51 めでたしめでたし
私はある小さな村で生まれた。
小学校と中学校が併設された村の学校へ通い、年上から年下まで一緒になって授業を受けたり遊んだり、子供時代を楽しく過ごしていた。
「なあ、おばあの話聞きに行く?」
放課後、誰かがそう言いだすと、みんなで村外れにある倒れそうな掘っ立て小屋のような家を尋ねていた。
家の外見だけを見ると、まるで
「おばあ、今日もお話聞かせて」
「おやおや、今日はどんなお話をしようかねえ」
「怖い話!」
「えーあたし怖いのいやー! 楽しいお話がいい!」
「昨日も一昨日も動物の話だっただろ、今日は怖い話!」
「もう、仕方ないなあ。じゃあ、あんまり怖くないのにしてね」
「じゃあ少しだけ怖いお話を」
そうしてその日のテーマが決まると、おばあが身振り手振りを交えて話してくれるのだ。
「朝の光の中で男がその家を見ると、豪華なお屋敷だと思っていたのは崩れそうなあばら家で、中には白茶けたしゃれこうべが転がっていましたとさ。めでたしめでたし」
子供たちはみんなおばあの話に釘付けで、決まり文句の「めでたしめでたし」が聞こえるまでは身じろぎもせずに聞き入っていたものだった。
「ねえ、おばあ」
「なに?」
「なんで怖い話なのにめでたしめでたしなの? 幸せな話ならいいけど、かわいそうな話でも、怖い話でも、いっつも終わりは同じでしょ?」
ある時、私はふと気になってそう聞いてみた。
「お話というのはね、楽しく幸せに終わるだけではなくて、誰かが死んでしまったり、不幸になる人が出たりするのも普通なんだよ」
おばあは優しく笑いながら続けた。
「それでも目が覚めたら夢が終わるように、どんなお話もいつかは終わる。終わることはめでたいんだよ。だから最後はめでたしめでたし」
「ふーん」
そう答えたものの、私はなんとなく納得できた気はしなかった。
その村もどんどん過疎化が進み、私が中学になった時、父が勤めていた職場がだめになって、転職して都会に出ることになった。
都会は村とは全然違った。テレビで見たような生活が待っていて、最初は戸惑ったもののすぐに慣れてしまった。子供というのはそういうものだ。楽しいこと、新しいことに興味をひかれると、前のことは忘れてしまう。
私もそうして村の生活のことは忘れてしまっていた。
年が経ち、大学生になった頃、
「あの村が廃村になったらしい」
と耳にした。
そうして初めて、
「おばあはどうなったんだろう」
と気になった。
あの頃、みんなで通ったおばあの家。
連絡の取れる者に聞いてみても、みんなうちと同じように都会に出てきていて、村のことはほとんど知らないということだった。
「一度村に行ってみない?」
誰がそう言い出したのか、昔の悪ガキ仲間たちで行ってみようという話になった。
行ってみるとそこはまさに絵に描いたような廃村だった。
「こんなになっちゃうんだねえ」
幼い頃見知った家々はどれも傾き、まるでホラー映画に出てくる家のようだった。
みんなで一番気になっていた「おばあの家」に行ってみた。
もとからあばら家のようだった。もしかしたらもう倒れてなくなってしまっているかも。
そう思ったのに、「おばあの家」は、あの時の姿のまま、今も存在し続けていた。
「おばあ?」
誰かがそっとそう呼ぶと、
「おやおや」
あの時の姿のまま、おばあが姿を現した。
「ひいっ!」
どうしてだろう。
あの時のまま、きれいに髪をまとめて上品に着物を着たおばあがなんだか恐ろしく、後ろも見ずにみんなであっという間に走り去ってしまった。
もしもあの家がもっと傾いたり、崩れていた方が全然恐ろしくなかっただろう、そう思った。
廃村から少し離れたところに地域の公民館があり、そこまで走って走って戻り、やっと一息つくことができた。
「どういうこと、あそこだけ時が止まったみたい」
「おばあ、まさか、昔からもう本当は生きてなくて……」
みんなでまたひいっと悲鳴を上げていたら、公民館の管理人さんが聞きつけて、話を聞かせてくれた。
「あの人はもとは有名な女優さんだったんだけどね、ある時奥さんのある監督さんとなさぬ仲になって、芸能界を追放されたんだよ。それからはその監督さんとの思い出の映画の撮影場所だった、あそこに一人で住み続けてる」
聞いてみると、私たちが「おばあ」と呼んで慕っていた頃、まだ五十歳にもなってなかったらしい。
「心労からか真っ白な髪になってしまったから、高齢に見えたんだろうけどねえ」
「おばあ」がお話をするのが上手な理由がよく分かった。
そしていつも「めでたしめでたし」でお話を終わらせる理由も。
「今もあの人はそうしてずっとその監督さんを待ち続けてる。今でもああして一人で住み続けてるんだ」
どんな終わりも「めでたしめでたし」とおばあは言っていたけれど、おばあが自分に「めでたしめでたし」と言う日は来ない。
それはお話を終わらせたくないからだ。
夢の中にい続けたいからだ。
たくさんのお話を終わらせながら、おばあの話が終わる日はきっと永遠に来ないのだろうと私は思った。
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