第八話 決戦、魔王城

 ロボットを鹵獲してから二日間は要塞内の通信室を借りて、遺族への連絡と謝罪をして回った。

 大抵の遺族はお悔やみの言葉に胸を張ったり、涙する者が多かった。

 ただし、例外もいて。


「どうしてくれるんだ、勇者でありながら娘を死なせるとは!」

「申し訳ございません」


 魔導通信の映像越しに俺に怒鳴りつけている遺族、具体的にはマリー・ゼストの父親と隣にいる母親が画面の中にいた。

 ひたすら怒鳴り散らす男にこちらをにらみつける女。

 日本の会社に勤めていた頃、お客様の対応として上司から口酸っぱく、反論せずにひたすら頭を下げ続けろと教わったが、なるほど、こうする他無い。人を死なせたのだから。


「はあ、もういい。……ところで、娘の、マリーの遺体はどこだ?」

「それでしたら、聖女見習いの魔法で肉体を修復されて、多分元通りになっております」

「多分とはどういうことだ?」

「私はマリーさんの裸体を見たことが無いので、亡くなられる前の状態に戻ったのか判断できません」

「ああ、そうか。……役立たずめ」


 俺の表情筋がぴくりと動いた。


「失礼ですが、どういう意味でしょうか?」

「文字通りだ。勇者を婿むことして迎え入れる事がふいになってしまった事がだ」

「……」


 マリーの言葉通りだ。


「ケイ家やテイラー家よりも格の高い勇者の血を混ぜることで優秀な子孫が狙える目論見がご破算よ」


 今度はマリーの母親の言葉。

 こいつら、本当に娘を道具としてしか見ていなかったのか。


「勇者と言うのは、私の事ですか?」

「それ以外に誰がいる。……そもそも君は勇者失格なのだ、私の娘を死なせたのだから」

「はあ」


 それはどうだろう? 生きている限り、再起の目はあると思う。


「罰として、我らの娘と交わり子を成せ」


 マリーの父親の物言いを理解できず、首を傾げる。


「分からないのか? マリーを孕ませ、我らに優秀な血筋を残せと……」

「黙れ」

「……何?」

「そういう目で彼女を見たことは一度もない」


 俺はウェブルとルモールの親しい友人の一人としてしか見ていなかった。


「少々お待ちください」

「……? 何をしている?」


 彼女の両親の態度に我慢できなくなった俺は、コンソールを操作し、とある人物に別回線を開いた。


「私の直通回線を開いたのは君かね? ……ヤスタケ君か」

「お久しぶりです、いきなりで申し訳ないのですが、学園生たちに死者が出ました」

「……そうか」

「遺族に謝罪していたのですが、ゼスト家から娘のマリー嬢を私にあてがう発言をされまして、どうお断りしてよいのやら困っていたところでして」

「……中身は幽霊族か?」

「そうです」


 とある人物は小さくため息を吐いた後、俺に言う。


「代わりなさい」

「分かりました」


 コンソールを操作し、とある人物の通話をマリーの両親に繋げる。


「お前、さっきから誰と会話している……貴方は?」

「ゼスト家、マリー嬢の御両親で間違いないですか?」

「そうだ。それよりも勇者と話をさせろ、まだ話は終わっていない」

「いいえ、終わりです」

「……何?」

「聞けば、亡くなられたマリー嬢を見も知らぬ幽霊族に憑依させて、勇者と子を成そうと企んでいるとか」

「それがどうした。我らにはもう後が無いのだ。こうでもしなければうちの家系は這い上がることができなくなる」

「滅びてしまえば良いではないですか」

「……貴様」

「上位貴族ならまだしも、吹けば飛ぶような下位貴族の下衆な野心に敬意を払う者はいませんよ」

「下位貴族とはいえ、貴族を侮辱したな、名を名乗れ、叩き潰してやる!」

「王立魔法学園長、サリュー・マッケンローと申します」


 その名を聞いた途端、目に見えてマリーの両親が狼狽える。


「マ、マッケンロー? ……公爵家だと?」

「私の姿は分からなくても、家名で理解しましたか」

「ご、ご無礼を!」

