第23話 ぼくのしもべ

『彼らを従僕にしたまえ……正確には、從魔にだがね』


「は、はぁ?」


『シルキー』


 きっとシルキーを睨み付けるソフィ様。

 ひぃ~、と間延びした調子でシルキーは悲鳴を上げて、


「パンパカパ~ン♪ フィルは《意思を示せ!》《我に従え!》《真価を解き放て!》を取得した~、おめでと~、おめでと~~、おめでと~」


「あっ、ありがと~」


 パチパチパチっ。

 ニッケルトンさんたちから乾いた拍手が送られる。


『さっそくスキルの説明を見てみるいい』


 ソフィ様はどやって感じでそう言った。

 とりあえず英雄辞典を開く。


 ――――――――――――――――――――


 契約者:フィルメル・メイクイーン

 性別 :男

 種族 :人間

 年齢 :14歳

 クラス:村人

 レベル:11→15


【ちから】  :15→18+15

【たいりょく】:10→12

【すばやさ】 :15→18

【かしこさ】 :11

【きようさ】 :8→10+10

【まりょく】 :13→14

【うんめい】 :10→12


【さいだいHP】  :55→63

【さいだいスタミナ】:73→81+10

【さいだいMP】  :65→75


 ――――――――――――――――――――


 お? おおおおおっ! レベル上がってる~♪

 一気に『4』も! レッドキャップを倒したからかな? かな?


『なかなか上がり幅がいいね。優秀だ。ぼくのときは【かしこさ】しか上がらなかったからね。【うんめい】なんてレベル「1」のころからさっぱり上がらなかったしね』


「【うんめい】ってどんな効果があるんですか?」


『識者によると「望む結果を引き当てる力」だそうだ』


「ど、どういう意味ですか?」


『さてね。ぼくは【うんめい】の数値が上がらなかったから、どういった効果があったのか、実感することさえなかったからね。それより早くぼくの名前を指ちょんしたまえ』


 新しく増えた『魔物学者ソフィ』の項目を指ちょんしてみた。


 ――――――――――――――――――


『魔物学者ソフィ』


《意思を示せ!》★☆※

《我に従え!》 ★☆☆☆☆

《真価を示せ!》★☆☆


 ――――――――――――――――――


「スキル名が独特ですね」


『回りくどいのは嫌いなんだ』


 まずは《意思を示せ!》をちょん、と。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――


 《意思を示せ!》


 説明:

 意味なき音などない。かつて妖精に魅入られた少女は意味なき音に意味を与え、声なき意味に声を与えた。それは、かの天空の塔が古に行った悪逆とは真逆の行い。統一された意思はいつか神々への反旗となるか、それとも安寧の黄昏を約束するものか。もっとも、創造神にとってはそれさえ楽しみのひとつであったが。


 効果:

   ★:魔族共通言語を用いて魔族と会話できるようにある。

  ★☆:魔獣共通言語を用いて魔獣と会話できるようになる。

 ★☆※:魔植物共通言語を用いて魔植物と会話できるようになる。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


「『※』ってなんですか?」


『未実装だ。なにせ、研究途中でぼくが死んでしまったからね。でも、こうして解放して貰って、また研究が続けられるから、そのうち実装されるかもね』


 今度は《我に従え!》をちょん、と。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


 《我に従え!》


 説明:

 死出の旅にも等しい彼女の歩みに多くのものが付き従った。百鬼夜行であるかのようなその行進に、勇者は臆病者となって逃げ惑い、賢者は愚者となって方便を垂れ流す。故に、誰ひとりとして知り得ることはない。そこに従僕の誓いなどひとつもないことを。


 効果:同意がある場合、レベル差に関係なくしもべにできる。


     ★:同意がなくても自分よりもずっとレベルの低い魔物をしもべにできる。

    ★☆:同意がなくても自分よりも低いレベルの魔物をしもべにできる。

   ★☆☆:同意がなくても自分と同じレベルの魔物をしもべにできる。

  ★☆☆☆:同意がなくても自分よりも少しレベルの高い魔物をしもべにできる。

 ★☆☆☆☆:同意がなくても自分よりもレベルの高い魔物をしもべにできる。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――


「いまいち、凄さがわかりませんが?」


『この破格の性能がわからんとは……豚に金貨だな、まさに』


 ふん、と鼻で笑うソフィ様。……しっ、失敬な!


『論より証拠、まずは檻の中の彼らと交渉してしもべになって貰うと良い』


「《真価を示せ!》はいいんですか?」


『それの説明のためにもだ。こんなチャンスは滅多にないから慎重にな』


 ……どういう意味?

 まあとりあえず、


「こんちわ~」


 サムライコボルトに話しかけてみた。


「あっ、普通に人語でしゃべって――」


『ちわっ! ちわっ!』


 なっ、なんと……コボルトが人語をしゃべっている!?


