第41話 狼人国・コツァトルとの紛争、その顛末。

 ゼライアの街から馬で半日の距離。

 それほどの距離も離れていないが、そもそも敵も甚大な被害を受けているのだから問題はないと判断、宿営地キャンプを設置する。

 正式な装備は置き去りにしてきてしまったのだから、簡素な材料と、周囲の素材を利用した簡易的な物で野性味溢れる仕上がりなのだが、彼らの主はそれを大層お気に召している様子であった。


「がははははは、今回は本当に良くやられたものだなあ!!」


 野太い笑い声を撒き散らしながら、膝をばしばしと叩く狼王メイリスカラク。

 上半身を包帯でぐるぐる巻きにされて、どこから見ても重症患者であるはずだが、その元気は並みの健康者の比ではない。


「王よ、貴方様も胸を切り裂かれ肉を抉られている重症患者なのです、もう少し自覚を持っていただけないでしょうか」


 元帥ゲネルメノアは溜息交じりで諫言する。

 こんなバカげた諫言があって良いものだろうか。


「ふん、あれほど楽しい一時を過ごせたのだから、仕方あるまい。

 まさか、我々が総力を上げて侵攻してなお報復戦リベンジマッチが必要になるなど、想像もしておらなかったのだからな」


 そう言ってニヤリと笑うメイリスカラク。

 その悪戯小僧のような笑い方を見て、再び溜息をつきながら苦言するゲメルメノア。


「総力を上げて、ですか。

 確かに、本国の予備戦力は千程度、あとはアフア領の門番兵くらいですね」


 そう言って自身の主をジト目でめつける。

 もちろん、皮肉である。一国をまるまる留守にするような馬鹿な真似をする国王がどこにいるのだ、と。


「仕方がないだろう。皆、行きたがったのだから。

 こんな大軍で出られるような機会チャンスは、歴史的にもそうはない、そりゃ誰だって参加したいものなぁ!」


 そして史上最強の狼人戦士と謳われるその王は、面の皮も最強級。

 皮肉に思わず我が身をただす、ようなことは有りえないだろう。


「兵の再編は終わったか?」

「はい。ゼライアの街から帰還していない兵はおよそ八百ほど、それとは別にこれまでに死傷し直近の戦闘継続に耐えられない兵は約二百ほど。

 散っていた兵力は既に集合しており、九千は戦えます。

 死亡兵の収容、ならびに負傷兵の手当と収容は既に完了しております」


 その報告を聞いたメイリスカラクは、思わず口吻を吊り上げて嬉しそうな笑顔を見せる。当然だ、これでまた再び戦闘が始められるのだ。


 狼人兵九千。

 それは、ゼライアを、何であればユーハイツィア王国そのものを蹂躙するのに何ら不足はない規模の兵力であった。


***


 ゼライアの街。


 その街中は獣と狼人兵の死傷者で溢れかえり、ゼライアの名物であり誇りでもある由緒ある大通りは血で染め上げられていた。


 住民は既に避難を済ませており、閑散としている血染めの街の在り様は、まるで廃都市クオティアが滅亡したその日を切り取って拡大再現したかのよう。

 復旧を進める僕達は、街を歩き視察をしながら、同時に指示を出していかなければならないのだ。正確にはそれはアラフアさんを始め役人のお仕事であり、僕にはそんな義務はないのであるが、そこはそれ? 出来る人が出来ることをやらないとね、という雰囲気に従う。


「現在の負傷者の状況を教えてくれないか?」

「はぁい。先ほどの報告でぇ、いま把握しているのはぁ、アゼルピーナの死骸がおよそ三百八十二体でぇ、治療中のアゼルピーナはぁ八百十七体でぇす。

 それから確保した狼人兵の死体は百四十二人でぇ、治療中の狼人兵は四百十四人、治療不要の捕虜さんが二百七十五人、全部で八百三十一人でぇす」


 アラフアさんの問いかけに淀みなく答えるイリカさん。

 人間演算器は健在だ。


「狼人兵に抵抗や叛乱の兆候について報告は入っていないか?

 また、看護や警備の人間が、不満を持て余すような話は聞いていないだろうか?」

「全員助ける、という方針にはぁ、あっちこっちから、不満爆発でぇす。

 ですがぁ、狼人兵の方々は、皆さん大人しいと聞いてます。もし誰かが逃げたりぃ抵抗したりぃしたら、連帯責任で治療を止める、と脅したのが効いたみたいですねぇ」

「まったく、勝手に攻めてきて人の手下を殺して回った敵に仕返しもできないなんて信じられないよ」


 そう、基本的に協力関係にあるアゼルピーナだけでなく、狼人兵も救える命は徹底的に救う、という方針で動いている。

 これは人道的側面もあるが、戦略的側面もある。狼人の最大の弱点ウイークポイントは人口が増え辛いこと。出生率が悪いのだ。だから、助けられる命は助けたいはずで、後々の交渉にも生きる。

 特に、助けられる命は助けたよ! という事実は、交渉において一定の訴求力を持つはずだ。そうであって欲しい。

 そしてそれに不満を漏らす、ベルツィアさんの背で揺られるアルディナだが、隣にリオイナさんに乗ったオリアさんがいるせいか、機嫌はそれほど悪くはない。取りあえず文句を言っているだけのようだ。


「やれやれ、ゼライア兵が、自分達は戦闘では役に立たず、雑用ばかりだと嘆いていたぞ? 我々は雑用兵か、とな」

「まあ、戦死したら軽口を叩くことも出来なくなるわけですから、我慢しておいてもらいましょう」


 やれやれとアラフアさんも言っているが、僕の出した全救命の案の輪郭を理解したら、率先して関係者各位を説得してくれたのがアラフアさんなのだ。ついでに言うと僕の案に肉付けをして関係部署に通達し計画として昇華してくれたのもアラフアさん。そのおかげで、ゼライア兵八千が全力で雑用に邁進まいしんしてくれている。