「態度を改めても無意味です。貴方たちの考えは良く分かりました」

「お慈悲を……」


 両手を組んで懇願する二人にため息を吐いたマッケンロー学園長が、二人に対しての通信を切った。


「ええと、どうなりました?」

「後で私からマリー嬢の両親に正式に断りの手紙を出させてもらいます」

「……お手数をおかけします」

「君は貴族関係に疎いのだから、こういう時こそ私たちに頼りなさい」

「ありがとうございました」

「用件は以上かね? では、失礼するよ」


 マッケンローが通信を切るまで、俺は頭を下げ続けた。

 俺は通信室を出た。

 遺族へのお悔やみと謝罪はあの二人が最後だったので、無事にとまではいかなかったが終了した。


「ヤスタケさん、マリーさんのご両親は何と言っていましたか?」


 通信室の外にいたマリー、いや、ローナか。彼女にゼスト家の本心を伝えると、呆れた表情になる。


「実の娘を道具扱いって馬鹿ですか? 人間って愚かですねえ」

まったくだ」

「んー、ヤスタケさんにお願いがあるんですけど、良いですか?」

「何だ?」

「この体、私が貰っちゃって良いですか?」

「……その辺、良く分からないんだけど、どうなんだ?」

「その人が亡くなるとき、親しい幽霊族に体を譲る例は普通にありますよ」


 念のため、要塞にいたウェブルとルモールやウォルズ、外交官のメッケルにも尋ねてみたが問題無いとの太鼓判をいただいた。

 普段から人間に尽くしている幽霊族に対する最高のお礼なんだそうだ。

 変わった文化だ。


◆     ◆     ◆


 さらに三日後、俺とウェブル、そしてルモールがウォルズ要塞司令官に呼び出され、作戦室へと赴いた。


「捕虜を得たのはよくやったと褒めておこう。ただし、巨人の力を兵たちに目の当たりにさせたのはまずかったな」

「と、言うと?」

「魔導通信からもたらされたが、こちらも同じ力を得たことで、主戦派の貴族どもがこの戦に勝てると思い込んだらしい」

「……何ですかそれ。得たと言ってもたった二体で何ができるとでも? 依然いぜん戦力差は敵が圧倒しているのですが」

迂闊うかつに希望を見せてしまったようだな。すぐに総攻撃に移るよう議会で工作し始めたそうだ」


 要塞司令官の言葉にルモールが狼狽うろたえる。


「馬鹿な」

「ちなみに、今その通りに実行されたとして、カルアンデ王国軍に被害がどのくらいに及びますか?」

「無論、壊滅だろう。勇者殿の機転により事無き事を得たというのに」


 みんなため息をつく。

 状況がより一層悪化した。何もしないよりはましだと思っての行動が間違いだったか。


「……いっそのこと、その愚物どもを巨人の力でこの世から強制退場させますか?」


 俺は半ば投げやりな気持ちで正直に苦言を呈したら、ウォルズが首をゆっくりと横に振る。


「個人的には非常に魅力的な提案だが、却下だ。あと、ここだけの話にしておくから他人に言いふらしたりしないように」

「……了解しました」


 ウォルズの話から察するに、主戦派の親玉は相当えらい貴族だと判断し、俺はしぶしぶ頷いた。

 そいつの耳にでも入られたりしたら、俺の命はないだろうからな。

 魔王討伐を達成した後、記念パーティーのどさくさに紛れて毒殺されそうである。

 気を取り直そうとしたのかルモールが発言する。


「それで、今後はどうするのですか?」

「戦の経験の全くない政治家の命令に従うのもしゃくだ。何か策がないか考えてはみるが……」

「この要塞にいる外交官を伴って、先んじて和平工作を成し遂げてしまうのはどうでしょうか?」


 ウェブルが良い提案をするが、要塞司令官は首を横に振った。


「その外交官が主戦派閥から派遣されたものだとしてもか?」

「……和平派閥の外交官は?」


 後に聞いた話では、和平派閥はカルアンデ王国国王を頂点にバランスよくまとまってはいるものの、経済力に強い大貴族と彼らから借りた金で首の回らない中小貴族が主戦派閥となっており、後者が優勢だそうだ。


