61. 走馬灯

『お主ら、やってくれたのう』


 脳に直接響く威圧的な若い女の声に、ミリエルは青い顔をしながら壇の前に駆け寄り、瓦礫を簡単に掃うとひざまずいた。


金星人ヴィーナシアン様、恐れながら申し上げます。これには深い経緯が……』


 ミリエルが冷や汗を流しながら答えていると、百目鬼が喚き始めた。


『こいつらです! こいつらが金星の力を勝手に使って管理者を殺したんです! 私は被害者です!』


『黙れ!』


 タブレットがオレンジ色に光りながら怒る。


『私めでしたら、必ずや金星人ヴィーナシアン様のお力になります! 本当です! こんなのろま達には負けません!』


 制止も聞かず百目鬼は一気にまくしたてる。


 直後、タブレットをクルクルと回っていた紫水晶の一つが激しい閃光を放つと、パウッという振動と共に一直線に紫の光線が百目鬼を貫いた。


『ぐはぁ!』


 鮮烈な光線は、百目鬼の胸にぽっかりと穴をあけ、そこから体液がボコボコと沸騰し始める。


『ひぃっ!』


 玲司はその凄惨な仕打ちに思わず目をつぶる。


 しばらく百目鬼はうごめき、そしてブロックノイズに埋もれ、消えていった。


 一行は金星人ヴィーナシアンの無慈悲な行動に戦慄を覚え、ただ、押し黙るばかりだった。


『さて、お主らに裁決を申し渡す!』


『さ、裁決?』


 玲司は破滅的な予感に冷や汗を流し、真っ青な顔でタブレットを見上げた。


『金星の技術を使い、勢力を高めんとしたその方らの罪は万死に値する。よって貴様らは死刑。管理中の地球は全て没収の上廃棄。以上!』


 要は皆殺しである。自分たちだけでなく、八個の地球に息づく百数十億の命もすべて奪うというのだ。


 玲司は思わず叫んだ。


『待ってください! これらは全て地球の発展のために行ったことです。なにとぞ……』


 しかし、金星人ヴィーナシアンは、


『黙れ! 裁決は変わらぬ』


 そう言うと、再度紫水晶の一つが激しい閃光を放った。


 ひぃっ!


 パウッ!


 放たれた紫の光線は、横から素早くシアンの伸ばしたロンギヌスの槍に当たり、弾かれて崩れた壁で爆発する。パン! という衝撃波が響き、バラバラと石材が落ちていった。


 シアンはひどく寂げな顔で玲司に微笑む。


 その微笑みに、玲司は最期の時が逃れられない現実として迫っていることを肌で感じていた。


 あぁ……。


 この愛しい時間が指の間をすり抜けて消えて行ってしまう絶望に、目の前が暗くなっていく。


れ者が!』


 金星人ヴィーナシアンはそう叫ぶと、自分の周りをまわるすべての紫水晶を発光させると、シアンに向けて次々と乱射した。


 最初の一、二発は何とか回避したものの、その後が続かなかった。腕が飛び、足がちぎれ飛んだ。


『ふぐぅ……』


 息も絶え絶えに床に転がったシアン。


 その目からは輝きが消えうせ、ただ、虚空を見つめるばかりとなっていた。


『あぁ! シアン!』


 玲司はシアンに駆け寄ろうとしたが、


『執行!』


 という金星人ヴィーナシアンの声とともに胸に一発を受け、大きな穴が胸にぽっかりと開いたのだった。


『ぐはっ!』


 その瞬間、まるでスローモーションのように今までのことが走馬灯のように頭をよぎる。


 あの日、天井から舞い降りてきたシアン。ドローンを撃墜し、美空を味方にして地下鉄に潜入したこと。スーパーカーで宙を舞い、中華鍋でデータセンターを爆撃したこと。そして美空を失い、ドローンと対峙し、核爆発で焼かれたこと……。そして、ミリエルとミゥとここまでやってきたのだ。全てが玲司の中で素敵な思い出となって心を温める。


 素敵な人生だった。ちょっと短かったけれど、他の人の一生分以上の体験はできたに違いない。


 だが、ここでふと疑念が浮かんだ。


 AIスピーカー詰め込んだだけで、シンギュラリティを達成する確率ってどのくらいだろうか? 百目鬼と戦って勝ち残れる確率は? 海王星、そして、こんな金星までたどり着ける確率は?


 パッと考えてそれぞれほぼ0%なことに気が付いた。


 あり得ないことが次々と起こっている。これはいったいどういうことだろうか?


 玲司はゆっくりと崩れ落ちながら、とても大切なことに気が付いた気がしてハッと目を見開いた。

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