第25話 登山!登山!目指すはデブラルーマの魔丘!
「ココロ、あんた、そんなへっぴり腰だと余計に危ないわよ……?」
「お、おぉっ、け、結構怖いんだよな、これが!」
薄い灰色をした、周囲の大狼達よりも体格が小さな狼。それが今、僕が騎乗している大狼、トビマル。
狼人達は、大狼と呼ばれる人が乗れるサイズの巨大な狼を相棒として、文字通り寝食を共にして、恐ろしいほど入念に世話をする。
大狼達に跨り背骨を傷めないように、馬用の鞍よりもよほど特殊な、肩甲骨と腰骨に圧をかけて背中には強い負荷がかからないような特殊な形状の鞍を作り、自分達で入念に整備するほどだ。
そんな狼達にとっての家族とも言える大狼。
前回のクオティア偵察で行動を共にした時にはメンデラツィア所属のフリー狼を貸してもらったのだが、今回の決闘に勝った僕達は一定以上の敬意を受け、その証として一人一頭の大狼を貰い受けた。
と言っても物を与えるほど単純に受け渡しをするわけではなく、互いの相性を見て決める訳だが……僕だけ誰からも選ばれなくて、泣きそうになったものだ。
そんな惨めだった僕を選んでくれたのが、このトビマル。
小柄で、ぴょんぴょん飛び跳ねるように駆ける、お茶目で心優しい男の子だ。
今もこの岩がごろごろしている灰色の丘陵で、危なっかしく自分の背中に乗る僕を時折振り向いては、円らな瞳を不安げにしながら見守ってくれている。
そんな僕にわざわざ乗り方を教えてくれるために隣についているのがラキア。
ラキア自身もあまり大狼の騎乗経験がないので、他人にまで教えられる余裕はないと最初は言われたのだけど、あまりに拙い僕の騎乗姿を見て、溜め息混じりに隣についてくれたのだ。ああ、幸せ……。
デブラルーマの魔丘。魔獣アゼルピーナの故郷。
僕たちは今、ヤキンツァ爺のナビゲーションに従い、この魔丘を登ろうとしていた。
なぜこのようなことをしているのか?
それは、あの決闘が終わった後の、今後の方針を話している時に決まった話だ。
***
「デブラルーマの魔丘に登ろう」
ヤキンツァ爺が唐突に提案してきた。
皆、一様に「え?」という顔をしている。
「現在の目先の課題は、廃都市クオティアの再生。
しかし、そもそも何故アゼルピーナ達がクオティアを目指すのかが分かっておらぬ。そこが問題じゃろう。
ならば、実際に行ってみるのが話が早い」
その話を聞いて僕たちは互いの目を見合わせた。
まあ、行けるものなら、行ってみた方が良いのかも知れない。
ただ、そもそもそんな、敵の本拠地みたいなところにのこのこと行ける気がしないため、発想そのものが無かったのだ。
「アゼルピーナ達は魔丘から湧いて出てくるんだぜ? そんなところに出向いたら、それこそ奴らに囲まれて終わりだろうよ」
アウスレータが怪訝な顔をして、当然の話をする。
しかしヤキンツァ爺は、その指摘はすでに想定済みのようだ。
「アゼルピーナ達が生まれる場所は決まっておるのじゃ。
魔丘の中腹。四つの方角に向けられた洞穴から這い出てくる。そしてそれらは魔丘の麓近くで成長を待ち、十分に育ってから森に降るのだ。
魔丘の洞穴付近以外は、アゼルピーナの森よりもむしろ安全じゃろう」
予想外の回答。
「何でそんなことを知っているの、ヤキンツァ爺?」
「儂は昔、調査で登ったことがあるからの、お手の物じゃ」
そう言って胸を反らしている。
だったら最初からそれを言ってくれ。
「アゼルピーナの中には高い知能を持ち、言語を操るものすら居る。
そう言った個体は滅多に森まで降りてこないので魔丘に生息するのであろう。
これらの動向には気を付けなくてはならないが、しかし何かをしているとしたら、こういった者達である可能性が高いじゃろう。
何もないことを確認するためにも、一度、魔丘を探索した方が良いと思うのじゃが、いかがかの?」
***
デブラルーマの魔丘を探査するのは、メンデラツィアの精鋭から選ばれたラキアを含む十人。それに好奇心旺盛なアラフアさん、彼女に従うパルテさん、僕にヒィズさんにイリカさん。これらがヤキンツァ爺さんの後を追って丘を登る。
既に魔丘の中腹ほどまでは登った。遠くに、洞穴の入り口と思しき黒い穴が見える。
ヤキンツァ爺の話によれば、あそこからアゼルピーナ達がわらわらと湧いて出てくるのかな? 周辺には、特に何もなさそうだけど……これは、無駄足だったか?
