橘氏の立ち話

久米坂律

レモンティー色の髪の少女

 四限終了のチャイムが鳴った。


 教師による号令が済むと同時に、視界の端でレモンティー色がさらりと大きく揺れる。俺は、慌てて化学の教材を机の中にしまい始める。


 けれど、結局間に合いそうになくて、参考書をしまうのは諦めると、今にも立ち去ろうとしている隣席の少女に声をかけた。


「あ、待って、たちばなさん!」

「? はい」


 彼女は真っ直ぐな長い髪を揺らしながらこちらを振り返る。ただそれだけの仕草なのに、やけに可憐だった。


 橘伶菜れいな。昨日、九月三日に我が燈崎とうさき高校に転校してきた生徒だ。


 すらりとした体躯と、おそらく海外の血が混ざっているだろうレモンティー色の明るい髪が印象的な美少女。クールビューティーとでも言えばよいだろうか。少なくとも、首都圏にあるとは言え片田舎の雰囲気が拭えないうちの高校には珍しい、都会的な雰囲気の少女だ。


 本来なら、平々凡々を絵に描いたような俺が関わり合いになるような人ではない。では、なぜ話しかけているのかと言えば。


「えぇと」

「あ、俺は日下部くさかべです。日下部祐月ゆづき

「ありがとうございます、日下部君ですね。どうかしましたか」

「俺、一応担任から橘さんに校内の案内するように言われてて」


 この一言に尽きる。

 本当は昨日案内したかったのだが、この橘伶菜は、あろうことか全ての休み時間で姿を消したのだ。普通の転校生であれば、クラスメイトと交流できる休み時間は貴重すぎるはずなのに。正気の沙汰とは思えない。


 そういうわけで、今日こそは、と橘さんを引き留めたのだ。それにしても、教材を片す暇もなく、教室を出て行かれそうになるとは思いもしなかった。


「そうだったんですね」

 橘さんはほんの少しだけ顔を傾ける。感情が顔に出ないタイプらしい。単に、感情が薄いだけかもしれないが。


「ってことで、昼休みに案内してもいい?」

「分かりました。じゃあ、行きましょう」

「え、いや、ちょっと待って。別に昼食べ終わってからでも」

 早速教室を出て行こうとする橘さんを引き止めると、橘さんは俺の机を指さした。そこには、コンビニで買った昼飯の入ったナイロン袋が掛かっている。


「その中身、パンですよね」

「え。ああ、そうだけど」

「私も、昼食はパンなんです。パンなら、歩きながらでも食べられますよね」

「いや、それは。そうだけど」

「なら、行きましょう」

「え、あ、ちょっと!」

 教室を出て行く橘さん。俺はコンビニの袋をひっつかむと、急いで後を追いかけた。

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