18. 着弾まで十秒!

「あ……」


 シアンがまた嫌な声を出す。


「今度は何? お台場まだなの?」


 またどうせ嫌なニュースに違いない。玲司は投げやりに言った。


「90式艦対艦誘導弾が横須賀から飛来中だゾ」


「ん? 何それ?」


「重さ六百六十キロのミサイルが音速でやってくるゾ」


「ミ、ミサイル!? どこに?」


「うーん、車には当てらんないからねぇ。この先の橋かな?」


 シアンは人差し指をあごに当てて首をかしげる。


「橋を吹き飛ばすってこと? じゃあUターンしないと!」


「後ろには乗っ取られた車たくさんいるゾ」


 ひぇっ!


 玲司は頭を抱えた。前はミサイル、後ろは暴走車、詰みである。世界征服できる連中を相手にするというのはこういうことなのだ。玲司はどうしたらいいのかさっぱり分からず、ただ、流れる景色をぼーっと見ていた。


「玲司! アクセル全開なのだ!」


 そんな腑抜ふぬけた玲司にいら立ちを隠さず、美空が叫んだ。


「えっ!? ミサイルが橋落とすんだよ!?」


「当たらなければどうということはないのだ!」


 何の根拠があるのか分からないが、美空は断言する。


「橋が落ちちゃったら僕らおしまいだよ?」


「なら落ちる前に通過なのだ! アクセル!」


 美空は玲司の右の太ももを力いっぱいパンパンと叩いた。


 あぁ、もぅ……。


 玲司は大きく息をつくと泣きそうな顔でアクセルを踏み込んだ。


 グォォォォン!


 V8サウンドが街に響き渡り、サーキットのレースカーレベルの異次元の速さに達していく。


「着弾まで十秒! 九、八、七……」


 シアンが秒読みを始める。


 見えてきた橋。橋は中央部が盛り上がっていて、向こう側は見えない。


 咆哮ほうこうを上げるエンジン。ぐんぐん上がるスピードメーター。


 玲司は涙目で、


「もう、どうにでもなーれ!」


 と、つぶやいた。


 橋にさしかかった時、フロントガラスの向こう、右上の空に陽の光を受けてキラリと煌めく飛翔体が見えた。


 音速で突っ込んでくるミサイル。時速三百キロで駆け抜ける玲司たち。引くことのできない死のチキンレース。


 橋の真ん中すぎの下り坂で車体は浮き上がり、宙を舞う。


 ブォォォォン!


 激しくタイヤが空転し、タコメーターがギューンと振り切れる。


 直後、激しい閃光が天地を包み、衝撃波が車を直撃した。


 ズン!


「キャ――――!」「うはぁ!」


 ななめ後方からの衝撃波をまともに食らった車はバランスを崩し、超高速のままグルグルと縦に回転ながら地面に叩きつけられ、床に落ちた消しゴムみたいに雑にごろごろと転がった。


 パン!


 エアバッグが一斉に車内のあちこちで開き、玲司は白いバッグに包まれたまま激しい衝撃に耐えていた。


 派手にエアロパーツをまき散らしながら、火花を立てながらゴロゴロと転がり、最後は電柱に激突し、逆さまの状態で止まる。そして、プシュー! とラジエターから蒸気を噴き上げた。


「きゃははは! セーフ!」


 シアンは楽しそうに笑った。


 激しい衝撃を受け続けた玲司は朦朧もうろうとして動けない。


 ケホッケホッ!


 隣で美空が咳をしながら、天井に転がってしまった眼鏡を拾った。


「れ、玲司……。生きてるのだ?」


 シートベルトを外して天井に降りながら聞く。


「何とか……」


 宙づりの玲司もシートベルトを外して天井に降りる。そして、ノソノソと割れた窓からはい出した。


 ふぁぁ……。


 調子の悪い玲司はゆっくりと伸びをする。脳震盪のうしんとうかもしれない。


 遠く橋の方では煙が上がり騒然となっていた。いきなり大爆発が起こって橋が落ちたのだ。それは驚くだろう。


 すると、シアンが額に手を当てて言った。


「ダメだ! ドローンが奪われたゾ」


「え? ということは……」


「もうじきやってくるゾ。きゃははは!」


 シアンの嬉しそうな笑い声に玲司はムッとして口を尖らせた。


「で、どこに逃げたらいい?」


「うーん、逃げてるだけじゃ負けだからなぁ……」


 シアンは小首をかしげ、考え込む。


 すると、美空がニヤッと笑って言った。


「下水道なのだ!」


「げ、下水道!? 臭そう……」


「何言ってんのだ! こういう時は下水道って昔から決まっているのだ!」


 美空は腰に手を当ててドヤ顔で言う。


「えーと、その先の運河に暗渠あんきょがあるね。これでデータセンターに近づくって手はあるゾ」


「ほらほら! 急ぐのだ!」


 美空は嬉しそうに玲司の手を取るとタッタッタと走り出す。


「えぇ? ちょっと、ホントに?」


 玲司は美空がなぜそんなに嬉しいのかよく分からず、渋い顔のまま引かれて行った。

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