「――!」
ざわり、と周囲に緊張が走る。
ラキアと、その反対側の僕の隣に位置するヒィズさんの尻尾が逆立ち、耳がピンと立っている。緊張と警戒。皆、何かを感じ取っている。
「ここで何をしているんだい?」
この場に似つかわしくない、緊張感を欠いた幼げな声。
黒光りする獣毛に覆われた、しなやかな筋肉を纏う豹――黒豹のような獣、おそらくはアゼルピーナ、それに跨った小さな男の子。
年の頃は、小学生の上の方か、あるいは小柄な中学生くらいか? 青い服を着たその子は、金褐色の髪を靡かせ、人形のように整った顔立ちをこちらに向けてくる。
その子供を守るように、猿や鳥などのアゼルピーナが黒豹の脇を固める。
「――君は?」
警戒し沈黙している皆に代わり、思わず僕が問いかける。
「おいおい、ボクが先に聞いたんだよ? それをなんだい、そんな風に聞き返して。
でもまぁいいや。ここまで来たお客さんは初めてだしね。
ボクの名前は、アルディナ、と言うらしいよ。初めて使ったから、良く分からないけど。
それで、お前達の名前は? 何をしに来た?」
「僕の名前は、ココロ。回りの皆は、僕の友達だよ。
以前、下の方の街が無くなっちゃった原因を調べているんだ」
何というか、言葉の選択が難しい。
相手が得体が知れない、というのもあるけれど、そもそもどのレベルまで言葉が通じるのだろうか?小学生レベル?
僕達のことを『お客さん』と言う以上はこの辺に住んでいることが想定される。デブラルーマの魔丘に住んでいる、つまり一般常識がどの程度通じるのかが不明で、おまけに見た目が子供なのだから。
今のところ、会話の中で単語で詰まるだとか、話の流れが理解できないだとか、そいうった様子は見受けられない。そもそも、会話の運び方を見ていると、見た目通りの年齢の受け答えでもなさそうだし。
はてさて……
「儂らは麓の街から来た者じゃ。十年前、あの麓の街が、アゼルピーナにより襲撃されたことは知っておろう? それで、何故その事態が起こったのかが知りたい」
長い体を僕の首筋にくるんと巻き付けるヤキンツァ爺も、僕と少年の遣り取りを見て、会話に参加してくる。
僕が使ったよりも、もう少し言い回しを複雑にしている。それくらいの知性があると踏んだのだろう。
「……お前達は、あの街のことを知っているんだな。
なら、あの街にいた少女のことを知らないか?」
少女。
そう言われて思い出すのは、もちろん前回の調査で救助した少女。赤い服を着ていた。
よく見てみれば、少年の青い服とデザインが良く似ている。
――迂闊に答えられなくなった。
誰一人として声を発さず、沈黙が場を占める。
そんな僕達の様子に、
「何か知っているようだね。あの少女はボクの半身なんだ。教えて貰うよ」
そう言うと、彼が乗る黒豹が唸り始める。周囲のアゼルピーナも一斉に攻撃態勢に移る。それを見たこちらも、全員、臨戦態勢に移行した。
その時。
ピッ!
鋭い風切り音が響き、
パンッ!!
続けて軽やかな音が鳴り響き、白い煙が周囲に立ち込める。
僕がアウスレータに使った催涙弾と似たような効果か? アゼルピーナ達は一様に目や鼻を押さえ苦しみだす。
そこに、多数の馬が駆ける音が響き、下方から煙に向け騎馬の一団が突っ込んで行った!
