24.彼女としたいこと
今日は千夏ちゃんとデートの約束をしている。
デートの日でも毎朝のルーティーンをこなす。軽く勉強して、軽く筋トレ、軽くニュースをチェックした。まだ梅雨は明けていないけれど、本日は晴天、気温は三十度を超えるらしい。
「こまめに水分補給できるようにしなきゃだな。千夏ちゃんの体調にも気をつけよう」
脳内で作成したデートプランに情報を書き加える。
寝癖がないか。服にしわがないか。入念に身だしなみをチェックしてから外出する。
「あれ、お兄これから出かけるの?」
と、その前に妹に発見された。
「ああ。お兄ちゃん、デートに行ってくるんだ」
「ふーん。行ってらっしゃーい」
妹は興味なさそうに廊下の向こうへと消えた。かと思いきや、ドタドタとすごい勢いで戻ってきた。
「お兄って彼女いたの!?」
「え? ああ。最近出来たんだよ」
「聞いてないんですけど!?」
そういえば報告していなかったっけ? まあ千夏ちゃんが秘密にしたいって言ってたんだし、家族も例外じゃないよな。
「はぁ。お兄もやっと横恋慕を諦めたんだね……。女子は他にもいるってわかってくれて、妹は嬉しいよ」
わざわざ泣き真似をして喜ぶ妹。それ妹目線としてはおかしい発言だからな?
「誰が他の女子とって言ったよ。俺の好きな人は変わってないっての」
「え、じゃあ相手は千夏ちゃん先輩?」
しまった。ついムキになって口を滑らせた。
ま、まあ秘密といっても家族は例外だろ。うん。
「そうだよ、千夏ちゃんと付き合ってんだ。ここだけの秘密で頼むぞ」
妹は腰を抜かして驚いた。リアクションが大げさすぎじゃね?
「……マジ?」
「マジだよ」
「実は夢の話とか?」
「ほっぺ思いっきりつねったろか?」
まったく失礼な妹だ。
これ以上相手にしていたら待ち合わせの時間に遅れてしまう。靴を履いて玄関のドアに手をかける。
「あっ、お兄。千夏ちゃん先輩に会ったら伝えてよ。お兄をまともな男にしてくれてありがとうございます、って」
「……行ってきます」
だからそれ、誰目線の言葉だよ。
無駄に消費した時間を取り返すため、俺は今の時期にしては暑すぎる中を走った。
※ ※ ※
今回も待ち合わせ場所には俺が先に到着した。走った甲斐があったってもんだ。
「マサくん!? どうしたのよ、汗びっしょりじゃないっ」
間もなくして千夏ちゃんが到着した。
気温と湿度が高い中を走ったのだ。汗をかくって簡単に想像できたはずなのに、千夏ちゃんを待たせるわけにはいかないと思ったらスピードを緩められなかった。
「あはは……。ごめんね、せっかくのデートなのに汗臭い男になっちゃった」
「そんなの気にしなくていいわ。どこかで涼みながら何か飲みましょう」
デートはいきなり休憩から始まった。早速俺の脳内デートプランが狂ってしまう。
でも、そのおかげと言うべきか。あれだけ気まずかったのに、千夏ちゃんといつも通りに話せていた。
「千夏ちゃん」
「なあに?」
「そのスカート、前にデートした時に買ってたやつだよね。俺の思った通り、千夏ちゃんに似合っていて可愛いよ」
「……ありがとう」
頬を染める千夏ちゃん。ぎこちなさはなくて、可愛くはにかんでくれた。
近場の喫茶店で休憩する。冷房とアイスコーヒーで俺の元気は全回復した。
「よし! 行こうか千夏ちゃん!」
「マサくんってば、ものすごく張り切っているわね」
「そりゃそうだよ。デートの日が待ち遠しくて夜眠れなかったんだから」
ストレートな言葉に千夏ちゃんが恥ずかしそうにする。
「……私も、今日のデートをとても楽しみにしていたわ」
そう言った千夏ちゃんに、じっと見つめられる。彼女の耳は赤かった。
「うん。今日はうんと楽しもうね」
これは……、いけるんじゃないだろうか?
当初、今日のデートで千夏ちゃんとの気まずくなってしまった関係を改善できればよしと考えていた。
でも、最初の目的はすでに達成されたと言っても過言じゃない。
それどころか、千夏ちゃんの方から俺に距離を縮めようとしている気さえする。
これは、また千夏ちゃんとキスができるのではなかろうか? 今日、さらに仲を深めることだって可能かもしれない。
そう思ったら元気が溢れてくる。男は現金な生き物なのだ。
目的の駅に向かう途中で、さりげなく千夏ちゃんの手をとろうとした。
「っ!?」
手に触れた瞬間、千夏ちゃんが電気ショックでも受けたみたいにビクゥッ! と体を震わせた。
その反応の大きさに、俺も手を引っ込めてしまう。
「ご、ごめんなさいっ……。あの、驚いちゃって……」
「いやいや、俺の方こそごめん。いきなり触られたらそりゃびっくりするよね……」
なんとか、それだけを絞り出す。
内心、千夏ちゃんに拒絶されたショックが大きい。けれど彼女の前で傷ついた表情なんて見せられない。笑顔を作って前を歩いた。
今のは俺が悪い。大丈夫だろうと調子に乗って、千夏ちゃんに触れようとした。
まだ強引にキスされた時のことが消化しきれていないかもしれないのに……。
「ご、ごめんなさい! 違うの……。違うのよマサくんっ」
突然腕を引っ張られて足が止まる。
見れば千夏ちゃんが泣きそうな顔をして、俺の腕を抱きかかえていた。
「嫌がってるわけじゃないの……、慣れてないから驚いただけで……。私はマサくんのこと……好きだから……っ」
ぎゅうっと腕を抱きしめる力が強くなった。
「……マサくん? やっぱり、怒ってるの?」
「いや……」
千夏ちゃんと、目を合わせられない……。
彼女に「好き」と言われたこと。それと、抱きしめられた腕に伝わる二つの大きな果実が、千夏ちゃんに見せられない表情になった原因だった。
「……俺が千夏ちゃんにすること。恥ずかしかったら遠慮なく断ってくれていいからね」
「うん。でも……私もがんばりたいわ。だからマサくんも、したいことがあったら遠慮なんかしないで言って?」
「俺、千夏ちゃんと手をつなぎたい……」
「うん。私も……マサくんと手をつなぎたいわ……」
腕が解放される。それから、俺達はおっかなびっくり手をつないだ。
「……」
「……」
なぜかキスをするよりも、彼女と手をつないで歩く方が緊張する気がした。
しかし、千夏ちゃんと無言でいる時間が、いつの間にか気まずいものではなくなっていた。
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