解決編 神様の正体(後編)

 私が案内されたのは、ネオシブヤの端にある小さなライブハウスだ。


「こんなとこあったんだ」

「ライブは殆どやってないみたい。立地悪いし。怪しげなセミナーとか」

「怪しげっていう自覚はあったんだね、リンちゃん」

「流石にあるよ。でも、神様の力っていうより現実的だなとも思ってた。絶対違法だっていうのも、まぁわかってた」

「正気を保っててよかったよ」

「正気だったかはわからないけどさー、やっぱ本物には勝てないよねー」

「そりゃ、そうだ。本物に幻滅する可能性も全然あるけどね」


 マッキーは雑誌とかで見るくらいがちょうどいいと思う。


「で、TJはどうするつもりなの?」

「とりあえずセミナー見て、その様子を録音して運営に報告かな。場合によっては警察にも」

「でも録画録音禁止だよ」


 ライブハウスやスタジオといった特定の場所では録画、録音はヘッドセット経由ではできない。

 それに録音録画機器を接続することもできない。

 だが、あくまでも手間がかかる上、盗聴盗撮をしたものを公開すれば著作権や肖像権の侵害を理由に公開停止を申し入れることができるし、悪質な場合は訴訟に発展することもあるから、やろうと思う人間がいないというだけだ。

 結局リアル側で検知されないように、小型マイクを物理的にくっつけて音声を抜いたりすることはできる。


「そこは大丈夫。まぁ、とりあえず行こう」

「うん、とりあえずあたしが一人勧誘してきたっていう体でパス付与できるから、一緒に来て」


 私はリンちゃんにもらったパスで中に入る。

 ちゃんとパスは付与してくれていた。


     ※


 会場は異様な雰囲気で誰も口を開いていない。

 パーテーションで区切られたパイプ椅子が並んでおり、私たちは横並びで座る。

 パーテーションでいったい今何人がこの場にいるのか正確な人数はわからないが、隙間から見えただけでも数十人はいるようだった。

 1日に何回このセミナーが開かれるのかはわからないが、座って5分も経たないうちにステージ上に女性アバターが現れる。

 汎用アバターではなくきちんと作り込まれているにもかかわらず、まったく特徴のないまるでマネキンのような姿をしている。

 服装も地味なダークスーツだ。


「皆さま、ようこそいらっしゃいました。まずここまで辿り着けたということはあなた達は選ばれた人間です。というとまるで宗教みたいですね。でもそうではありません。本当に神に縋りたい方はお帰りいただくとして……そんな方はいらっしゃいませんね?」


 微かに笑いが起こるが私の好みではない。つまらないことを言う。


「皆さんは愛に飢えてらっしゃる。リアルでもVRでも誰にも愛されない。愛されたい。だけど、どうしていいかわからない。そうではありませんか?」


 マネキン女の声が徐々に力強くなっていく。


「私たちは皆さんを科学技術で救いたいのです。まるでカルト宗教のような、むしろ人を遠ざけるような勧誘を行っているのも、それでも救われたい、愛されたいという気持ちを持つ方だけを選別するためのものです」


「私たちの提供する技術を使えば、あなたたちは愛してほしいと願う相手に、愛されます。それは本物ではないかもしれない、でも偽物でもいいではありませんか。どうせ本当に愛されることなどないのです。仮想世界でくらい愛に満たされたいではありませんか」


 私は今すぐにでもこのマネキン女を言い負かしてやりたい気持ちでいっぱいになったが、まだ我慢だ。


「私たちが提供する技術はあなた方の愛する人の姿を使って制作したディープフェイクと没入感を高めるための導入薬です」


 少し会場がざわつく。


「もちろん、お相手の方の同意が得られるに越したことはないですが、難しくてもそれは愛のためには致し方ないことです。あなたを愛してくれない相手の姿を多少借りるくらい許されるでしょう。導入薬も合法的な成分のものですのでご安心ください」


