目指せ現代帰還~異世界で嫁を探したら幽霊メイドが憑いてきました~ルートA

塚山 泰乃(旧名:なまけもの)

第一話 転移

 頭をバットで殴られたような衝撃が走った。

 両手で頭を抱えてふらつく。


「やった、儀式魔法は成功だ!」


 何か五月蠅うるさい場所に出た。俺を取り囲む色とりどりの染めているようには見えない髪をした外国人たちが俺を見て騒ぐ。

 危険は去ったと見るべきか?

 疲れた、眠い。


「ようこそおいで下さいました、勇者様。……勇者さ、ま?」

「……血まみれ?」


 意識を保って立っていられなくなり、受け身も取れず大理石らしき床に叩きつけられるようにして倒れた。


「いかん、最高位聖女様の下へ運べ!」

「急げ、勇者様を死なせてはならぬ!」


 ……勇者様って何だ、俺は安武やすたけ典男のりおっていう名だ。

 ……ああ、周りが五月蠅い。


◆     ◆     ◆


 何もない真っ暗闇。そう感じた瞬間目が開いた。

 ……あ。

 目の前に白い壁が見える。

 ……ここ、どこだ。

 意識がはっきりしないが、壁と思っていたのは天井のようだ。

 寝ている、寝かされている?


「勇者様が目を覚ましました!」

「聖女様をお呼びしろ!」

「勇者様、聞こえますか、勇者様!?」


 五月蠅い、側で騒ぐな。

 酷く眠い。

 意識が遠のいていく。


「しっかりして下さい勇者様!」

「……駄目だ、またお眠りに……!」


◆     ◆     ◆


「おい、聞いたか? ……おい」


 呼びかけを無視したら肩を揺すられた。

 無理矢理仕事を中断させられたので怒りを隠さず顔を向ける。


「何だよ、今忙しいんだ。後にしろ」


 目にクマを浮かべた同僚が平然と受け止めた。


「それどころじゃない、とうとう中国が沖縄に攻め込んで来るってさ」


 何だそんな事かという心が口に出た。


「ふうん」

「……何だよその態度」

「あと二日で案件仕上げないといけないんだぞ、そんなもんに構ってられるか」

「現実突きつけるな、息抜きさせてくれよ」


 俺は再びパソコンの画面に向き直ってキーボードを操作する。


「今月も残業二百時間か、死にてえ」

「寝たい」

「使えない人材採用するなっつうの。俺たちが穴埋めしてるの理解できてんのか?」

「どこかのお偉いさんのぼんぼんなんか社員にするんじゃねえっつうの」

「こないだ似たような奴がまたシステム障害やらかしたんで、復旧の依頼してきた会社に行ったついでにクビにするよう言ったんだが、お偉いさんの面子を潰すわけにはいかないからウン億円の損害には目をつぶるって返ってきた時はマジで殺意がわいた」

「そういや部長の姿が見えないがどうした、さぼりか?」

「あいつなら左遷されたぞ。もうせん、とある案件の失敗をこないだ辞めた奴に責任押し付けて謝罪と反省文かかせたら、そいつが証拠付きで上層部に送り付けた結果そうなったってさ」


 俺たちの会話を聞いていたのか、同僚たちの恨みつらみや暗い笑いがフロアに満ちる。

 そんな時、非常ベルが鳴り響き始め俺たちはのろのろと周囲を見渡す。

 火事かと思っていたらフロアの出入り口のドアが乱暴に開かれ、男が飛び込んで来た。


「うるせえぞ静かに……」

「今すぐデータを保存してから避難しろ!」

「あ?」

「刃物を持った中国人っぽい奴らが社内に押し入って暴れてる!」

「ぽいって何だ、警備員はどうした」

「中国語で何か言ってる、あと警備員は死んだよとっくに!」

「んだよ使えねえな」


 誰かが文句を言いつつ、各自今抱えてる案件を保存してパソコンの電源を落とす。

 緊急事態らしいし、納期を先延ばしにしてくれないだろうか。

 避難を呼びかけた社員は次の部屋へ知らせに行ってしまったようだ。


「逃げるか」


 財布とスマートフォンがポケットに入っているのを確認してから同僚たちと一緒に部屋を出る。

 いつもなら静かな廊下が部屋から次々と出てきた社員たちで混み始めていた。

 エレベーターは混んでいて使えないだろう。

 俺と同じことを考えたのか、同僚たちも非常階段を目指して足早に進む。

 非常階段へたどり着くと一斉に降り始めた。


「ああ、だるい」

「しかし、何で中国人がうちの会社に?」

「知らねえよ」

「まさか戦争が始まるのが関係してるんじゃ」

「んなわけないだろ」


 暢気のんきに会話しながら一階エントランスホールに到着すると出口に向かって移動する。ビルの入り口付近で血だまりに沈む警備員二人と社員三人を見つけた。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」