「やめろ、何をする!?」
少年の声が響く。
騎馬の一団は、僕が使った防護マスクと同じようなものを装着しており、その白い煙の影響を受けていない。
(あの防護マスクは、僕がソルディナさんに言われて開発した物だけど――)
僕がソルディナさんの家から大学に通っていた時に散々開発に協力させられた様々な研究成果。実は前回の対アウスレータ戦で使った品々の幾つかはその成果だったりするのだが、その中の一つが謎の騎馬軍団の運用に取り込まれている。
つまりあの部隊はユーハイツィア王国軍、もっと言えばハディ王子の軍に間違いはないだろう。
あのハディ王子が少年を確保する。
あの少年が何者かは知らないが、碌な未来が待っていないのではないか。
僕は背嚢から防護マスクを取り出して装着し、トビマルから降りて近づいた。
白い煙は、どうやら霞むたびに新しく出しているようで、一向に薄れる気配がない。その内側はと言うと、アゼルピーナが苦しみながら抗う声が断続的に聞こえる。
(ココロ君、どうするつもりだ?)
僕と同じく防護マスクを装着したアラフアさんが隣に来て身を潜める。
(あれ、ハディ王子達ですよね。
ここであの少年を拐かされると嫌な想像しかできませんが、僕達の立場を考えると王子を敵に回したくないしで、さてどうしたものでしょうか?)
心の中にあるわだかまりを素直に出してみる。
(狼人の私なら大丈夫ですね!)
(ばれないように、妨害すればぁ、いいですかねぇ)
え?
いつの間にかマスクを装着したヒィズさんとイリカさんが何やら危険な囁きを!?
止める間もなく、すたたっと駆けだすヒィズさん。
そのまま少年を確保しようとしている騎士たちに向かい、狼鎖剣を放つ。
「うぉっ!?」
アゼルピーナからの攻撃を想定していたであろう騎士達は、視界の悪い中で急に飛んできた攻撃になんとか反応するが、少年は取り逃してしまう。
慌ててヒィズさん達に対する騎士と、少年を追う騎士とに咄嗟に
乱入してきた騎士達を攪乱した彼女達は正体がバレないうちに撤収。なんと鮮やかな手腕。僕は茫然と見ているだけだった。
(やれやれ、私達は出る幕がなかったな。
しかしあれだけ見事に対応できるとは、いいチームだな)
いつの間にか防護マスクを外して素顔に戻っていたアラフアさんが悪戯っぽく笑う。この人は、こう悪だくみをしている時が一番生き生きして見えるのは何故だろうか。
イリカさんが大きく杖を振るう。
それを繰り返しているうちに、丘陵を撫でるように大気が動き出し、やがて風となって斜面を滑り降りて行く。徐々に強まる風は白い煙を靡かせ、やがて洗い流した。
クリアになった視界に映るのは、少年を守るように陣を敷くアゼルピーナの群れと、それに対峙する騎馬集団。
「おぉ、ハディ王子ではないですか!」
「何を言っているのですが、アラフアならば最初から分かっていたでしょうに」
少し渋い表情をした王子に、爽やかな笑顔で応じるアラフアさん。
あれ、たぶん、演技じゃない。
「あの少年は何者なのですか?」
王子の嫌そうな顔にはお構いなしに問いかけるアラフアさん。
「――さすがに、貴女に対してもそれは言えませんよ」
何だかんだでアラフアさんに対して脇が甘い王子でも、色よい返事は頂けない。
極上の笑顔を貼り付けたまま、さらに言い募ろうとするアラフアさんだが――
空気が変わった。
何がどう変わったか、それは分からないが、場の緊張感が一気に最高にまで高まる。
アウスレータも、ラキアも、アラフアさんも。
僕らだけではなくハディ王子達騎馬軍団も。そして、アゼルピーナの集団も。
皆、一様に同じ方向、小高い丘の方向を見遣る。
音もなく現れた軍団。
一様に漆黒の大狼に騎乗した精悍な狼人の軍勢。
その先頭には一際大きな影、長身で均整の取れた体躯を持つ、明らかに他の狼よりも一回り大きな大狼に跨る武人風の狼人。
先ほどまでは存在しなかったはずのそれらが、圧倒的な存在感で僕らを見下ろしている。
「――ゲメルメノア元帥と狼王親衛隊!?」
沈黙を強制されたデブラルーマの丘に、ラキアの悲鳴に似た声が響き渡った。
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