第1話 超ハードモードな再スタート
おれはカヅチ・タケミ。
どういう訳か分からないが、今おれは変な空間にいる。
まるで黒と紫のインクをぶちまけたようなドロドロとした空間。
見ているだけで息苦しい。
「いつまで寝てんだ、さっさと起きろ」
誰かがおれの体を小突く。
体が重い、枝切れのような腕も動かない……
その中で辛うじて動く顔で声の方を向く。
「起きたか、にしてもお前の人生は酷いもんだったなぁ」
「だ……れ、だ」
口も思うように動かない。
「私か?私はお前に特別チャンスを提案しに来た者だ」
「チャンス?」
顔を声の方にようやく向けられた、しかしそこには黒いモヤだけがあった。
「色々押しているから単刀直入に言うぞ」
黒いモヤが近づいて来た。
「お前が選べるのはこの中の二つ。1つ目これは超イージー、このまま死ぬ。2つ目こっちは超ハード今すぐ人生の再スタートをするか。どっちがいい?」
突然の質問、意図が分からない。
でもその二つなら
「再スタート」
「そっちか。その場合はお前が望むものを与え、私がいる世界に生まれてもらおう」
事態を飲み込めないまま相手はどんどん話を進める。
「そうだ、これも聞いとかねぇとな。お前は何を持って再スタートに立ちたい?」
何を持ってか……。少しばかりどう言い表したものかと考えた。
「別に綺麗な言葉にしなくていい。思ったことを率直に言ってみろ」
「挑戦、挑戦すること」
それならと、思いついたことを伝える。
すると相手は笑った。
「ハハハ!なんだそれ!いくら私でもそれは無理だ!だがまあ、そうだな何にでも挑める、そんな超丈夫な身体ってのはどうだ!」
おいおい、妥協案とか提示されるのかよ。
「まあ、本当に貰えるんなら」
おれがそう言うと相手は話を続けた。
「お前が求めるものは分かった。次は私の番求めるものだ。お前には私の世界に来てある事に協力してもらう。超ハードなのはこの部分だ」
黒いモヤはおれの顔に近づく。
「私の世界でひと暴れするのに付き合って貰う。世界を相手にした大喧嘩だ」
「大喧嘩?それをして何になるんだよ」
おれの質問に対して嬉しそうに黒いモヤは答えた。
「気に入らない連中をぶっ飛ばしたいんだよ!スカッとするだろ?」
「なんだそれ……」
思わず笑った、なんとも向こう見ずな考えだ。
だがこの言葉に鼓動が高まっていく。
「どうだ、地獄へ一緒に飛び込んでみねぇか?挑戦が嫌というほど味わえるぞ」
気づけば黒いモヤは一人の女性へと姿を変えていた。
彼女はニヤリと悪そうな笑みをうかべて手を差し出した。
「地獄の底で一緒に踊ってやるよ」
さっきまで一切動かなかった腕が不思議と動き、彼女が差し出した手を掴んだ。
「ハハハ!よろしくな、私は死神のネラだ」
次の瞬間、おれは土の上に転がっていた。
土の匂い、ここまで近くで嗅ぐのは初めてだ。
今は夕方なのだろう地面がオレンジ色に光っていた。
「よーし、足が腕の部分についてたりしてねぇな。大丈夫だな!」
ネラと名乗った女性の声だ。
「う……あ?」
おかしい、「ここはどこだ」と言いたかったのに全然口が動かない。
「そうだ、お前は失わねぇと理解しねぇ馬鹿だから、口と腕の自由も奪っておいた」
そんな話聞いてねぇぞ!
怒鳴りたいがうめき声しか出ない。
「安心しろ。お前に与えた体は【鍛えれば鍛えるほど強くなる体】だ!スゲェだろ?!だから鍛えれば話せるようになるし、腕も動く。それに歩けるようになる!」
歩ける、それは何とも胸打つ言葉だ。
「そんじゃあ、そろそろ行くわ。あの小屋に食い物と水を用意してあるから。早く動けるようにならねぇと干からびて死んじまうぞ~。それと……」
彼女は三本指を立てて話す。
「3年だ、この山で生き残り、鍛えろ。私の役に立てるようにな」
「なっ!!待てッ!!」
勝手に帰ろうとするネラを呼び止める。
「お!もう口が動くようなったのか、スゲェな。その調子で頑張れよー」
そう言い残して彼女は黒い霧となって消えた。
残されたおれはとりあえず身体を動かそうとしてみる。
「ぐっ!!」
ダメだ、少しばかり胴体と首が動くだけだ。
まるで死に掛けの蛇にでもなった気分。
とりあえず小屋へ向って身体を動かす。
「くそ!小屋遠いな、絶対ワザとだろ!」
顔中についた土の匂い、土まみれなんて初めてだな。
体力を使う割に全然進めず、気づけば暗くなっていた。腕くらいは以前も使えてたのに、なんて不便な身体をもらったんだ。
またしばらくジタバタともがいた。
まあ他人から見れば、枯れ枝みたいな奴がうつ伏せで呻いているだけにしか見えないだろうが。
それでも続けていると肩と腕が徐々に動くようになってきた。
寝返りをうってみよう。これなら慣れたものだ、コツは重心の移動だ。手が使えないので片側の肘を地面に押し当て、頭を反対側に倒す。
ゴロンと身体を転がすイメージで寝返りをうつ。
「よしっ、上手くいった……」
さっきまで地面しかなかった視界に、突然明るい星空が広がる。
画面の中や写真で何度もみた、夢でもみた気がする、でもいま自分の目の前に広がっているそれは……
そのどれよりも美しかった。
どこまでも広がり、とんでもなく遠くにあるように見えるし、手が届きそうでもある。
「あ、あれ……?」
視界がにじむ、涙が溢れ出して止まらない。もっとこの景色を観たいのに、その気持ちが強まるほど涙は溢れ出す。
前の人生でもこんなに泣いた事は無かった。
この日おれは眠りに落ちるまで涙を拭い、星空を見つめていた。
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