 信心深い社員が手を合わせて言いながら通り過ぎる。

 ビルの外へ出るとサイレンが遠くで鳴っている中、歩道のあちこちに死体が転がっていた。


「おいおい」

「やばいぞ、たった今ネットニュースで日中戦争が始まったってよ」


 スマホを見ていた男がそう言った。

 ここは東京都内だから遠くの沖縄だけが戦場になるものとばかり思ってた。だからこそ中国や沖縄への出張も断っていたんだが、甘かったか。


「あ」

「今度は何だ」


 ネットニュースの内容を男が震える声で伝える。


「中国が核ミサイルを撃ったって官邸が」

「早く言え!」


 俺は駆けだした。


「おい、どこへ行くんだ!?」

「地下鉄!」


 同僚の声に端的に答えると社員たちも駆けだした。


◆     ◆     ◆


「……う」


 目が覚めた。

 白い天井だ。

 今見ていた夢は現実に起きた事か? 頭がぼうっとしていて良く分からない。

 寝かされているのはベッドか。


「勇者様? 起きたんですか?」

「俺は勇者なんかじゃない」


 俺の側で看病していた女性は白い衣装を着ていた。日本の病院で一般的に看護師が着ている服ではない。何と言うか、どこぞの宗教施設の信者が着るようななりだ。


「司祭様、勇者様が目を覚ませれました!」

「そうか、ご苦労」

「あんたたちは? ……ここはどこだ?」

「ここはカルアンデ王国の神殿内の病室だ」


 聞いたことが無い国だ。


「君は血まみれで大怪我をしていたのでこの病室に担ぎ込まれた。危なかったな、治療がもう少し遅れていれば死んでいたぞ」

「……そうですか、それはどうもありがとうございます」


 助かったという安心からか、再び眠くなってきた。


「眠い」

「診察したところ、君は極度の睡眠不足と疲労状態にあるようだ。国王陛下にはもう少し休ませておくと伝えておこう。今は休みなさい」

「……分かりました」


 こんなに眠ることができるのはいつ以来だろう。

 間もなく意識が闇に落ちていく。


「司祭様、勇者様はお元気になるのでしょうか?」

「怪我がもとで血を失い過ぎている。歩けるようになるのはまだ先だな」


 しばらく寝ていられるぞ、やったぜ。


◆     ◆     ◆


 目の前の男の頭が破裂した。

 脳みそだったものや血が降りかかる。

 言葉が出ない。


「暴徒排除確認!」

「立てますか!?」

「あ、ああ」


 上下を濃緑色の迷彩服に身をまとっている二人が近づいてきたのでふらふらと立ち上がる。


「怪我はありませんか!?」

「青龍刀のようなもので腕を斬られた」


 左腕を見せるとおびただしい血がどくどくと流れ出ていた。


「止血してやれ、俺は周囲の安全確保!」

「了解!」


 二人組は恐らく自衛隊員だろう。一人は俺が着ていたワイシャツを脱がすと、ポーチから紐を取り出して腕の付け根をきつく縛り、傷口に畳んだワイシャツを当てテープを巻き付ける。

