差し出された手のひら、つないだ右手の感触。
「……真美はどうして僕に交換日記のことを話さなかったんだ?」
突然、告げられた真美の秘密。
ヘルメットのインカムスピーカーに鳴り響く携帯の着信音で現実に引き戻される。
「……インカムは充電切れのはずだ!? なぜ電源が入っていないのに着信音が聴こえるんだ!!」
さっきまで妹の日葵と通話していたときには無意識にだろうか? 心の片隅に追いやっていたマイナスの感情が僕の胸から喉にかけて、どす黒い固まりのように湧き上がってきた。
よろよろと片手でヘルメット脇の応答スイッチを押した。
「日葵なのか……?」
「……」
電話の向こうの相手は無言のままだ。入るはずのないインカムの電源といい、僕は気味が悪くなってしまった。
「誰だ、お前は!! 日葵じゃないな?」
電話の相手に激しい口調で問いかける。電話越しに風切り音が聞こえた……。
まだ相手は答えない。激しい風の
ずっと押し黙ったまま、こちらからの問いかけに答えようともしない。
「おいっ!! いたずら電話につき合うほど、こっちは暇じゃないぞ!! 僕の大切な
今の僕はどうかしている。いたずら電話の相手に何をキレて話しているんだ……。
「わかったか!! もう電話を切るぞ!!」
ヘルメット脇に装着されたインカムのボタンに手を掛け、通話を切ろうとした。
「陽一お兄ちゃん、待って、切らないで……!!」
泣きじゃくりながら電話の相手が言葉を発した。
僕は思わず自分の耳を疑った。なぜならその声の相手は……。
「ま、真美なのか!?」
「うん……」
僕は彼女の声を聞いても、まったく現実感がわいてこなかった。
消し去った過去を僕がすべてを思い出したら彼女は消えてしまう……。
現実世界から遠ざかる真美、その姿を探しに必死の思いでトレーシーを走らせて、この場所までたどり着いたはずなのに!!
その反面、どうしても僕は
「本当に無事なのか!? いったいお前は……!!」
「ごめんなさい、陽一お兄ちゃんにすごく心配を掛けちゃったよね……」
本当に真美の声だ。良かった……。自分の身体から力が抜けていくのが感じられた。
「あのコンビニの前で、お前は何も言わず消えちまった……。僕にお願いをしたばかりじゃないか!! お兄ちゃんとずっと一緒にいたいってさ!!」
そうだ、あの状況ではまた彼女が消えてしまったとしか思えない。
「陽一お兄ちゃんを
僕を試すだって!? 真美は何を言ってるんだ。
「私なんか死んでも誰も心配してくれない……。だってお父さんも、お母さんも、真美がいなくなってから、もう新しい生活を始めていることぐらい知っているんだ!! どちらにも新しい家庭が出来て、もう私の帰る場所なんてどこにもないよ……」
真美の絞り出すような言葉に僕は思わず絶句してしまった……。
彼女の家族が現在どこに引っ越してどんな暮らしをしているか僕は知らない。
妹の日葵は真美に通話で聞かれるから僕に激昂していた状態であっても、あえて言わなかったんじゃないのか!?
あの近所の有名なおしゃべりおばさんの情報網なら微に入り細に入り真美の噂を知っていてもおかしくないだろう。
あの事件で僕の家族だけではなく真美の残された家族もマスコミや世間の好奇な視線にさらされたはずだ。
彼女が行方不明になってからすでに十年以上の月日が流れている。離婚した真美の父親、そして真美を引き取って暮らしていた母親、どちらも再婚して新しい家庭を築いていたとしても誰も責められないだろう。
いや、苦しい過去を完全に消したかったのは僕と同じなのかもしれない……。
これまでの僕だったらここでしっぽを巻いて逃げ出してしまっただろう。
だけど僕は母さんに誓ったんだ!! 絶対に真美を救い出すって……。
「馬鹿野郎!!」
思わず怒鳴ってしまった。電話越しの彼女が驚く様子がこちらまで伝わってきた。
「ごめんなさいっ……!!」
「僕がどれだけ心配したのか、お前はわかってんのかよ……!!」
「おにいちゃん、わ、わたし、は……」
真美の言葉は何を言ってるのか、
僕もいつの間にか涙を流していた。さまさまな感情が一度に押し寄せてくる。
自分の大切な人が目の前からいなくなる恐怖心と彼女が無事だった嬉しさ。
そしてやり場のない怒りの感情……。
「軽々しく死ぬなんて口にするなよ!! 誰も心配しないだって? 馬鹿だろ、お前!!」
「陽一お兄ちゃん、本当にごめんなさい!!」
彼女も呼吸が苦しくなるほど、電話越しで泣きじゃくっていた。
これじゃあ、あの公民館で真美がラジコンを壊した過去とまったく同じじゃないか……。
僕はこのルートを選択しないんじゃなかったのか!?
だけど僕は言わずにはいられなかった。
突き上がる衝動に胸の中の黒いもやが消え去っていく……。
夏の魔物の本当の正体、そうだ!! あのお
「たとえ世界中の他の人間が誰も心配しなくても、僕が全力で真美を心配するよ……」
僕はわかっていなかった。
あの満月の一夜、白い着物を着て現れた意味。その下に隠されていた真美の深い心の傷。
両親を離婚させた原因は自分にあると思い込んだまま、何年も生活してきたんだ。
そう、僕に教えてくれた、あの良かった探しを繰り返しながら……。
「陽一お兄ちゃんはやっぱりずるいよ……。ひまわりちゃんに怒ってもらわないと。
真美は優しくされることに昔から慣れていないから」
拗ねたときの彼女の定番のせりふだ。
ただし、その口調は優しいままだった……。
「これから迎えに行くよ、真美!!」
「うん!! 陽一お兄ちゃん、この場所で待っているから……」
すべての記憶を取り戻した僕には彼女の居場所はもう聞かなくてもわかっていた。夏の魔物と最後のケリをつける前に、僕にはやらなけれはならないことがある。
ライディングジャケットの胸元にあるポケットの中身を、僕は左手でまさぐった。そして指先に触れた物をしっかりと握りしめる。
僕の
次回に続く。
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