新たな姿
フットペダルで前進するというのはなかなか面白い。
ちょうど現実とゲームの中間のような感覚だ。
そして私のカプセルの前には金髪碧眼の西洋人の少女のようなアバターが立っていた。
「マッキー?」
「そうだよ。早かったね」
「まぁ、キャラメイクとか適当にやったし」
「TJ、モブ版って感じだ」
声もしっかり若返っている。
さっきまで見上げていた友達を今は見下ろしているのは変な気分だ。
「マッキーはグリモワール用のアバター特注で作ってるんだ?」
「うん、可愛いっしょ」
「めっちゃお金かかってそう。元のデザインからモデリングからかなりクオリティ高いよね」
「自分で配信とかしようとは思わないんだけど、趣味にはお金かけたいタイプだからねー。他人に見せるのTJがはじめてだよ」
VR上の姿はSNSのアイコンやハンドルネームのようなものだ。
プライバシー保護のために基本的には他人に現実の個人情報を教えるのは望ましくないとされている。
とはいえ中にはオフ会をやる人もいるし、VR上で出会った人と付き合ったり、結婚したりというのもあるとは聞く。
「そうなんだ。いいなー、私もオリジナルでアバター作ろうかな。完全オリジナルじゃなくても気に入ったデザインあったら作ってもいいな」
「TJも作りなよ。そんなにめちゃくちゃお金かけなくても結構いいの作れるからさ」
アバター用のイラストや3DモデルはNFT技術で無制限にコピーできないようになっており、限定モデルはかなりの高額で取引されている。
私の藤堂ニコの姿なんかも売り飛ばせば、今の人気や実績を含めた価値で家一軒分くらいの値段はつくかもしれない。
もちろん売るつもりはないが。
それはともかくニコとは別の姿――サブアカウントは作りたいと思っていたのだ。
これまではニコの姿で聞き込みや調査を平然と行ってきたが、知名度が上がってきたことで探偵業に支障が出てくることは確実だ。
で、あればスパイの変装ではないがサブアカウントがあった方がいい。
さらにそのサブアカウントも今のような汎用モデルだと捨てアカだと思われたり、信用を得られないのでオリジナルモデルである必要があるのだ。
VRでまでお金をかけたファッションで社会的信用を得なければならないなんてとんでもない世の中になったものである。
「そだね。今日の夜にでもアバターショップとかネットオークションとか個人依頼受け付けてるイラストレーターとか色々探してみるよ」
「うんうん、そうしな」
「さて、なんか結構時間かかっちゃったけど、ライブ行くんだっけ?」
「そうだよ、でもまだ時間に余裕あるから大丈夫。のんびり行こ」
私たちはVRカフェの外に出る。
グリモワール内のVRカフェの外は当然のことながら先ほどまでの風景とはまるで違う。
サイバーパンクチックないかにもSF的な建物が立ち並んでいる。
もう夕方に差し掛かっており、ネオンがまぶしい。
しかしネオンのセンスは抜群だ。
「らめん」「メイド相撲ダーツ」「忍者サムライホテル」
なんで日本製VR空間なのにわざわざなんちゃってジャパン風なのかわからないが、私は好き。
「そういえばさ、なんかアバター選ぶ時にKADOKAWAのラノベとか漫画のキャラも選べたんだけど、あーゆーのって権利どうなってるんだろうね」
「あー、あのVRカフェってKADOKAWAが経営してるからね」
「そういうことか」
「あそこでアカウント作ると選べるのよ」
「KADOKAWAなんでもやってんな」
「今や本だけじゃなくて、VRから兵器までなんでも作ってるからね」
「兵器も作ってるの?」
「いや知らない。適当に言ってみた」
「適当かよ」
マッキーのよくわからない嘘に思わず吹き出してしまう。
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