63. 確定者

確定者エラト・ウェルブムの降臨、お慶び申し上げます』


『うん、そこの小娘何とかしてよ』


 話が通じそうな女性の登場に玲司は安堵あんどし、少女を指さした。


 女性は少女の方を向くと、


『レヴィア! 早くひざまずきなさい!』


 と、叱った。


 レヴィアと呼ばれた少女はベソをかきながら、嫌々ひざまずき、こうべを垂れる。


 玲司は満足そうにうんうんとうなずくと、


『なに? 俺は確定者エラト・ウェルブムって奴なの?』


 と、上機嫌に聞いた。


『はい、各宇宙には一人、世界の在り方を決める方がおられます。世界のありようはそれこそ無限の可能性がありますが、どれを選択するかは、そのお方、確定者エラト・ウェルブムが決定されるのです。量子力学の世界では当たり前のことですが、それはこの宇宙全体にも成り立っています』


『ふーん、じゃあ俺って宇宙に一人の特殊な存在ってことだね』


『はい、この宇宙ではそうです。ただ、皆さん誰でもご自身の宇宙をお持ちです。なので、玲司さんが特別ってわけではないんです。たまたま、ここが玲司さんの宇宙だったというだけです。


『は? みんながみんな宇宙を持ってる? なら八十億人いたら八十億個の宇宙があるってこと?』


『おっしゃる通りです』


 女性はうやうやしく答え、玲司は唖然として言葉をなくす。


 この世界が自分を中心に回っているのはわかったが、それは誰しも同じ。誰でも宇宙は自分を中心に回っているのだ。特別ではあるけれども全員特別だったということなのだ。


『この娘を玲司さんにつけましょう。何なりとお申し付けください』


 女性はそう言ってレヴィアを前に出す。


『わ、われですか?』


『世界の中心のお方のお世話をする光栄なお仕事……、嫌なの?』


 女性は琥珀色の瞳でキッとにらむ。


『め、め、め、滅相もございません! 誠心誠意お仕えいたします』


 レヴィアは深くこうべを垂れた。


『あぁ、そう? ありがとう。じゃ、この城直してよ。君がぶち壊したんだからね?』


『ははっ、失礼しました! 直ちに!』


 レヴィアは冷や汗を流しながら画面を空中にパカッと開き、パシパシと叩いていった。


 やがて壁や柱が青い光を帯びると、そのまま一気に上空へ向けて光の筋が立ち上がっていく。あまりのまぶしさに目を閉じると、


『終わったのじゃ。これでいいかの?』


 と、レヴィアは得意げに言った。


 え?


 目を開けると、城は元通り、見上げると豪華絢爛けんらんな天井画に、豪奢なシャンデリアがまばゆく輝き、壊れる前以上に華やかに見えた。


「お、おぉ、ありがとう! じゃ、うちの地球とEverzaエベルツァの復旧もよろしく!」


 空気も戻ってきて上機嫌の玲司は、レヴィアのおかっぱ頭をポンポンと叩いた。


「え!? わ、我がやるのじゃ?」


「あー、君さぁ、さっき俺の胸ぶち抜いたよね?」


 玲司はギロリとレヴィアをにらむ。


「あっ! や、やります。やらせていただくのじゃ!」


 レヴィアは目をギュッとつむりながら叫んだ。そして、画面をパシパシと叩き、ずらずらと流れてくるテキストを流し読みしながら渋い顔をして首をひねる。そして、しばらく目をつぶって動かなくなった。


 何かを必死に考えていたレヴィアはクワッと目を開くと、


「ソイヤー!」


 と、言いながら画面を叩いた。


 直後、ブゥンと浮かび上がる二つの青く美しい地球。それは核戦争で灰色になる前の美しさをたたえた、まさに玲司の生まれ育った故郷の地球の映像だった。


 おぉ……。


 玲司は両手を使ってその地球を拡大で表示し、百目鬼たちに破壊される前の元気な人々の営みを確認していく。


 無数の人々が行きかう活気のある渋谷のスクランブル交差点。立ち並ぶ超高層ビル。そして、その上空を飛行機が羽田空港へ向けて着陸態勢に入り、横を走る首都高速は渋滞が発生し、多くの車が群れている。


 その光景を見て玲司はついウルッと目を潤ませる。


 自分が余計なことをやったため核の炎で焼き尽くされた東京、それが以前の輝きをもって元気に躍動している。


「良かった……」


 次の瞬間、玲司は膝に力が入らなくなってガクッと崩れ、しりもちをついてしまう。


「えっ、あれ?」


 玲司は何が起こったのか分からなかった。


「大丈夫? お疲れ様」


 ミリエルが笑顔で玲司に手を差し伸べる。


 どうやら、玲司の心には八十億人の未来を奪った責任の重圧が、知らぬ間にずっしりと重しとなって貼り付いていたらしい。


「ちょっと……、待って……」


 玲司はそう言うと何度か深呼吸を繰り返し、スクランブル交差点を歩く群衆の姿をじっと眺め、全てが終わったことをゆっくりと確認したのだった。


「これで……、元通り……」


 玲司は柔らかな笑顔で、楽しそうに歩く群衆を眺める。そして、胸を撃ち抜かれたときに真実に気が付けた奇跡を感慨深く思い返していた。もし、あの時違和感を持てなかったらそのまま死んでいたに違いないし、八十億人の未来は失われていただろう。


 ギリギリの土壇場で掴んだ未来、玲司はそれに安堵し、しばらく動けなくなっていた。

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