「主戦派閥の妨害にあってここに来られないそうだ」

「どこにいるんですか? 私が連れて来ましょう」

「ここから王都まで馬車で片道十日はかかるぞ。おそらくそれまでに奴らの工作が完了してしまうだろう」


 ウォルズの言葉を脳内で反芻はんすうする。


「ううん……そのくらいの距離なら、いけるか?」

「ノリオ? 何か策があるのかい?」

「実験では上手く行ったんだけど、実証はまだ試したことなくて……」

「移動系の魔法が使えるのか? それで、できるのか、できないのか?」


 悩んでいる俺はウェブルとルモールに問いただされた。


「このままだと皆不幸になる……。……仕方ない、ぶっつけ本番になるけどやるか」

「どうするんだ?」


 ウォルズに対応を問われたので説明する。


「今夜ここを発ち、国王陛下に直接会って来ます。それで外交官を連れて来ます」

「わかった、私が正式な書類を用意しよう。それを持っていけば事が運ぶはずだ」

「お手数をおかけします」


 俺に代わり、ウェブルがウォルズに頭を下げる。俺は対応策が有効かどうか考え中だ。


「軍隊である以上、部下たちには意味のある死を与えたいところだが、無駄死にが多すぎて目に余るからな。国王と繋がりのある勇者殿なら希望が持てる」

「……まだ戦争を続けるおつもりですか?」


 ウェブルの問いにウォルズは首を横に振る。


「まさか。圧倒的戦力差を覆しようがない時点で講和を結んで撤退が理想だよ。……ただ、どうやって魔王と会うかが問題だが」

「幼年偵察隊と連絡はつきますか?」


 彼らに道案内をしてもらえれば、魔王の下へたどり着ける。 


「うちの管轄だからそれはつくが……、魔王の居所ならすでに判明しているからその必要は無い。旧軍事国家と我が国の国境から近い場所の城にいるようだ。ただし、問題というのは奴の護衛をどうするかだ」

