2.働きたくないでゴザル!

 時をさかのぼること数か月、平凡な高校生の玲司は東京の自宅で進路調査の紙を前にしてうなっていた。


「進路って言ってもなぁ……、はぁぁぁ……」


 玲司は渋い顔でベッドにダイブした。


 大学受験するにしても、どの大学のどの学部に行ったらいいのか皆目見当がつかない。パンフレットを取り寄せてみたものの、みんなキラキラした写真でいい事しか書いてないのだ。当たり前だが全くピンとこない。


 そんな状態で朝から晩まで受験勉強するなんて、到底やる気は続かないに決まってる。それに、大学に入ったら就活、その後はサラリーマン、どこまでも希望が見えない。


 はぁぁぁ……。


 一生楽して面白おかしく暮らしたい。ただそれだけなのに社会は残酷に厳しい選択を迫る。


「ここまで時代が進歩してるんだからベーシックインカムでいいんじゃねーの? 毎月国が三十万振り込んでくれよ!」


 玲司はそうわめくと両手をバッと広げた。




 ガチャリ。


 ドアが開き、あきれ顔のパパが入ってくる。


「何をぬるいこと言ってんだお前は……」


「働きたくないでゴザル! 働きたくないでゴザル!」


 玲司は足をバタつかせながら答える。


 ふぅと大きく息をつくとパパは言った。


「まぁ確かに今の時代を生き抜くのは大変だ。大企業に入ったからと言って安泰でもないし、日本そのものが消滅するとイーロンマスクですら警告してるくらいだ」


「へっ!? 日本消滅!?」


「だって、日本人子供産まないからね。消えるのは確定してるし、人口減が経済に与えるダメージは大きいんだ。お前が生きているうちには日本円が無くなるかもしれんよ」


「はぁっ!? なんて時代に産んでくれちゃってんだよ!」


 玲司はウンザリとした顔をして毛布に潜った。


「まぁ、それもまた運命だ。頑張って生き抜きなさい。戦争してないだけマシだ」


「はぁ……」


 毛布をかぶったまま玲司は深くため息をついた。


 パパは机の上の進路調査の紙をチラッと見て、


「パパはいつでも相談に乗るぞ。自分なりに考えてみなさい。じゃっ!」


 そう言いながら手を上げ、出ていこうとする。


「ちょ、ちょっと待って! 俺、何になったらいいのかな?」


 パパは振り返ると大きくため息をつき、あきれ顔で言った。


「バーカ、それを自分で考えるのも大切なことだぞ」


「いや、ホント、何にもアイディアないんだよね。なんか楽して稼げる方法ない?」


「基準が『楽』かよ、はぁ……。まぁ、高校生だもんな。うーん、そうだな。今後の社会で必須の職種が一つだけある」


「それそれ! そういうのだよ! なになに?」


「AIエンジニアさ。これからの社会はAIが動かすんだからAIを適切に設定できる人は引っ張りだこだぞ」


「え――――、AI……。俺、数学不得意なんだよね……」


「AIを設定するくらいなら数学などいらんぞ。数学が要るのはAIそのものを開発する研究者だ」


「本当? だったらそれ、AIエンジニアになるよ!」


 玲司はノリで気楽に言う。


「あ、数学は要らないと言っても、ITの知識は要るんだぞ?」


「言葉には言霊が宿るから、『なる』と言い切れば何にだってなれるってパパ言ってたじゃん」


「言霊……。そう、言葉には力があるからな。断言すれば実現する……。とは言えなぁ。うーん、そしたら、会社で余ってるAIのガジェット持ってくるから、まずは遊ぶところから……だな」


「やったぁ!」


 玲司は、自分がとんでもない未来を選んでしまったことなど気が付くはずもなく、能天気に笑っていた。




        ◇




 翌日、パパが各社のAIスピーカーをカバンいっぱいに詰めて玲司のところへとやってきた。


「ほい、まずはいじり倒せ」


 そう言いながら机の上に次々と並べていく。形はみんな円筒っぽいが、布っぽい質感のグレーだったり、黒い金属の茶筒みたいなものだったり、黄色いひよこの絵が描かれていたりと多彩だった。


 玲司はさっそくいくつか手に取って眺めてみるが、これがAIと言われてもピンとこない。


「これ、どうやって……、使うの?」


 困惑する玲司。


「オッケーグルグル! 元気のいい音楽かけてよ!」


 パパが叫ぶと、AIスピーカーの一つからアップテンポな洋楽が流れ出す。


「おぉ! すごい!」


 玲司は目をキラキラさせながらそのAIスピーカーを持ち上げるとそっと撫でた。言うことを聞いてくれる魔法の円筒、それは玲司の未来を明るく照らしてくれる道しるべになってくれるに違いない。


「こんな感じさ。各社それぞれ得意分野が違うからいろいろやってごらん」


「おぉし! やったるでー!」


 玲司は自分の将来の方向性が見えた気がして、思わずガッツポーズを決めた。


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