4. 闇に飲まれるシアン

 玲司の部屋に降臨したシアンは、崩壊したガスタンクから吹きあがる紅蓮の炎を背景に、


「分かってくれた? ではこれから世界征服、はじめるよっ!」


 と、嬉しそうに人差し指を立てる。


「ちょ、ちょい待てや!」


 玲司は叫んだ。


「え? どうしたの?」


「俺は世界征服してくれなんて頼んでねーだろ!」


 顔を真っ赤にして怒るが、シアンは首をかしげる。


「俺は楽して暮らしたいって言っただけ。なんで世界なんて征服するんだよぉ!」


「だって、お金渡すだけじゃ誰かに世界征服されちゃったらおしまいだからね。ご主人様が征服すればバッチリ!」


 楽しそうに笑うシアン。


「いやいやいや……、世界征服なんてしたら多くの人が死ぬんだろ?」


「米軍とか制圧しないとだからね、百三十五万人プラスマイナス十三万人の死亡が予想されてるよっ!」


 ニコニコしながら嬉しそうに答える。


「ダメダメ! 人殺しなんてダメ!」


「殺さずに世界征服なんてできないんだけど?」


 シアンはあきれ顔で言う。


「俺は金だけでよかったんだよ、もう!」


「……」


 シアンはつまらなそうに口をとがらせた。


 玲司は頭を抱えてうなだれる。五千兆円ポンと俺の口座に入れてくれるだけでいいのになぜこのバカは人を殺してまで世界を征服なんてしようとするのか?


 AIは賢いはずじゃないのか? なぜこんな簡単な事も分からんのか?


 玲司は滅茶苦茶なシアンの蛮行に頭痛がしてくる。しかし、まだ、ガスタンクが爆発しただけだ、死者が出ていないなら金で解決できるかもしれない。


 あの辺は会社が多いから日曜なら人もいない。まだワンチャンあるぞ。


 玲司はそう思いなおし、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。


 その時だった、パチパチパチと拍手が部屋に響き渡る。


 えっ?


 振り返るとひげ男の仮面をつけたスーツ姿の男が立っている。この仮面はハッカー集団が良く使っているものだ。


「玲司君、世界征服、いいじゃないか。ぜひ進めたまえ」


「な、なんだお前は!」


 玲司は急いで眼鏡をずらす。肉眼では見えないところを見るとこの男も映像らしい。


「私は百目鬼どうめき、グルグルのエンジニアさ。うちのサーバー群が誰かにハックされててね、それを調べてたら君たちを見つけたのさ」


「エンジニア? じゃあ、シアンの実体を管理してるってこと?」


「そう、驚いたよ、まさか君のような高校生がシンギュラリティを実現するとはね。ノーベル賞級の偉業だというのに」


 百目鬼は肩をすくめ、首を振る。


「シ、シンギュラリティって、シアンは人類初の本物のAI……ってこと?」


「そうだよ。世界征服を計画し実行する、そんなのちゃんとしたAIじゃないと不可能さ」


 横で聞いていたシアンは、


「ふふーん」


 と、ドヤ顔でくるりと回る。


「いや、でも、世界征服はマズいよ」


「何がマズいのかね? 今、世界では上位1%の富裕層が世界の富の四割を独占してる。こんな狂った社会は壊す以外ない」


「そ、そりゃ、金持ちがズルいのは知ってるし、ムカついてるけど……、だからと言って多くの人を殺すのは……」


「か――――っ! 世界では八億人が飢え、毎日二万五千人が餓死してる。革命は急務だ!」


 百目鬼は仮面の奥で瞳をギラリと輝かせた。


「え? ちょっと、そんなこといきなり言われても……」


 楽して暮らしたいだけの高校生に世界の話は荷が重すぎる。玲司は困惑し、言葉を失う。


 そんな玲司を見つめていた百目鬼は、ため息をつくと信じられないことを言い出した。


「君が決断できないなら、私が代行する。シアンのサーバー資源はうちが提供しているのだ。私にだって権利はあるはず。な、そうだろう?」


 百目鬼はシアンの方を向く。


「ざーんねん。僕のご主人様は玲司だけ。きゃははは!」


 シアンはそう言って腕で×を作る。


「ふん! くだらん。言うことを聞かないなら……聞かせてやるしかないな……」


 百目鬼はそう言うと、両手を前に出し指先をカタカタと動かし始めた。本体がキーボードを叩いているようだ。


「きゃぁっ!」


 シアンが急に首元に手をやり、苦しみ始める。


「お、お前! シアンに何をした!」


「なぁに、こいつの意思決定機構をハックしてるのさ」


「や、やめろ!」


 玲司は焦った。しかし、相手は映像の先である。止めようがない。


 叩こうが何しようが手は通り過ぎるばかりだった。




 やがて紫色の光を淡く浮かべた闇がどこからともなく浮かび上がると、シアンを取り囲み、シアンは闇の中へと沈んでいく。


「シ、シア――――ン!」


 玲司はただ茫然と見届けることしかできなかった。

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