 だん、だんと耳に銃声が響く。周囲を見渡すと刃物で日本国民を襲っていた中国人が撃たれたのかふらついている。


「止血、良し!」

「……ありがとうございます」

「君、一人で地下鉄まで走れるか?」

「……ええ、そこを目指していましたから大丈夫かと」

「急いで下さい、地下鉄入り口はすぐそこです!」

「貴方たちは……?」

「私たちには一人でも多く国民を救出する義務があります! さあ走って!」


 止血してくれた自衛隊員に背中を叩かれた。

 周囲で日本人を襲っていた中国人がこちらに向いて近づいてくる。


「くそ、奴ら撃っても撃っても倒れないぞ!?」

「加勢します!」

「頭だ、頭を狙え! 無駄弾を撃つなよ!」

「了解!」


 二人組が周辺の武装した中国人に対して発砲する。


「自衛隊員さんたちもご無事で……」


 俺は左腕を抱えながら走る。その途中で俺を暴徒に向けて突き飛ばした同僚たちが物言わぬ死体となって転がっている脇を通り抜けた。

 地下鉄入り口で二人組の自衛隊員が警戒しているのを横目に、中へ駆け下りていく。

 既に構内は多くの人で混雑していた。皆地面に座り込んでいる。立っているのは所々の壁際に周囲を警戒している自衛隊員たちだ。


「自衛隊員さん、この国はどうなってしまんでしょう?」

「安心して下さい。我々が皆さんを守ります」

「お願いします」


 老人が自衛隊員に話しかけ頭を下げている様子を見ながら空いている地面に座り込んだ。その後ろを人々が続々とやって来ては座る。

 同僚たちの姿は、無い。


「国民の皆様、間もなくミサイルが落ちて来ます!」

「耳を塞いで口を開けて下さい!」


 マジか、迎撃に失敗したのか?

 俺は指示通りに丸くなった。

 時間を置かずに駅全体が揺れ、照明が消えて真っ暗になった。


◆     ◆     ◆


「……夢か」


 白いベッドの上で目が覚めた。


「いや、現実か」


 西暦2025年7月の上旬頃、かねてから危惧されていた日本と中国の戦争が始まった。

 不法滞在の中国人の集団武装蜂起。

 異世界転移後、手元にあったスマホのネットニュースに残っていた当時最新のものだ。

 左腕を見る。中国人に斬られたときにできた傷口が治りかけの状態で赤くなっている。

 司祭から聞いたところ、カルアンデ王国で最高位の聖女様と呼ばれる人が光属性の魔法、復元でここまで治したのだそうだ。

 スマホに電波が届いていない事も考えて、ここは完全に異世界だと理解した。

 司祭が言うには、言葉が通じるのは勇者召喚という大規模儀式魔法に組み込まれた言語理解という魔法を付与されたからだそうだ。

 あの激しい頭痛がそれか、きつかった。

 あの後日本がどうなったのかは知らないが、両親は無事でいてほしい。故郷は田舎だから大丈夫だとは思うが、実際に確認しないと不安だ。

 それにしても、と当時を振り返る。

 地下鉄へ避難する最中に暴徒に出くわした時、わが身可愛さだからだろう、同僚が俺を突き飛ばして一斉に逃げ出したのは驚いた。見捨てられた時の怒りはどれほどのものだっただろうか。その後、彼らが死体に早変わりしていたので拳を振り下ろす機会を失ってしまったのは残念だ。