 だから僕にできるのは、彼女の愚痴を聞くことくらいなのだ。


「ヒィズさん、狼人兵の方々って、本当に不満はなさそう?」

「はい、皆大人しいと聞いています。我々は狼人兵と戦いたくない、殺したくない、と伝えたら、穏やかになられていましたよ。

 ついでに新国家と共生の理想の話をしたら、かなり興味を持たれていましたよ」

「それはまた気が早いですね……」

 

 狼人兵については、人族の兵にだけ看護させると衝突や事故がありそうなので、狼人工房兵団の皆に間に入ってもらっている。なので、皆、大忙しの天手古舞のようだ。

 そんな皆との連絡役になってもらっているのがヒィズさん。そのヒィズさんの目から見ても、狼人兵は落ち着いて見えると言う。

 新国家の話をするとか、先走り過ぎているとは思うけど。


「アラフア様! 至急、お伝えしたいことがあります!」

「――! 来たか!」


 そこに伝令役の兵士が駆け込んできた。

 来るべき時が来た。第二回目の侵攻。

 もう、ゼライアに余力などない。

 街壁を駆け上がる敵、固定砲台を一撃で粉砕する敵相手に、どう防衛するというのか。


「ココロさぁん」


 一行に緊張が走る中、間延びした声が僕の名を呼ぶ。


「ココロさん、通心晶石の反応ですぅ。ヤキンツィアさんからのようですがぁ、どうしますかぁ?」


***


 夜間に獲物を狩ることができる狼の因子を持つ狼人は、人族よりも少ない光量で対象を視認することが可能。故に戦闘する際は夜討ち朝駆けも当たり前。

 前回は朝靄を裂いて薄明の下で侵攻を開始したが、今回は日中に陣を揃えて対陣することを選んだ。

 その理由は、ゼライアの街に残されているであろう多数の狼人兵のためだ。


 前回のゼライア攻略戦の時、ゼライアの街に閉じ込められた狼王軍は、王の危機ということで早急な撤収を求められた。

 この時、意識を失っていたり負傷によって自力で駆けられない者は、街中に残されている。彼らは各々の判断で街中に潜伏しているはずだ。


 ここで問題になってくるのが、暗所での視認性のこと。狼人は暗所でも敵を視認できるが、色はほとんど識別できない。いわばモノクロ画像であり、相手の細かい情報を得られないのだ。

 故に街中で遭遇戦が発生した場合に、街中に取り残され潜伏している狼兵を人族の兵と誤認しないとも限らない。これを防ぐには、色情報を確認可能な日中に行動するしかない、というわけだ。


 更に親衛隊の中から身の軽い者を選別して潜入させている。

 生きて捕虜になっているものいるだろうから、できるだけ救出することが目的だ。

 人道的観点というだけでなく、人口問題という切実な問題への対策。


 そう言った理由により、ゼライアの街から少し離れた場所に昼間から布陣していたのだが――


「お目通し頂き、恐悦至極に御座います」


 狼王メイリスカラクの眼前には作法に則りひざまずくゼライアからの使者が居た。

 狼人族に珍しい、美しい白銀色の髪をした少女。

 華奢で小柄な体に似合わず両の腕に狼鎖剣を嵌め、その佇まいに隙はない。


「つい先日会ったばかりだがな。

 貴様、エルバキアの娘だな?」


 アゼルピーナの力を借り、メイリスカラクの胸を切り裂いた少女。

 良くもまあ、使者の任に就く気になったものだ。


「罪を得て、既に家も国も追われた身です。

 私には親も故国もございません」


 少女は感情を込めずに言い切った。

 メイリスカラクは溜息をつきたくなる。

 自分の預かり知らぬところで横行している、王の名誉棄損に対する断罪。


 お蔭様で俺は狭量で残忍な王様、と呼ばれていることは知ってるよ、と心の中で呟く。もっとも、それくらいは自力で跳ねのけてこそ狼人族、とか思っているのでその習慣を止めさせるのにはあまり熱心ではない。そうと知って止めきれないのは己が怠慢か。


「罪をあがなおうとは思わなかったのか?

 貴様の白銀色の髪はコツァトルの建国王、その妃が持つ髪の色。貴重かつ羨望される色だ。

 その気になれば、貴様の罪過を知っていてもなお、貴様欲しさに力を貸そうと言うものおろうに」


 自身の持つ容姿もそれに影響力があれば立派なその者の力と考えるメイリスカラクは、折角の魅力ちからを行使しなかった理由に興味を覚えた。


「銀狼妃の伝承は良く存じ上げております。その希少性も。

 ですが私は己を差し出して他者の力を借りたいのでは御座いません。

 この世の片隅で小さく生きて行くことになろうとも、自分の心を大切にして生を終えたいのです」


 そう言い切る少女を見て、なるほどこれは類稀たぐいまれな頑固者だと得心する。


「そうか、わかった。

 話が逸れた、それではゼライアの使者の言葉を聞こうか」

「はい、それでは――」


 ラキアが言葉を発そうとしたその時、元帥ゲネルメノア自らが割って入り、緊急の連絡をメイリスカラクに伝えた。

 しばらくゲネルメノアの話を聞いていたメイリスカラクは次第に顔を険しくする。


「――やってくれたな。

 別室にて少し待て。状況を整理してから再び話そう」

 

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