「強いんですか?」

「以前、魔王を暗殺しようと少数精鋭の部隊を潜り込ませたが消息を絶った。おそらくやられたんだろう」


 さすが軍人、すでに手を打っていたのか。


「すぐにでも外交官を連れてきてほしい、綿密な打ち合わせをしたい」

「了解しました」


 慣れない敬礼をする俺に、要塞司令官が咳払せきばらいをした。


「ところでだな、勇者ヤスタケ殿、折り入って頼みがあるのだが……」

「はい、何でしょうか?」

「うちの孫娘はどうだろうか?」

「私の故郷に連れ帰る事ができれば受けます」

「……遠いのか?」

「この大陸ではありません」

「うむ、この話は無かったということで」

「……残念です」

「お二人とも、こんな時に何言ってるんですか……」


 ルモールが呆れた顔で俺たちを見ていた。

 いや、すまない。こっちも切実なんだ。


◆     ◆     ◆


 その日の深夜ルモールたち数名に見送られながら空へ飛んだ。

 透明な板を出し エレベーターのように浮かび上がる俺を見て、目を丸くする皆を見届けながらひたすら上を目指す。

 一定の高さまで飛んだ後、王城のある方へ向けて斜めに落下した。

 何のことはない、透明な板を斜めに配置しての無限滑り台だ。どんどん加速していく。

 遊園地のジェットコースターを思い出すな。

 一定の高さまで滑り降りたら板を斜め上に配置して運動エネルギーを利用し勢いをつけて登る。

 速度が落ちてきたら斜め下に板を配置し、それを繰り返す。

 透明な板は摩擦係数がぜろに限りなく近いので非常に良く滑る。

 風圧が心地良い。

 ウェブルの叫び声さえ無ければ快適な空の旅なのだが。


「ひいいい、大丈夫なのかいこれ!?」

「一応、試験段階では成功したぞ! 実証はまだだったからぶっつけ本番だけどな!」

「聞くんじゃなかったああああ!」

「とにかく速さが優先されるんだ、文句言わない!」

「ひいいい!」

「ウェブル! 聞こえてるか!? あんまり騒いでいると誰かに聞かれる恐れがあるから黙っててくれないか!?」

「わわわわ分かったああああ!」

「本当に大丈夫だろうな……?」


 何故ウェブルがついてきているのかと言うと、王城の形に詳しくないからである。

 空をすいすい進んでそのまま通り過ぎましたでは意味がないのである。

 半ば不安がるウェブルを強引に連れ出したのだ。


「ところで王城はまだか!?」

「も、もうすぐだと思う! そ、それでさ!」

「何だ!?」

「こんな状態でどうやって王城の中に入るんだい!?」

「理想は王様のいる部屋に飛び込むことかな!」

「止めてくれ、死にたくない!?」

「そこのところは俺に任せてくれ!」

「それと、勢いつけすぎじゃないか!? このままだと壁に叩きつけられて死んでしまうよ!」

「王城が見えたら合図してくれ、減速する!」


 結果的には、王城のすぐ手前まで滑り、多少ずれはあったものの、減速して止まった。比較的近いベランダに乗り移る。


「それで、どこが王様の部屋なんだい?」

「前回案内されたのは応接室だから、それ以外は分からん」

「え、ちょっと」

「貴様ら、そこで何をしている!」


 ウェブルと会話している最中に第三者の声が割り込んでくる。


「恐らく近衛騎士だ」


 ウェブルの言葉に、俺たちは松明を掲げながら近づいてくる人物に礼をした。


「突然、夜分遅くの来訪、失礼いたします。私はカルアンデ王国により召喚された、勇者安武典男と申します」

「何、勇者だと」

「こちらの印章が国王陛下から正式に発行された物です」


 王と応接室で話し合った直後に貰った印象を近衛騎士に渡す。


「確認する。……確かに、本物だ。して、こんな夜更よふけに何の用か?」

「魔王軍との戦いで最前線で異変が起きました。至急、カルアンデ王国国王陛下ウェスティン様の判断をいただきたく」

「議会を通しては駄目なのか?」

「事は急を要します。それでは間に合いません」

「……内容による。誰にも漏らさない故、私には教えていただけないだろうか?」

「……構いませんが、陛下の判断次第では、貴方も最前線送りになってしまう可能性がありますが」

「構わん。国王陛下の安全が第一だ。教えてくれ」

「その意気や良し。分かりました」


 誰かに聞かれる恐れもあるので、近衛騎士の側に寄り、耳元で話す。


「以上が最前線で起きたことです」

「それは、確かに誰にも話せない内容だ。分かった。陛下へ繋ぎをとる。付いてきなさい」

「ありがとうございます」


 以前来た応接室へ案内されるとここで待つよう言われ、近衛騎士は静かに去る。


「ノリオ、大丈夫なのかい? もしあいつが主戦派閥だったら」

「その時はその時さ、とにかく待とう」


 十五分くらい経ったろうか、扉が開き、寝間着を着たウェスティン王と付き人の幽霊メイド、先ほどの近衛騎士が入って来た。

 王様はソファーにどっかと腰を下ろすと俺を睨みつけて来た。


「話は聞かせてもらった。和平派閥の外交官を連れて行きたいという事で間違いないか?」

「はい、一応こちらが要塞司令官ウォルズからの親書です」

「改めさせてもらう」


 幽霊メイドが受け取り封を開ける。中身を取り出しメイドが目を通して、魔法がかけられていない事を確認すると、王に手渡した。


「…………ふむ。勇者殿たちの計画は理解した」


 沈黙。果たして王様はこちらの計画を許可してくれるだろうか?


