5 踊れ、踊る

怖くはないと思いますが、ちょっとだけ考えてしまう方もいらっしゃるかも知れません。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――― 


今日のパーティーは最悪だった、私の嫌いなあいつが来てたから。

 いつもいつも私に張り合って、そして人の真似ばかりする。

 そんなに私が羨ましいのかしら。

 むかついたからとっとと会場を出てきてやった。

 もちろん、みんな私が帰るのを残念がったけど、知るもんですか。

 扉を開けて思いっきりバタンと音を立てて閉める。

 ほんっとむかつく。

 張り合ってるつもりなのね。

 ああ、気分悪い、シャワー浴びて寝てしまおう。

 



 

 今日は放課後にみんなでカラオケに行った。

 久しぶりだったから楽しかったなあ。

 やっぱテストの後の開放感は最高だ。

 これで結果が帰ってこなければって、みんなで笑い合うのもいつものお約束。

 もっともっと遊びたかったけど、でも明日も学校だしそろそろ帰らなけりゃね。

 じゃあまた明日と手を振って扉を開けて家に帰る。



 

 ううん、まだ平気。

 もうちょっとだけ一緒に歩きたい。

 もうちょっとだけ二人の時間が過ごしたいから。

 うん、分かった、うん……

 本当に真面目なんだから。

 うん、じゃあまた今度ね。

 うん、うん……うん、私も愛してる……

 扉を開けて、名残惜しそうにそっと振り向く……

 あなたは笑いながら口の形だけで愛してるって言ってくれた。

 ドキドキしながら扉を閉めて、背中でいつまでもあなたの体温を感じていた。




 危ない!

 もうちょっとだ!

 急いで、ほら、こっちだ!

 くそっ、やつらいつまでも追ってくる!

 だめだ、止まったらられるぞ!

 おい!!

 ああ……

 俺は仲間の手を放し、一人で扉の中に飛び込むと、しっかりと鍵をかけた。

 背後ではこの世のものならぬものたちが口惜しそうにだんだんと扉を叩いてる。

 ああ……一体何人生き残ってるんだ?

 ちくしょう、やつら、俺の仲間を何人も……

 ちくしょう、許せない……




 ほら、荷物持ってって。 

 だから私がこんなに重そうにしてるの見えるよね?

 パパはいつもそう、言わないと分からないの。

 俺も子どもおんぶしてるだろうって?

 私はね、もう一人を自分の中に抱っこしてるのよ?

 そうそう、黙って持ってくれればいいの。

 うん、そう、扉を開けて先に入って。

 ほんっと気が利かないったら。

 ほらー帰ったらすぐ手を洗ってって、ほら。




 今日は特に変わったこともなかったなあ。

 普通に学校行って普通に授業受けて、放課後も特も何もなくてさっと帰宅部。

 まあ考えてみれば普通の日が一番いい日。

 なんかそんなことどこかで聞いたか見たか読んだかした気がする。

 いつものように普通に鍵を開けて普通に扉を開ける。

 

 


「今日は本当に何もない日だったなあ。まあ、そんな日が普通か。ゾンビに追っかけられたり、熱烈な恋人がいたり、パーティーの女王様だったり、そんな夢は面白いけど、それが日常じゃあ疲れてしまうってものか」


 その人はそうつぶやきながら扉の横のスイッチを押すと、


「ただいま、お腹空いた。晩ご飯何?」


 何もない空間に見える誰かにそう言ってにっこり笑った。



 

 この人はこの星に生き残った最後の一人。

 

 この部屋の中にいれば生きていくのには困らない。

 少なくとも100年以上は食べる物も酸素も、その他必要とするものはすべて揃っている。


 自分がただ一人生き残ったことを知った時は呆然とし、慟哭どうこくし、しばらくは何もできずにただただ呆けたように過ごしていた。いっそ死んでしまおうかと思ったこともあったが、もしかしたら自分と同じような環境の人がいて会える可能性があるのではと思い切ることもできなかった。


 完璧なシェルター。

 どんな病気もどんなケガも治してくれるだけの設備があり、長い長い長い長い孤独に狂ってしまわないように救いの機能もあった。

 そのスイッチを押した日からその人には世界ができた。


 それはあの扉。

 扉を開けるとその瞬間、その向こうに広がるのは超現実空間。

 入った人は自分がその空間に生きている人間になりきって、その世界の脚本に合った一日を過ごし、一日の終りには扉に戻る。

 扉を開けるとその日にふさわしい自分の空間に戻ることができる。

 たとえゾンビに追いかけられて追い詰められているとしても、その空間で眠りにつくとリセットされる。

 そして翌日はまた違う世界に入っていく。


 その世界では性別も年齢も種族もない。

 毎日そうして脳と体を使って衰えてしまわないように生きている。


 誰かがこの人のことを気の毒とか、愚かとか考えているが、では聞こう、あなたのいる世界は本当に現実の世界なのか?

 もしかするとその扉の向こうにあるのは完璧な超現実空間かも知れない。

 違うと言い切ることができるのか?


 あなたがその扉を閉じると、さっきまで轟々ごうごうと音を立てて落ちていた滝はピタリと止まり、最終戦争の燃え盛る炎も止まる。

 全部そこで終わりだ。

 造り物だ。


 そんな馬鹿なと言えるのか?

 あなたにそこが現実世界だと証明はできるのか?

 誰にもそんな証明はできない。

 その扉の向こうにあるのが本当の現実だと。


 あなたにできるのはただ一つだけ。

 現実だとただ信じる、それしかない。

 踊るなんとかに見るなんとか、ならばただただ信じて踊るがいい。


 ただ踊る、現実と信じて。

 踊れ、現実と信じて。

 できるのはただそれだけ。

 踊る、踊れ。

 ただただ信じて。 

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