P2015編
TJとマッキー
「聞いてる?」
「聞いてるけど」
「絶対嘘。じゃあ、わたしがさっき言ったこと復唱して」
「はいはい、だからモデル事務所退所したんでしょ……ん? え? マッキー、モデルやめたの⁉ 嘘! なんで?」
驚きの事実が発覚した。
私はマッキーのしょうもない話を右から左に聞き流していたのだが、しょうもない話の中に爆弾を一個放り込んでいたらしい。
マッキーが起爆しなければ不発弾として私の記憶の奥底で忘れ去られていただろう。
「だからー、それもさっき言ったって。TJはさー、人の話を覚えてはいるけど、聞いてはないというか、ただ音声とかテクスト情報として記憶の箱に放り込んでるだけだよね、ホント」
「聞いてるし、覚えてはいるでしょ? でもビックリしたー。やめちゃったのか」
マッキーこと牧村由実は私の六畳一間のマンションに遊びに来ていた。
もう水冷式のバカデカいPCやVR機器を見られても構わないし、本人が遊びに来たいというのだからまぁいいかってことで招いたのだ。
私はベッドの上でタブレットで漫画を読んでいて、彼女は座椅子に座って課題をやっていた。
私はマルチタスクも得意だが、とりあえず会話が成立してるっぽく相槌を打っているだけで実質聞き流しているのには流石に気づかれてしまった。
「まーねー。あんなことやっちゃったしねー」
「あーゆーのって規約違反とかになるの?」
「わかんない。でも、なんかもうバレた時に怒られるのとか嫌だし、大林大樹の事務所から訴えるとか言われたら面倒くさいじゃん。だから、学業に専念したいから引退しますって言った」
そう、マッキーは芸能事務所に所属しているという立場を利用して得た情報や他の芸能人に誘われたドラッグパーティーの情報をVtuberとして暴露していたのだ。
マッキー自身は何も悪いことはしていないし、むしろ被害者ではあるのだが、暴露された側はそうは思わないだろう。
「でもそんなすぐ辞めたいって言ってすんなり通るの?」
「けっこう引き留められたけど、今請けてる仕事全部やったら辞められることになった。わたし未成年だし親はそもそも辞めさせたがってたからね」
「あぁ、親が出てきて辞めさせますって言ったら事務所もゴネらんないか」
「いつでも復帰していいって言われてるけど、なんかもうモデルはいいかな。面倒くさいし」
「面倒くさいの?」
「面倒くさいよ。食事制限とかさ、ボディメイクとかさ、ジム行って運動したりとかさ」
「あー、それはダルい。私には無理だ」
――そもそも身長が足りんけど。いや、でも最近は多様性の時代だしそんなに身長が高くないモデルもいるか。でもコミュ障だしなー。やっぱ無理か。顔がちょっといいくらいではな、無理だね。
「わたしにも無理だったのよ。ホントしんどかった。これで焼肉も食べられるし、白米もお腹いっぱい食べられる」
「いや、あんた学食でカレー大盛りとか食べてたじゃん」
「あの後に帳尻合わせるために炭水化物削って運動してたのよ」
「へー、知らなかった」
「言わなかったからね。カッコつけてたから。これからはもう素のマッキーとして生きていくよ」
彼女は彼女で私にはわからない苦労や努力があったのだろう。
「あとルパンのアバターともさよならしちゃった」
「残ってるのはあの金髪ロリだけ?」
「そう。でもあれがそもそも唯一のメインアバターだったし、あの子がいればいいかな。TJはニコちゃんと眼鏡ちゃんの二人だけ?」
「そうだね。今のところあの二体」
「増やさないの?」
「あの眼鏡ちゃんTJがニコの分身ってバレたり、なんか聞き込みとかしてる怪しいアバターって噂が広まったりしたら乗り換えるかもしれないけど。基本は配信用と捜査用で二体いれば十分」
「あー、そっか。探偵Vってのも大変だね」
「なんか面倒くさいことはじめっちゃったなって思ってるよ」
私はいつになったら引退するんだろうな。
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