「了承しよう。思う存分にやってくれ」

「ありがとうございます」


 王様は幽霊メイドに言いつけるとすぐに外交官を呼び出しに行かせた。聞けば、彼は王城に宿泊しているとのこと。すぐに出立できるだろう。


「それと、ここにいる近衛騎士も連れて行け」

「はい」

「近衛と言うだけあって強いぞ、役に立つはずだ」

「新米勇者としてはありがたい限りです」


 王様の急な呼び出しにも係わらず、ぴっちりとした正装と旅行かばんを持ってやって来た外交官に拍手したくなった。


「和平派外交官、メッケル・ノーラントと申します。よろしくお願いいたします」

「近衛騎士、ワルム・ズムント、以後よろしくお願いいたします」


 二人の挨拶に俺とウェブルは頭を下げて自己紹介を行った後、慌ただしく応接室のバルコニーから城を出ることにする。

 メッケルとワルムの二人は夜闇の中、初めての慣れない滑り台に恐怖を覚えたようだ。外交官は悲鳴を上げ、胆力のある近衛騎士は真っ青になりながらも我慢しているようだ。

 夜が明ける前に要塞付近に着地した俺たちは入り口を目指す。入り口には二人の見張りが周囲を見回していた。


「誰だ! ……勇者様!?」

「見張りご苦労様。至急、ウォルズ要塞司令官殿にお会いしたい。可能か?」

「先ぶれを出します。付いて来てください」


 俺たちは見張りの先導で要塞内を歩く。簡単に攻め落とされないよう、中は入り組んでいて、自身の位置をあっさりと無くすくらい広かった。


「失礼します、勇者ヤスタケノリオ様他三名をお連れいたしました!」

「入れ」


 扉が開いて作戦室の中に入ると、ウォルズは椅子に座って茶を飲んでいた。


「思っていたよりも早かったな。それで、首尾は?」

「成功です。和平派外交官と近衛騎士を連れ帰りました」

「近衛?」

「我々の計画を知ってしまったので」

「ならば仕方ないな、ヤスタケ殿に預けるので使うように」

「ありがとうございます」

「で、いつから魔王の下へ行く?」

「今日の太陽が沈んでからすぐに。勇者部隊及びモンリー中隊も連れて行っても構いませんか?」

「良いだろう、許可する」

「魔王の居場所はどこに?」

「前に言った通り、拠点にしている城から動いていない。そこに乗り込めば、あるいは」

「分かりました」


 俺たち四人は要塞の外に出て、学園生たちの宿営地に向かう。


「急ぎすぎじゃないか? 少しくらい休んでも……」

「議会の主戦派の政治家たちにばれる前に和平条約を結ばないと面倒なことになる」


 ウェブルの眠そうな声に理由を説明する。


「寝たい……」

「社会人三てつめんな」

「そんな職場嫌だ……」


 そんなことをウェブルと会話しながら歩いていると、ワルムから声をかけられた。


「勇者殿」

「どうした?」


 ワルムが右手を差し出してきた。握手だろうか? 右手で握り返すと彼は笑顔になる。

 彼の機嫌が良くなった意味が分からない。

 続いてメッケルとも握手した。彼も笑顔だった。

 ますます意味が分からない。

 宿営地にたどり着くと、起き出してきた学園生たちと朝食を共にする。

 皆にはこの後重要な話があるから、戦支度をして広場で待つようにと伝えた。

 次に、モンリー中隊の宿営地にも訪れる。

 事情を聞いたモンリーは難しい顔をしている。


「魔王と直接対決、か……、ううん」

「頼む、モンリーさんたちが手伝ってくれないと、この作戦が上手くいくか分からないんだ」

「他ならぬヤスタケさんの頼みだしな。でも、俺も死にたくねえし」


 悩むモンリーに秘密を一部打ち明けることにした。


「なあ、モンリーさん、この作戦が失敗した場合、俺たちだけじゃなく、ここにいる要塞にいる兵だけじゃなく、カルアンデ王国に住む平民たちまで危なくなる。議会の主戦派どもは兵の不足を補うため、平民たちを片端から徴兵するつもりだ」

「何だって?」

「一か八かの作戦なんだ、一緒に戦ってほしい」


 この情報はウォルズからもたらされたうちの一つだ。あまり話を広めると主戦派がどんな手段に出るか分からないため、口外しないようにと言われていたのだが、緊急時だ。

 頭を下げる。


「ああ、分かりやした。ご一緒しやしょう」

「ありがとう、すまない」

「ただし、報酬ほうしゅうは弾んでくだせえよ」

「作戦が成功したら王様に掛け合ってみるよ。努力する」


 広場にモンリー中隊全員を連れて行くと、待っていた勇者部隊の学園生たちが何事かと目を丸くしている。

 二つの部隊を並べ、俺は演説を始めた。


「すまない、緊急の出撃だ。今夜、ここにいる皆で魔王のいる城へ突入し、決着をつける」


 どよめきが上がる。


「決着と言うのは語弊があるか。こちらの力を見せつけ、和平を結びたいと考えている。戦況が思わしくなく、このままだと君たちだけでなく、この要塞にいる者たちの命も危ない。そうなる前に俺たちが出撃する。ただ歩いていくのは敵に見つかるためやらない。ではどうするのかと言うと……」


