情報は酒場で

 ってなわけで、ミステリー系のADVだったら調査パートってやつである。


 翌朝――私はメガネっ子ロングヘア―TJアカウントに切り替えてVR空間にダイブする。

 ちなみに服装はセーラー服である。

 ぴーちゃんを真似した。完全にクラス委員長である。女子高生アイドルみたいにはならなかった。

 ちなみに描いてくれたのは私のママである姫咲カノン先生だ。

 最近、私が忙しそうということであまり連絡しないように気を遣ってくれたようだが、ニコとTJの両方で新しい衣装を買おうと思っていると伝えたところ烈火のごとく怒り狂い……「絶対に私が描きます! たとえ無料でも! 他の人が描いた衣装なんて着ないで!!」というメッセージが来たのだ。

 私はちゃんと正規の金額をお支払いしておいた。

 ニコの新衣装はいずれお披露目配信をせねばと思っているが……今回の事件が解決した暁かな。


 というわけで、私はとりあえず人が集まるカブキシティに足を運ぶ。

 今日は土曜日ということもあって、人出が多い。


 ――それって逆にダメなんじゃない? リアルでお出かけしてないってことだもんね。


 そう、ここにいる連中の全員、本体は自宅かVRカフェである。

 よく晴れた土曜の午前中に引きこもりがこれだけいるのだ。

 大丈夫か? 私も含め。


 現実とリンクするグリモワールも雲一つない……とまではいかないが晴天だ。

 昼間のカブキシティはサイバーパンク感が薄れて、本当に近未来の東京を歩いているような気分になる。

 ただどんな店も24時間営業である。

 ここに日本の労働基準法は適用されない。


 ――ディストピアだー。


「さてと……」


 私は小さなバーに入る。

 リアルではバーに入ったことなんてない。

 お酒を飲んだこともない。

 居酒屋にはランチを食べに入ったことあるけど。


「いらっしゃいませ」


 バーテンダーは顔の半分が剥き出しの機械パーツのサイボーグアバターだ。AIだろうか。

 店内はまるで夜のような雰囲気で薄暗い。


「予約していたTJです」


 私がそう告げると――。


「こちらへ」


 彼が指し示した先には絵画が飾ってある。ゴッホの星月夜のVRレプリカだ。


 私がその絵画を触ると、手が奥へとすり抜ける。

 なるほど。この奥に通路があるわけだ。

 私はそのまま壁をすり抜けるとガラスのローテーブルと赤いソファの個室が広がっている。

 

 私が腰掛けると先ほどのバーテンダーがやってくる。


「お飲み物は?」

「コーヒー……はないですかね。バーですもんね」


 コーヒー中毒の私はどこでも反射でコーヒーを頼んでしまうが、今回はコーヒーを飲む店ではない。


「コーヒーリキュールのカクテルはいかがですか?」

「そういうのもあるんですね。ではそれで」

「承知しました。アイリッシュコーヒーというホットコーヒーにアイリッシュウィスキー、砂糖をステアしてヘビークリームを載せたものになります」

「へぇ」


 実際に飲むわけではないが、そういうこだわりは良いと思う。

 VRも早く味覚も錯覚できるように進化しないものだろうか。


「待たせてすまないね、藤堂さん」


 私がカクテルを楽しみに待っていると青白い顔に彫りの深い顔立ち、不自然に長いアンバランスな手足のスーツの女がやってくる。


「今の私はTJです。藤堂と呼ばないでください。ジョーカー」

「いいじゃないか。ここは完全クローズドな空間だ」

「ま、いいんですけどね」


 SNSや検索エンジンでも全然出てこない流行りの"神様"とやらについて、街行く人をひとりひとり捕まえて話を聞くわけにはいかない。

 手っ取り早いのは情報屋を使うことだ。


「さて……なにか知りたいことがあるんだろ?」

「えぇ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る