渡良瀬遊水地(二)

「俺も予断に囚われているな、と思ってしまったので。不快になられたのなら、すいません」

 青田さんは、私の質問に眉を寄せるの止めて――“愁眉を開く”とか言うんだっけ――まず謝ってくれた。

「例えば、神田さんの行動に違和感を感じる。何か不審なものがある。そういった解釈は、それはそれである程度の説得力があるように感じます」

 そのまま、青田さんは自分の考え方を披露してくれた。「推理」と呼んでも良いものなのだろうか?

「ですが、サークルに馴染むために積極的に動いた。これはこれで説得力があるように思います。そうなると最初の考え方自体が予断に囚われたものなのでは? といういう……俺の感触としては自嘲に近いですね」

「そういうことですか……」

「この際だから、ついでに確認しておきましょう。今現在の月苗さんの感触では、神田さんはこういう場合積極的に動く性格なんでしょうか? もっと限定すればサークルの運営に積極的に関わるとタイプなのかどうか」

 そう尋ねられると私としては首を横に振るしかない。和夫さんは、そこまで積極的な性格では無い様に思えるからだ。しかしそうなると……

「……何かおかしい、って事になるんですね」

「それもまた早計のきらいがあります」

 早計――って何だか滅多に聞かないような言葉遣いだ。言ってしまえば本の中でしか、お目にかからないような。

 それでもそんな言葉遣いが、青田さんには妙に似合っているような気もする。そしてその印象を後押しするように青田さんの背筋がさらにピンと伸びた。

「俺が示した二通りしか解釈が成り立たないわけではありませんから。理由を探してゆくなら、他にも色々と思いつくもがありますし」

「絞りきれないってことですね。……それは、私が満足に思い出せないからなんでしょうか?」

「いや、さすがにこれほど前の記憶では――むしろ俺は自分の不甲斐なさに戸惑うものがあります」

「そう……なんですか?」

「ええ。たびたび月苗さんのお話を遮ってしまっている」

「でも、それは仕方のない部分もあるでしょう? 私自身もあやふやな部分があるし、青田さんにフォローしていただいた方が助かります」

 それはお世辞でも何でもなく、私の本心だった。青田さんに相談することが決まって、私も記憶を整理していたのだけれど、出会いの頃から説明しなければならなくなる事態は想定していなかったからだ。

 それは私がこの話を手短にまとめようとしていた思いの表れだったのかもしれない。だが始まりを考えるなら、やはり「たまゆら」に和夫さんが現れたところから説明するべきだったのだろう。

 何しろ今、私は和夫さんに違和感――いや、それ以上のモヤモヤを抱え込んでいる。

「では、お言葉に甘えてこのペースで続けましょうか。と言っても、次は実際に渡良瀬に赴いたときのお話になりますか?」

「は、はい。そうなりますね。後は、渡良瀬遊水地に行くまで、結局部室でダベっていただけですから。計画と言ってもルート検索すれば済むような話ですし。後はそれぞれ……あ、そうでした。他のメンバーは――」

「必要になった時に、俺がお名前を尋ねることにしましょう。そうですね。参加者は何人だったかぐらいは確認しましょうか」

「ええと、部長の村瀬さんがいて……十三人ですね。私と和夫さん含めて」

「それはサークルの半分ぐらい?」

「あ、いえ……全員ですね」

 正確に言うと全員じゃないんだけど、他は幽霊部員で今も幽霊状態だから、まず私が誰が誰なのかわからない。数えなくても良いと思う。

 それでこの旅行に「全員」が揃ったのは、追い出しコンパも兼ねてしまったからだ。コンパが始まる時間からの参加も当然“有り”だったのだけど、蓋を開けてみれば全員参加。

 和夫さんが提案してから、実際に旅行に行くまで余裕があったことで、そういうことになってしまったわけだ――理由を探すのなら。

 なるほど、色んな事に理由は付けられるものらしい。

「それが多いのか少ないのかは、俺にはわかりませんね。車で向かったんですか?」

「いえ、電車で。それほど手間でもないですし、近くに付いてからタクシー使うことも考えてました」

 実際は最寄りの駅に向かう帰りだけ使った。

 青田さんは、なるほど、とばかりに頷いていたがさほど興味はなさそうだ。

 いや、何か聞きたいことがあるのかもしれない。頷くまでに少しだけ間が合ったような……とにかく話を先に進めよう。

「それで日帰りですからさほど荷物も大きくないですし、青天だったので、ただ着ぶくれしただけですね。スマホの電池が切れそうになるぐらいが問題と言えば問題ですかね」

「ああ、気温が低くなると……」

「でもそれも、向かうまでにこれだけ余裕があると対策出来るものですから。撮影っていうほどのことはないんですけど『たまゆら』としての活動は滞りなく出来ました」

 そうやって説明していく内に、新たな違和感が湧き上がっているのを感じた。

 いや、単純に思い出したと言うべきなんだろう。多分、和夫さんは熱気球のことは知らなかったのではないか?

 途中から、渡良瀬遊水地への旅行については、村瀬さんや檜木さんが主体になって計画を練っていたんじゃないだろうか?

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