼえていない。
星野くんと彼氏さんは、ふたりの家の中間にあるのがこの駅だったらしく、きょうは両親が旅行に出かけるのでいなくなる彼氏さんの家に泊まる(お泊まり!!)とのことで去っていった。
「やっぱ恋人がいるっていいねー」
ふたりを見送ったあと、駅のホームで電車を待ちながら、莉央がうらやましそうにつぶやく。
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