34 生き証人

 祖母はよく子供の頃の話をしてくれるのだが、その中に世代なので第二次大戦前後のことも当然入ってくる。


「終戦の日にね、あなたたちのひいおばあちゃんがね、もしもアメリカが来たらあなたたちを殺してお母さんも死にます! そう言ってぐっと抱きしめてきたの。すごく怖かったわ」


 そう語る祖母の顔は厳しく引き締められていて、何度聞いても想像すると怖かった。

 

 もしも母が「あなたたちを殺して私も死にます」なんてことを言ったら私はどうすればいいのだろう、それを考えるだけで震えがくるようだった。


「でもね」


 と、祖母はさらに続ける。


「実際にアメリカ軍が入ってきてね、そんなに恐ろしい人たちではないと分かったある日、いきなりおばあちゃんたちの家に3人のアメリカ兵が入って来たの。日本の家のことがよく分からないもので、玄関から靴を履いたままどんどん入ってきたらひいおばあちゃんがすっくとその3人の前に立ちふさがってこう言ったの」


 ここで祖母は一つ息を吸い、曽祖母の物真似をしながら、


「のーのー、畳は靴のーのーよ? 靴脱いで、そーしていん、あんだすたん?」


 そう続けるのだ。


 終戦の日にはそこまで言っていた曽祖母だが、すごくたくましい人で駐留軍が入ってきた生活にもすぐになれ、耳で聞いた英語をうろ覚えながらアメリカ兵たちと交流するようになっていた、というオチのある話だ。


 そこまで聞いて私はいつもケラケラと笑った。

 ひいおばあちゃん、なんて面白い人なんだろう、会ってみたかったな、とそう思っていた。


 祖母にはそうして戦前・戦中・戦後の話をよく聞いたのだが、母からは地震の話をよく聞いた。


「ちょうどお姉ちゃんを産む時に大きな地震があったのよ」


 両親は阪神淡路大震災を体験している。

 父と結婚して関西に住み、ちょうど姉を出産して入院していた病院で母は地震に遭ったのだ。


「出産という大仕事をするのだからいい部屋に入れてってお父さんに言ってね、個室に入ってたの。お姉ちゃんはまだ他の赤ちゃんたちと一緒に寝てたから、ホテルのシングルのようにゆったりと過ごせてたわよ。退院したらしばらくは夜も寝られない、今のうちにゆっくり寝ておこう、そう思ってぐっすり寝ていたら、いきなり夢の中でごおっと地鳴りのような音がしてね、段々と目が覚めていったの」


 その時のことを淡々と語ってくれる。


「なんだろうと夢の中で思っていたらね、どーん! といきなり下から突き上げられて、びっくりして目を覚ましたら、ゆっさゆっさとちょうど遊園地のフライングカーペットのように地面が揺れだして、それでやっと地震だ! と思ったわ」


 いつもこの部分で私は自分が揺さぶられているところを想像するのだが、普段経験する地震とはちょっと違うようで、正直いまひとつピンとこない。


「それでがんがんと揺さぶられていたんだけど、病室って物があまりなくて落ちる物もないからか、なんだかどのぐらいの地震かあまりよく分からなかったのよ。けど、寝ているすぐそばの窓がぐわんぐわんとこう、たわんでいるのがなんとなく分かってね、ああ、このガラスが割れて落ちてきたら私は死ぬかも、そう思った」


 そこを聞いて母が生きていてくれてよかった、と思ったものだ。


 人間というのは自分が経験していないことは、いくらリアルに説明されてもあまりよく分からないものだ。


「だから、私がおばあちゃんの戦争の話をへえと思って聞いたように、あなたたちも私の地震の話をへえと思って聞いているんでしょうね」


 そう言われたが、まさにそうだった。


 そして今日だ。


 夏休みに入り、父も母も仕事でいなくて、就職して姉は家を出ているので私は家で一人だった。

 朝、ちょっと買い物にでかけて昼過ぎに帰ってきたけど、蒸し暑くて短時間の外出でもう汗だくになってしまった。


 誰もいないのでエアコンを入れて無くて、室温が上がった部屋のエアコンのスイッチを急いでを入れ、外出で着て汗ばんだ服を脱いてハンガーにかけ、顔や手を洗ってうがいもして、冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出して飲んで、やっと一息つけた。


「ふあー生き返るー」


 そうしてテレビのスイッチを入れ、今の日本では想像もできないことが起きたのを知った。


 現場が夏休みで帰省している友人の最寄り駅だと知り、すぐに彼女に電話をかけた。


「うん、うん、そうなの。いつも私が使ってる駅なのよ。いつも買い物に行くすぐ近く」


 友人の声は震えていた。


 それからはテレビを見るのもつらいけど、消したら消したでまた気になるので、かけ流して見てるような聞いてるような状態にして数時間を過ごし、夕方に決定的な悲しい知らせを聞いた。


 学校で習ったり、テレビや映画なんかで見たことのある、国のトップだった人の身に起きた悲劇。

 遠い時代の出来事、そう思っていたことが、今、私の生きているこの日この時に起きたのだ。

 今日のことは後に歴史の教科書に載るだろう。


 そうしていつか私も自分の子や孫に語るのだろうか。


「私が大学生の時にね、こんなことがあってね」


 と。


 そうして歴史の生き証人になっていくのかと、ぼんやりそんなことを考えていた。

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