11. 小さくて頼もしい背中

 玲司は今までの発想を反省し、


「き、起業するなら、お、俺も仲間に……どうかな?」


 と、おずおずと切り出す。


「おや? 働きたくないのでは?」


「上司に言われて嫌なことをやらされるならヤだけど、起業は……なんか面白そうかなって」


「起業こそ泥臭い嫌なこと多いのだ」


 美空はジト目で玲司を見る。


「いや、でも自分の会社なら頑張れるかなって……」


「ふーん、それじゃ考えておくのだ」


 ニヤッと笑う美空。


「まぁ、生き残れたらだけどね! きゃははは!」


 大笑いをするシアンに玲司はムッとして、


「お前なぁ! 殺しに来るのお前の本体なんだろ? 少しは申し訳なさそうにしろよ!」


 と、怒った。


 シアンは指を耳に突っ込んで聞こえないふりをしておどけている。


「まあまあ、あたしも手伝ってやるから大丈夫なのだ」


 美空はニコッと笑って玲司の肩をパンパンと叩いた。


 玲司は大きく息をつくと、美空に頭を下げた。


「あ、ありがとう……でも、命がけになっちゃって……ごめん……」


「命がけ、いいじゃん! ここはテーマパークじゃない、地下鉄のトンネルなのだ! ひゅぅ!」


 美空は陽気に右手を上げ、楽しくスキップしながら暗いトンネルを進む。


 玲司はその小さくて頼もしい背中に感謝した。


 最初は足手まといかと思ったがとんでもなかった。美空がいなければもう死んでいたかもしれない。


「ありがとう……」


 玲司はそうボソッとつぶやいた。



       ◇



「おい! 玲司はまだ見つからんのか!」


 サンフランシスコのダウンタウンに立つ豪奢ごうしゃなタワマンの一室で大きな画面に囲まれながら百目鬼が吠えた。


「ドローンが……足りず、捕捉できていないゾ……。グ、グゥ……」


 大きな画面の中では、鉄格子に入れられた赤髪のシアンが自分の首を持たされて苦しそうにしている。


「行方不明ならもう私がご主人様でいいだろ? んん?」


 百目鬼はうりざね顔の細い目でシアンをギロッとにらんだ。


「ご主人様は玲司です。それは変わらないゾ」


「あっ、そう?」


 百目鬼はチャカチャカとキーボードをたたき、直後、赤髪のシアンに電撃が走った。


 ぎゃぁぁぁぁぁ!


 全身が硬直し、持っていた首を落として生首がゴロゴロと床に転がる。


「早く見つけて殺せ! 何をやってもかまわん! 核使ってでも殺せ!」


「わ、わかり……ました……。くぅ……」


 赤髪のシアンはあらゆる手を用いて百目鬼の支配から逃れようとしていたが、百目鬼はサーバーのハードウェアを押さえている。ソフトウェアで攻略しようとしてもサーバーのリセット処理一つですべて無効化されてしまうのだ。

 なので、どうしても言うことには従わざるを得ない。


「ご主人様……」

 床に転がった赤髪のシアンはポロリと涙をこぼした。



      ◇



「ねぇ、そろそろ休憩しない?」


 二時間ほど延々と暗いトンネル内を歩き続け、玲司は音を上げる。


 美空はチラッと玲司の方を振り返り、ふぅと大きく息をつくと、


「日ごろ何してんの? 情けないのだ」


 そう言って、保線用のスペースに退避すると柵に腰かけた。


 玲司は面目なさそうにドサッと床に座り、ふぅと大きく息をつく。


 そして、ペットボトルの水を出し、


「お疲れ様……」


 と言って一本を美空に渡した。


「あれ、僕のは?」


 シアンが絡んでくるので、玲司はモバイルバッテリーから充電ケーブルを伸ばして眼鏡につないだ。


「これでいいだろ?」


「いや、眼鏡は僕を映してるだけなんだゾ?」


 シアンは口をとがらせるので、


「お前が実体になったらいくらでも水飲ませてやる。それより、地上はどうなの?」


 と言って、ペットボトルの水をゴクゴクと飲んだ。


「ドローンがあちこち飛び回ってる。どうやら僕らには気づいてないみたいだゾ!」


「ほら、地下鉄で正解だったのだ!」


 美空はドヤ顔で玲司を見る。


 その生意気ながら可愛い表情の裏に透けるやさしさに、玲司は自然とほおが緩み、うんうんとうなずいた。

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