 ここで俺が無属性魔法の透明な板を足の下に出現させて体ごと浮かせる。

 皆がざわめく。


「こうして」


 彼らの頭上で滑りながら大きくぐるりと一周すると、元の位置へ戻って来て着地する。


「こうやる。この魔法を皆にも使用して大地をはい回る事無く、直接魔王の城まで行く」


 ざわめきが治まるのを待ってから口を開く。


「恐らく、城には魔王の配下が大勢いるだろう。直接魔王と決着をつけるためにも皆の力が必要だ。俺に命を預けてくれ。……何か質問はあるか?」


 学園生たちから手が幾つか上がる。


「君から」

「本当にどうしてもやらなきゃいけないんですか?」

「君たちの故郷を守るためだ。こちらから攻めないといけない」


 俺の答えに幾つかの手が下りる。


「次は君」

「勇者様の独断ですか?」

「カルアンデ王国国王陛下から許可はもらってある。……次、君だ」

「作戦が上手くいったら地位と名誉とお金ください!」


 どっと皆が笑う。


「国王陛下に伝えるよ」

「約束ですよ!」

「さて、もう質問する者はいないな? 日没後に出撃する。各自、戦う準備をしてこの場所に集合だ。別れ!」

「別れます!」


 ざっと皆が散り散りになっていく。

 俺は今夜のために作戦室へおもむいて情報収集するとしよう。


◆     ◆     ◆


 日没後、広場に集まった俺たちは魔法で全員を宙に浮かせる。

 良かったよ、莫大な魔力があって。これが無ければ作戦遂行すいこうは不可能だった。

 皆は最初、空を飛べることに喜んでいたものの、真っ暗闇の中を風を切って進み始めたため、顔が引きつった。女子生徒たちは多くが泣きが入っているが、中には笑って楽しんでいる剛の者もいる。

 実戦を積み重ねていたモンリー中隊の面々はさすがと言うか、青ざめてはいるものの声を上げていない。

 メッケルとワルムも連れている。この二人は慣れたのか涼しい顔だ。

 ちなみに、捕獲した二体のロボットは重量過多のため連れて行くことができず、悪用されないように完全に破壊した。操縦士のセシルとネアは主戦派の手が及ばないように連れてきている。彼女たちはロボットの操縦で経験を積んでいるためか平然としていた。


「ノリオ、女子たちの泣き声がやかましくて目立ってるぞ!」

「ルモール、ありがとう! ウェブル、彼女たちの事を頼む! これだけの人数を魔法で制御するのが難しい、集中させてくれ!」

「わ、分かった!」


 二百五十人での空中移動はなにぶん初めてと言うか、ぶっつけ本番だったため、どのくらいが透明な板から踏み外して落下しないかどうか心配だったが、一人一人に断面が半円形、雨樋を巨大化させたような物を生成することにより問題は解決、誰一人こぼれ落ちることなく魔王のいる城の上空に到達した。


「見えた、あれが魔王のいる城だ。全員戦闘準備、中庭に降りるぞ!」

「火属性魔法の爆轟ばくごうの準備、正面の門を蹴破るぞ!」


 爆轟の魔法で城の正門、城壁の門と跳ね橋を吹き飛ばして城内に突入する。

 皆一塊ひとかたまりとなって魔王のいる奥を目指す。

 敵の抵抗は激しく、火魔法で石壁や石床が赤熱され、水魔法で冷やしながら進む。

 その他にも水魔法の濁流で階段下まで押し流されかけ、壁に大穴を開け外に流してやり過ごしたり、土魔法で天井ごと押し潰されかけたときは、無属性魔法の板で天井を丸ごと支えたり、風魔法で酸欠状態にされたりしたときは、同じく風魔法で空気を生み出して対抗したりした。