『スキル習得時点で勝手に魔族言語は人語に変換されるから問題はないよ』


「そ、そうなんですか~……ちなみに、なんですけどぉ」


『なにかね?』


「どうしてニッケルトンさんたちはぼくを可哀想な人を見るような目で見ているのでしょうか?」


『そりゃコボルトに向かって突然「ばぁうばぁう」言い出したからだろ?』


 当然のようにソフィ様は言うけど、……え~、まじか……ニッケルトンさんたちにはぼくの言葉がそう聞こえるのかい! そりゃ可哀想な人を見る目をするわけだ。トホホ。


『気にするな。偉業の始まりはよく嘲笑で迎えられたものさ』


「そんな大それたものじゃないですけどね……」


『グズグズ言わない! さあ交渉の時間だ。まずは相手の願望を聞いてみたまえ!』


「願望、ですか……」


 サムライコボルトをまじまじと見る。

 ……犬、というか狼っぽい顔立ち。

 でも、舌を出して、はっはっは、と速い呼吸を繰り返しながら、尻尾をぶん回しているあたり、まさに犬って感じ。こんなのとどう交渉しろというのか? 無理っぽ。


『俺、ここから出る、出たい。出れるならなんでもする。ダンジョンの餌は、嫌、嫌だ』


「――え?」


 まだ聞いてもいないのに突然そう切り出してきた。

 これにのっからない手はないけど……ちょろすぎない?


「ぼくのしもべになるならここから出してやってもいい」


 調子に乗ったぼくのひと言に、コボルトが目を血走らせ、ぼくに噛みついてきた――


『いいぞ、いいぞ、俺、しもべ~♪」


 ――という想像は、まったくの杞憂だった。


「え? いいの?」


『しもべ~♪』


 いいっぽい。ちょろい犬だ。知らない人から餌貰ったらほいほいついてきそう。


『ほかのも試してみると良い』


 んじゃ、次はハーピーの鳥っ子。


『いいぞ♪ わたちもしもべ~♪』


 まだ何も言ってないんだけど、いいんかい!?

 まあいいや、最後に大猿っぽいトロール。


「君は――」


『約束、する』


「ん?」


『お前、俺たち、大事、する。なら、俺、お前、大事、する。いい、か?』


 犬や鳥より知能が高いのか、ちゃんと条件を提示してきた。


「もちろんだ。無茶な命令はしない」


『指切り』


 毛むくじゃらの小指を差し出してくる。

 こいつらにも『指切り』なんて文化があるんだな。

 ……意外と文明レベルは低くないのかも。


「指切りげんまん~」


『うそ、ついたら~』


「針千本の~ます」『尻から杭ぶっさ~して、串っ刺し』


 エグいは!! いや、針千本飲ますのも大概だけどね!?


『無事に意思確認できたようで何よりだ』


 喜色満面のソフィ様。


「まあ一応は……」


『次は英雄辞典を片手に持って、もう片方の手を従魔となる魔物に向けるんだ』


 やってみた。


『で、スキル名』


「《我に従え》!」


 ぐっ! 今気づいたけどこのポーズでこのセリフはちょっと……いや、かなり痛い!

 次やるときはもっと別のポーズで……おお? なんやかんや考えている間にコボルト、ハーピー、トロールが光を放ち、ぼくに……いや、英雄辞典に吸い込まれていく。


「こ、これは……」


 英雄辞典まで光り輝いて……あっ、消えた。


『英雄辞典を見てみると良い。君のスキル欄だ。《従魔》とあるだろ?』


「あります」


 指ちょんすると《従魔》の欄が広がり、広がって……広がっただけ? 


「空欄なんですけど……」


『まだ名付けていないからね』


「名付けないとダメなんですか? ぼく、そういうの苦手なんですけど……」


 黒猫に『クロ』、白猫なら『シロ』って名付けるレベル。悪くないとは思うけど、もうちょっと気の利いた名前を付けられればな~、といつも思うのだ。


『ぼくもあまり得意ではないな。シルキーはどう? 難しい本をたくさん読んでいたろ?』


「シルキーにお任せ~」


 シルキーは一匹ずつ、つぶさに見て回り、


「さび丸、ちゅるる、ざおー」


 むふっ、と満足げに鼻息を漏らした。


「なかなかいい。自画自賛」


『コボルトがさび丸、ハーピーがちゅるる、トロールがざおーかい?』


「そ」


『それでいいかい?』


 ソフィ様に問いかけられ、ぼくは頷いた。


「いいんじゃないですか?」


 少なくともぼくには思いつかない名前だ。それだけで特別感がある。


『では、決まりだ』


 ん? ジジジッって何か音が……ぬぉ! 英雄辞典の紙面に火ぃ! 火が! ――んんっ?! 火が何かを描き、あとに焦げ目が残る。これは……従魔の名前だ。 


 ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ。


 英雄辞典が燃えたかと思った。なんて人騒がせな字の書き方、……何の音?

 なんか……見たこともない子犬? がぼくの足にすり寄り、見たこともない小鳥? がぼくの肩に止まり、見たことないお猿さん? がぼくの前で頭を垂れるんだけど?

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