10.好きを実感する
着せ替え人形にしてしまったお詫びにと、千夏ちゃんに服をプレゼントしようとしたら全力で断られてしまった。
「友達に服を買ってもらったりなんかしないでしょ!」と強い口調で言われてしまった。ごもっとも。俺だって相手が千夏ちゃんでなけりゃプレゼントしようとは思わない。
それでも試着した中に気に入ったものがあったのか、こっそり買っていたのを見た。また可愛らしい衣服を着た彼女を目にしたい願望が膨らむ。
「連れ回しちゃってごめんな。疲れたよね?」
「別に疲れてないわよ。私体力ある方だし」
他にもいろいろな店を見て回った。
ついつい楽しくてはしゃぎすぎてしまった。休憩が最後になってしまったのは今後の改善点だ。
現在、女性に人気とうわさの喫茶店で千夏ちゃんと向かい合わせで座っている。千夏ちゃんとデートをするために、できるだけ男一人で入りにくそうな店を選んでおいた。
「ここが来たかったお店? 女子といっしょじゃないと入りにくいっていう」
きょろきょろと周囲を見渡す千夏ちゃん。客は俺以外全員女性だった。下調べ通りだな。
「そうそう。ここのチョコブラウニーが絶品なんだよ。ぜひ千夏ちゃんにも食べてもらいたいね」
「へぇー。佐野くんは食べたことがあるの?」
「うん。前に妹といっしょに来た時に……あっ」
「ふーん。妹さんと来たことがあるのね」
暑くもないのに、ぶわっと汗が噴き出る。
千夏ちゃんはお冷を一口飲んで、俺へと今日一番のニッコリ笑顔をくれた。
「女子といっしょじゃないと入りにくいお店って言っていたけれど……、妹さんがいるなら大丈夫ね」
「違う! 違うんだ千夏ちゃん!」
これでは俺がシスコンみたいではないかっ。せっかく妹に嫌な顔をされながらも下調べに付き合ってもらったってのに! この店を理由に今後も千夏ちゃんとデートする気満々だったのにっ! 俺のバカッ。なんて初歩的なミスをしやがったんだ!
「む、昔! 昔来たことがあるってだけなんだ! もう千夏ちゃんとしか来ないから許してほしい!」
「ちょっ、佐野くんっ。声大きい……っ」
思わず立ち上がった俺の袖を引っ張る千夏ちゃん。焦って声を荒らげてしまったことを反省する。
「何? 修羅場?」
「あの男、浮気でもしたのかしら?」
「まだ若いのに最低なのね」
ひそひそひそひそ……。
周りは女性客ばかり。昼ドラ展開は格好のネタだった。
「……すみません」
小さくなりながら腰を下ろした。恥ずかしい……。
俺以上に千夏ちゃんに恥ずかしい思いをさせてしまった。俺のバカ! せっかく千夏ちゃんとデートできて最高の日になるはずだったのにっ。
気まずい時間は注文したチョコブラウニーとアイスコーヒーがテーブルに置かれたところで終わりとなった。
「……美味しいわ」
チョコブラウニーを一口食べた千夏ちゃんの感想である。本人も思わず出たといった感じだったのか、はっとしたように口を押さえていた。
「でしょ。美味しいでしょ。来た甲斐があったって思ったでしょ」
「まあ、うん……来て良かったわ」
その言葉を聞いて、内心で何度もガッツポーズをした。
好きな子に「来て良かった」と言われた。これがなんと嬉しいことかっ。下がりかけた気分なんか一瞬で天井突き破るくらい上がっちゃったね。
「あまりこっちばかり見ないでよ」
「千夏ちゃんが食べてるところが可愛くて、つい目が吸い寄せられちゃうんだよ」
「……変態」
「へ、変態ではないだろっ」
変態ではない、よね?