 皆で強行突破を図るも、生徒たちが一人、また一人と倒れていく。それでも勢いは衰えず奥へ奥へと突き進み、ついに魔王がいると思われる謁見えっけんの間へと辿り着いた時にはそれなりに数が減っていた。

 そこにたどり着いた直後、魔王側の魔法による一斉攻撃を仕掛けられたが、俺の無色の盾を張ってしのぐ。


「ほう、今の攻撃を耐えるか。そこそこやるな」


 王座に腰かけていた人物が感心した様子を見せて言う。


「お前が魔王か?」

「いかにも」

「偽物だったりしないよな」

「不敬だぞ。逃げも隠れもしない。お前のような勇者と一緒にするな。兵の陰に隠れてこそこそするとは、臆病者め」

「生憎、こっちの本業は裏方なんだよ物知らずめ。……単刀直入に言わせてもらう。和平条約を結びに来た」

「俺の城に乗り込んで来たと思えば、命乞いのちごいか」

「これ以上、カルアンデ王国の民を死なせるわけにはいかない。それだけだ」

「見下げはてたものだ。つまらん、ここでお前たちの生を終わらせてやる」


 交渉決裂か。

 魔王とその護衛がどの程度の強さか不明だが、やるしかないのだ。


「徹底的に嫌がらせしてやる」

「ぬかせ、兵もろとも俺自ら叩き潰してやる」

「というわけで、ワルム先生、お願いします」

「誰が先生だ、誰が」


 いや、すいません、言葉の綾です。流してもらえると助かります。


「いや、誰だよ」

「カルアンデ王国国王直属の近衛騎士だ。訳あって同行してもらってる」

「まあ、そういうことだ」


 魔王の突っ込みに俺は正直に答え、ワルムは肯定した。


「近衛騎士とやらがどれほどのものか、俺が直接確かめてやろう」

「望むところだ!」


 魔王は傍らに控えていた女性から剣を受け取ると、鞘から剣を抜く。

 きらきらと光っているところを見ると、何らかの魔法が込められているな。

 対する近衛騎士は槍に斧が付いたハルバードと呼ばれる物だ。

 どちらも同時に駆けだして己の武器を振るい激しい打ち合いを始めた。

 魔王は魔族には珍しく、身体能力強化系の魔法を使う肉体派のようだ。


「魔王様、援護します」


 玉座の傍らにいた女性がその場で援護のためか呪文を唱え始める。


「いらん、お前は雑魚に手出しさせないよう抑え込め、倒してしまっても構わん!」

「了解」


 女性が呪文を打ち切り、別の魔法を唱えだす。

 そして、玉座の両脇に控えていた魔族たちが一斉に前進してきた。後方からも魔族がやって来る。


「皆、踏ん張れ、ここが決戦だ!」


 魔王には近衛騎士を一騎打ちにさせ、魔王の護衛どもはモンリー中隊を充てる。後方から押し寄せる魔族どもには学園生たちで時間稼ぎをし、俺はその都度防御などによる魔法で援護する作戦だ。

 謁見の間中央で両軍が激突した。互いに剣戟と魔法が飛び交う。

 怒号と悲鳴が交錯し、聖女見習いたちが応急処置に駆け回る。

 俺の魔法は盾で皆を守ることに専念するが、それではじり貧なので敵の足元に良く滑る板を出現させて転ばせる。上手くいけばそれで討ち取れる。


「ワルム、どうだ!?」

「強い、押されてる!」

「ふん、こんなものか!」


 魔王と近衛騎士の一騎打ちを邪魔しないよう、互いに距離を取っていたので二人の様子が分かる。

 駄目だ、このままでは近衛騎士が死ぬ。

 俺は嫌がらせのため、滑る板を魔王の足元に出す。


「こんなもの!」


 踏み砕かれた。

 嘘だろ、ロボットがこける強度の板だぞ。

 盾を張り魔王の攻撃を阻もうとするも、魔剣で突き破られた。

 これも駄目か。

 闇魔法で精神に揺さぶりをかける。


「温い!」


 あっさり破られた。

 どうする、他に妨害できるような魔法、あったか?