 本当に合法なのだろうか。

 だとしたら、リアル側で薬の取引現場を警察に通報するという手段が取りにくい。

 ディープフェイク映像がよほどよくできているのだろうか。

 で、あればもうここで行くしかない。


「欺瞞です!」


 私は立ち上がってそう叫んだ。


「本当に愛に飢えた人につけ込むための詭弁ですね」


 マネキン女は動揺した様子を見せることもなく、淡々と言う。


「そんなことはありません。私たちは純粋に愛を与えたいと思っています」

「いいえ、嘘ですね。最初にちょっと怪しげなカルト宗教を逆に装っているのは、そんなものにすら縋りたい人間を集めてから、カルトではなくただのちょっとグレーなIT技術によるものだと言って信用を得るための下準備でしかありません!」


 私は少しだけ間を置いて、こう言った。


「あなたたちのやっていることは人間心理を研究している詐欺だ!」

「そんなに気に入らないのであればお引き取りいただいて」

「いいえ、帰りません。あなたたちに騙された被害者の方は強制ログアウトするほどに心身にダメージを負いました」

「それは残念なことですが、それほどにのめり込んでしまったその方の自己責任ですので」

「人の寂しさにつけ込んで依存させるやり方は自己責任ではありません! あなたたちは犯罪者です」


 実際にディープフェイクVR映像の制作は法律で禁じられている。


「犯罪者でも求める人はいるのですよ。さて、管理者権限であなたにはご退場いただいて……」


 だが、私は追い出されない。


「グリモワールの運営にも通報済みです。今監視してるんじゃないですか」

「そんなことをしたって」

「あなたたちは地下に潜って同じことを繰り返すつもりでしょう。グリモワールは無法地帯に近い。うまく逃げ切って復活するのかもしれません」

「ふふふ」

「でもね、きっとこれからは騙される人は少なくなると思いますよ」


 私のこの発言で女が初めて動揺に近い反応を示す。


「このやりとりは生配信されています。音声だけですけどね。でも、かなりの視聴数みたいですよ。私のショーは結構な数字を稼げるんですよ」


[《¥2525》こんな詐欺が流行ってたのか]

[気をつけようぜ]

[コミュ障なのに議論と推理の時はハキハキ喋るよな、ニコって]

[カルトよりたち悪いな、コイツら]


「あなたたちを非難することが目的で声を上げたわけじゃないです。どうせグレーゾーンで同じことを繰り返す連中が相手なら……多くの人に周知して引っかからないように啓蒙するのが早いって思っただけですよ」

「くっ」

「あとね、これを観ている皆さん、もし愛されたいなら、ふぁんたすてぃこやぴーちゃん、じゅじゅ、ミコ先生のライブに行ってください。彼女たちは……アイドルはファンを等しく愛してくれます。それは報われない関係かもしれませんが、きっとあなたを満たしてくれるはずです。こんなところで偽物で満足なんてしなくていいんです。もし……フローラやぴーちゃんのところを離れて、ここに来て倒れてしまったあなたも、これを観てくれているなら、二人に謝って現場に戻ってきてください。彼女たちは待っていますよ」

「アイドルなんて所詮は誰にでもいい顔をする嘘吐きですよ」


 マネキン女が吐き捨てるように言う。


「彼女たちの愛に触れたこともない、偽物を売るお前が……お前たちが……軽々しく愛を口にするな!」


 私は立ち上がると、リンちゃんにアイコンタクトを送る。

 彼女は立ち上がり、私の隣に並んでライブハウスを後にした。

 私たちの後ろにもゾロゾロとセミナー参加者がついて外に出てくる。

 彼らの処罰をどうするのか運営判断は知らないが、少なくともライブハウス内に人はもう殆どいないだろう。


「リンちゃん、黙っててごめんね。私、藤堂ニコなんだ。これが私の秘密」

「すごい! あたし、有名人と潜入捜査しちゃった!」

「有名ではあっても、イマイチ人気ではない、というのが悩みどころなんですけどね」

「それよく言ってるけど、もう人気者じゃん!」

「自分で人気者だなんて言っちゃったらおしまいですよ」


 私はそう言って、アバターでも下手くそだとわかる不器用なウィンクをした。



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