「あ、ヤスタケ様、起きていたんですね」

「たった今だ」

「そうですか、ただ今朝食をお持ちいたします」

「ありがとう」


 女性が運んできた麦粥むぎがゆをスプーンで掬い口に運ぶ。

 牛乳混じりの独特な味を楽しみつつ、今後の予定を考える。

 先日、アンリと名乗るこの国の魔法統括機関とうかつきかんの大長老がたずねてきた。

 何でも、カルアンデ王国と戦争している魔王を討伐してほしくて俺を呼び出したらしい。

 若い者ならともかく、俺はもう40才を越えているので無理だと断ったんだが、勇者として呼ばれるという事は何か特別な才能があるはずとさとされた。

 そして、国家が所有する魔力鑑定の水晶玉を触らされて、闇属性と無属性の魔法に優れていることが判明し嫌とは言えなくなってしまった。

 アンリや神殿の司祭に拝み倒されたのも理由の一つだが、俺を救ってくれた聖女様に頭を下げられたら思わず頷いてしまった。

 どのような人生を歩んだのか知らないが、後期高齢者くらいの年で現役で立派に働いている老人の頼みを断るのは俺の主義に反する。

 とりあえず今後の予定は国王陛下に会い、体力や魔法を鍛えるため王立魔法学園に編入することが決まっている。

 王に会うことは構わないが、この年で学校かあ。

 学園は幼稚園児くらいの子供から大学生までが学べる一貫校のようだ。多数の優秀な貴族と、一般から公募した国民が通う場所らしい。

 彼らは卒業後、軍に進むか官吏になって活躍するか、故郷に帰って両親の領地経営を手伝うことになると聞かされた。


 俺が病室に担ぎ込まれてから一月後、無事退院することになった。


「これから私たちと王城へ向かいます。国王陛下がお待ちしていますので、同行願います」


 王と言う単語に戸惑う。

 アンリの補佐役であるコリンズと名乗る中年の男が神殿の出口へと向けて手を示したので質問してみた。


「私、魔王を討伐すれば、元の世界に帰れるのですよね?」

「ええ、それはもちろん。ただ、大抵の勇者様は王都が住みやすいので、こちらに残る場合が多々ありまして。望まれるのであればお住みになられても良いのですよ?」

「……その申し出は大変ありがたいのですが、残してきた家族が心配ですので……」

「それは仕方がありませんね。考えが変わられたのであればいつでも申して下さい。さあ、こちらに。外に馬車を用意してあります」


 神殿の外に出ると小高い丘の上にいる事が分かった。長く白い階段を降りた先、四頭立ての屋根付き、黒塗りの豪奢ごうしゃな馬車が待っていた。

 周辺に恐らく警護けいご騎馬きばが複数いる。

 さらに先を見ると石造りの街並みが見え、さらにその先は海が広がっていた。

 ここは港町なのか海の上には木造帆船はんせんが複数浮かんでいるのが見えた。遠くにあるので判別できないが、大砲を載せているのかどうか気になった。

 そもそも火薬があるのかどうかさえ分からん。

 学校は普通科を卒業したので歴史や化学に詳しいわけでもなく、二十年以上経過していたため俺の頭の中は古びていた。要するに使わない知識はことごとく忘れてしまったのである。

 もしかするとある日突然ひょっこり思い出すかもしれないが、あくまで可能性だ。

 タタンを先頭に階段をぞろぞろと降りていくと何事もなく馬車の前に立った。

 周囲の兵を観察するが、クロスボウなどの飛び道具を装備している者や、魔法を使うのか鎧を着用せず杖を持った軽装の男女が複数いたものの、銃らしき物を携帯しているようには見えない。

 一人の兵士が馬車の扉を開けると補佐役が俺に乗るよう促してきた。

 内部を見ると前後に二人ずつの計四人が余裕で乗り込める配置になっていた。

 後から乗り込んでくるであろうアンリやコリンズのために奥の方に座ることにした。

 うわっ、座席がふかふかだ。

 召喚直後に着ていたスーツは血だらけだったため処分された。代わりにこちらの衣装をもらって着ている。何でも俺が入院中に針子たちに命令して作らせた物らしい。

 世話をかけたな。機会があれば菓子折りを持って行きたいところではあるのだが、この国では許されるのかどうか。

 そうだ、仕事……首だろうなあ。

 入社してから一年と少ししか経っていないためそこまでの思い入れは無いが、ようやく仕事に慣れ始めたところだった。

 家に戻れるのはいつになることやら。

 そもそも戦争で日本国が残っているかどうかが心配だ。戻って来た時焦土と化していたら目も当てられない。

 アンリたちも車内に座ると、馬車が軽快な動きで走り出した。

 扉と反対側の壁には小さいながらも窓ガラスがはめ込まれ、外の様子がうかがえる。

 街の中は一言で表すなら雑多ざっただ。色々な人が行きかっている。

 多くは徒歩だが牛に荷車を引かせていたり、幼児が群れて遊んでいたり、親の手伝いをしているのか子供が籠を背負って歩いていたりと様々だ。

 おや、あれは?

 中でも目を引いたのは人間にはありえないけものの耳や尻尾を付けた人が混じっていることだろう。

 服装が一般人と比べて少し粗末に見えるが気のせいだろうか。

 そのことについて訊くとアンリやその隣に座るコリンズはにこやかではあるが、言葉にとげが感じられる返答があった。

 便労働力、ね。……この世界にも差別はあるってことか。

 俺は街並みを観察するべく、再び窓の外へと視線を向けた。

 日本では見られない街並みや人々を眺めていて、ふと気付いた。

 幼児が物珍ものめずらし気に俺たちを見ているが、それ以上の年をとった者たちは。幼児の親らしき者が子供の肩を掴んで、貴族たちから隠すような仕草しぐさを見せる者たちがちらほらあった。

 ……この国に何かあるな。

 今は良く分からないが、忘れないでおこうと決めた。

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