 ワルムが魔王の剣を受け損ねて姿勢が崩れる。


「終わりだ!」


 魔王が魔剣を大上段に振りかぶる。

 ワルムは低い姿勢で踏ん張りながらハルバードを横薙ぎに振ろうとする。

 誰が見てもワルムの方がわずかに遅いと感じられる。このままでは彼は頭から真っ二つにされてしまうだろう。

 俺は苦し紛れに初歩の闇魔法で魔王の目に暗闇を張り付けた。


「うぬ、小癪なっ!」


 魔王が魔剣を振り下ろすのが数舜遅れる。

 それが決め手となった。

 近衛騎士のハルバードが魔王の脇腹を抉るかと思われたが、身体強化魔法で防がれた。ただ、勢いは殺しきれず、あばらが何本か折れたようだ。

 魔王がその場にうずくまる。


「兄様!」


 玉座にいた女性が悲鳴を上げる。どうやら魔王の妹らしい。

 態勢を立て直したワルムがハルバードを振りかざす。


「俺の勝ちだ」

「待て、負けを認める。俺を殺すな」

「ここにきて命乞いか?」

「そうだ。今ここで死んだら魔王領は再び群雄割拠ぐんゆうかっきょの戦国時代に逆戻りする。死ぬわけにはいかない」

「勝手なことを」

「止めろワルム、俺たちの目的を忘れるな!」

「……分かりました」


 魔王に駆け寄って魔法で治療する妹を見ながらワルムはハルバードを下げた。


「皆、戦いを止めよ、勝負はついた!」

「もう殺し合いはしなくて良いんだ、攻撃するな!」


 こうして決戦は終息した。

 モンリー中隊の戦死者は五十八人、勇者部隊からは十六人出た。負傷者は多数に上ったが、ローナ含めた聖女見習いたちの重傷者からの治療と、俺の光属性の無差別広範囲回復魔法により、徐々にではあるが傷が塞がっていく。

 魔力量が莫大で助かった。

 両軍の治療が進む間、魔族が謁見の間に椅子とテーブル、それに魔導通信を用意し、治療が済んだ魔王が妹の副官と共にテーブルにつく。

 対するカルアンデ王国側はメッケルを魔王と正対させ、その脇に俺とウェブルがついた。

 互いにこれ以上の無益な戦いは望まないと交わし、カルアンデ王国とは平和が訪れた。

 このことを魔導通信で要塞司令官に報告、カルアンデ王にも伝えようと繋げると、王国議会に王が出席しており、主戦派が魔王領に全面攻勢に出るよう政治工作の真っ最中だった。

 和平派の外交官が出席しての条約締結の報告に和平派は大喜び。主戦派は条約無効を叫ぶ。

 魔王が自己紹介をし、彼自ら戦う意思はないと表明するも、王国主戦派が彼を口汚く罵る。魔王はそれを無視していたが、罵倒が魔王領の民にまで及ぶと態度が急変、

彼に画面越しに睨みつけられた主戦派たちが、突然胸を押さえて苦しみだし、席から転がり落ちる。


「何だ、どうした!?」

「分からない!」

「し、死んでる!」

「ま、魔眼だ、それもとびきりの!」


 議会は滅茶苦茶となり、さすがにこれはどうかと詰問きつもんする王に魔王が謝る。


「悪いな、苦難を共に乗り越えて来た我が民を侮辱されるのは我慢ならなかった」


 しかし、主戦派の力が大幅に減退したことにより条約は効力を発揮することとなったのは皮肉だな。

 その後、なし崩し的に和平条約は効力を発揮し、カルアンデ王国と魔王領との戦いに終止符が打たれた。

 ただし、残された主戦派が俺たちを恨んでおり、帰国すると命を狙われる恐れがあるため、カルアンデ王国国王陛下の命令により、俺と学園生たちやモンリー中隊はほとぼりが冷めるまで魔王領に滞在たいざいするように言われた。

 学園生たちは故郷に戻れないことに意気消沈したが、俺はそんなことは気にせず、魔王の厄介になることになった。

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