6.押せば倒れる

 松雪綾乃はアイドル的存在として全校男子に周知されている。

 黒髪ロングの清楚系美少女。儚げな印象もあって男子人気が高い。守ってあげたい女子ナンバーワンなのだとか。そんなランキングをどこでやってんだって話だけども。

 逆に女子からの人望は薄いようだった。

 一部の男子から言わせれば「ひがんでるだけだろ」とのこと。もちろんそれも理由の一部かもしれないけれど、それだけじゃないんじゃないかってのが俺の印象だったりする。

 ともかく、松雪綾乃は校内で一番モテる女子であるのは間違いない。


「やあ綾乃。どこで昼飯食べようか?」

「健太郎くんが好きな場所でいいですよ」


 昼休み。別クラスの松雪が俺たちの教室を訪ねてきた。

 大迫が笑顔で駆け寄り、彼氏ムーブをする。二人が教室を去ってから、クラスは騒然となった。

 騒ぐのも無理はない。ぼっち男子と人気ナンバーワン女子の組み合わせだ。傍から見ればアンバランスさが際立つ。

 でも、俺にとって重要なのはそこじゃない。


「……っ」


 去ってしまった幼馴染を見つめる千夏ちゃん。その表情はとてもつらそうなものだった。


「ねえねえ千夏ちゃん。俺とお昼いっしょしない?」

「さ、佐野くんっ!?」


 声をかけただけなのに体をのけ反らせる千夏ちゃん。その体勢だと胸の辺りにある膨らみが強調されてしまいますよ?

 千夏ちゃんを昼食に誘うのは初めてだ。何気に緊張していたりする。


「えっと……」

「俺、弁当なんだけど千夏ちゃんは?」

「私も、お弁当だけど……」

「なら今日は良い天気だしさ。外で食べようよ」

「え、でも──」

「ほらほら早く早く。早くしないと他の人に場所取られちゃうよ」


 躊躇う隙を与えず席から立ち上がらせる。一歩目を踏み出してしまえば断ることを諦めてくれた。

 周りはツンツンした態度でとっつきにくい印象かもしれないが、彼女は押せば大抵のことは断らないのだと俺は知っている。

 それに、もう俺は告白までしているんだ。あとは攻撃あるのみである。

 千夏ちゃんを伴ってテニスコート近くのベンチに座る。中庭は人気スポットだけど、ここはちょっと距離が離れているためか穴場となっていた。


「えっと……その……」


 この期に及んでも千夏ちゃんは俺を直視できないでいた。


「昨日のことがあって俺とは気まずいかもしれないけど、普通に食べようよ。普通にさ。ちゃんと食べとかないと午後の授業がきついだろ?」


 昨日のこと。気まずいのは大迫に罵倒されたことじゃない。俺に告白されたことだと、その記憶を強調してやる。

 弁当を開けてパクリとおかずを一つ口に入れた。意識しないようにと普通に食事する。

 なおも口をもごもごとさせる千夏ちゃんに、俺は言った。


「別に告白の答えを急かしているわけじゃないんだ。じっくり考えてほしいしね。ただ、友達みたいにいっしょに昼ご飯食べたい。その時間を、もらえないかなって……」


 なんだか言ってて恥ずかしくなってきた。告白よりは全然恥ずかしくない言葉なんだけどな。


「……うん。私と佐野くんは友達、なんだものね」


 できれば「友達」って単語を強調しないでほしかったなぁ。

 千夏ちゃんも弁当箱を開けて食事を始めた。


「それ、もしかして千夏ちゃんの手作り?」

「ええそうよ」


 小さな弁当箱に色彩豊かなおかずの数々。まるで宝箱に宝石を詰め込んでいるみたいだ。

 好きな女子の手作り弁当。男にとってその例えは決して大げさなものではないはずだ。


「あ、あげないわよっ」

「と、取ったりなんかしないよっ」


 よほど物欲しそうに見つめてしまったのだろう。千夏ちゃんは弁当を体で隠した。

 俺に見られるのが危険と判断されてしまったのか。そのまま隠すように食べていた。それがまた周囲を警戒する小動物チックで可愛かった。


「そうだ千夏ちゃん」

「何よ?」

「今度の休み。俺とデートしよう」


 千夏ちゃんがむせた。


「な、何よ突然に……っ」

「別に突然じゃないよ。告白の返事は急かさないって言ったけどさ、デートに誘わないとは言ってないし」


 好きな異性をデートに誘う。これ恋愛の常識だからね。


「そ、そんなの……付き合ってもいないのに、無理よ……」


 千夏ちゃんの常識では恋人にならないとデートできないらしい。


「じゃあさ、遊びに行こうよ」

「それ、言い方変えただけじゃない」

「でも友達、なら遊びに行くのは普通だよ」


 今度はこっちが「友達」という単語を強調してみた。効果があったのか千夏ちゃんがたじろぐ。


「頼むよ。女子といっしょじゃないと入りにくい店とかあってさ。どうしても千夏ちゃんが必要なんだよ!」


 拝みながら攻める。たじろいでも攻める。口ごもる暇すら与えず攻めた。


「わ、わかったわよ。佐野くんは友達、だし。それにいつも愚痴を聞いてもらっていたしね」


 ぐいぐい攻めたのが功を奏したのだろう。千夏ちゃんは渋々ながらも頷いてくれた。

 こうして、次の休日に千夏ちゃんとのデートが決定されたのである。内心で勝利の雄叫びを上げた。



  ※ ※ ※



 いっしょに教室に戻るのが恥ずかしい、という千夏ちゃんのなんと可愛いことか。そのお願いを聞いて別々に教室に向かった。

 午後の授業が始まる前にトイレに寄った。


「あっ、佐野くん」

「大迫か」


 トイレで大迫と鉢合わせしてしまった。

 せっかく千夏ちゃんとのデートを約束したばかりだってのに。大迫の顔を見ただけで水を差されたような気分になった。


「びっくりさせちゃったよね。僕と綾乃が付き合っているの」


 しかも聞いてもいないのに、自分語りを始めやがった。


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