「千夏ちゃん」
ケーキを食べ終えて、少し雑談をしてから切り出した。
「今日はいっしょに遊んでくれてありがとう。すごく楽しかったよ」
「うん。私も楽しかったわ」
笑顔の千夏ちゃんはやっぱり可愛い。胸がとてつもなくきゅうってなる。
「だから改めて言うよ。俺は千夏ちゃんが好きだ。よければ、これからもいっしょの時間を過ごしたい」
「佐野くん……」
ちょっとだけ嬉しそうに。でも申し訳なさそうな顔で、彼女は口を開いた。
「ごめんなさい」
言われた瞬間、頭の中が真っ白になった。
しかし気を失うわけにはいかない。男として、最後まで前を向いていなければならない。
涙目になるのを堪えて、続きの言葉に耳を傾けた。
「佐野くんの気持ちは嬉しいわ。でも、私は誰かに好かれる性格じゃないし、気に障るようなことだって口にするかもしれないの」
自信がなさそうに、彼女の眉尻が下がる。
元々千夏ちゃんはそれほど自信を持っている子じゃなかった。
伊達に今まで相談に乗ってきたわけじゃない。傍から見ればきつい性格に思われることが多いけれど、一人になるといつも自分の言動を恥じている。
そんなこと言いたかったわけじゃないのに。もっと素直になれたらいいのに、と。口癖のような反省の弁を漏らしてしまう。
「だから、佐野くんとそういう関係になるのは……迷惑をかけてしまうから……」
だけど、厳しいことを言ってしまうことがあっても、千夏ちゃんは悪意のこもった悪口は言わない。
大迫への言葉もそうだ。千夏ちゃんの言い方は厳しかったかもしれないけど、だらしない幼馴染を心配しての言葉ばかりだ。俺には思いやりに溢れているとしか思えなかった。
そんな彼女の自信を、完全にへし折ってしまったのが、その幼馴染ってのが報われないにもほどがある。
「俺は絶対に迷惑だなんて思わない」
「え?」
とても繊細な女の子。不器用で、素直になれなくて、とても優しい。
俺が好きになった女の子にはそういう面があるのを、俺は知っている。
「なあ千夏ちゃん。それってさ、別に俺のことが嫌いになったわけじゃない、って思っていいのかな?」
「嫌いなわけないじゃない。こんなにも優しい佐野くんを、嫌えるはずがないわ……」
希望が持てる言葉だった。
「わかった。今すぐ付き合ってくれだなんて言わないよ」
「……」
「でも、こうやってアタックするのは許してくれるよね?」
「え、でも」
終わりだと思っていたのか、千夏ちゃんが戸惑う。
恋人になると俺に迷惑をかけてしまうかもしれない。大迫への未練。自信の喪失。千夏ちゃんが踏み出せない理由はいくつかあるだろう。
それを全部、いきなりなかったことにはできない。彼女にできるわけがない。その心は、尊重するべきだと思った。
「都合の良いように考えてよ。時間をかけていい。答えを後回しにしたっていい。俺は、千夏ちゃんにとって都合の良い男でいいんだよ」
「そ、そんなの……不誠実よ」
「そんなことはない」
期限なんて誰が決めた? 当人がいいってんなら不誠実じゃない。
俺にとっては一世一代の大勝負。それどころか思いがけないチャンスだ。大事にいきたいのが人情だろう。
「だから、本当に答えが出るまでは保留ってことで。千夏ちゃんだって冷静にゆっくり考える時間がほしいでしょ?」
「……うん」
よし。とりあえず完全に断られてしまう事態を回避したぞ。
さらにこれからもアタックしてもいい言質も取った。悪くない成果だ。
「……」
耳まで真っ赤になった千夏ちゃんはちびちびと紅茶に口をつける。
喫茶店の静かなBGMと客の話し声が聞こえる。
千夏ちゃんと穏やかな時間を過ごす。その時間がまた、彼女のことが好きなのだと実感させてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます