巨人の町のパワーノーツ

三宅 蘭二朗

第1話 こいつを頭に持ってけ

 ああ、遊びたい。

 ゴミの山で唐突に目覚めた。むくりと起き上がったのは、頭部以外は完璧に揃った規格外の大型全身鎧だった。汚れた玩具やら食品缶詰やらを跳ね除けて、月曜日の朝を迎えた学生よろしく、大きな体躯を伸び上げた。


「マーちゃん、お腹空いたヨ。マーちゃん、お腹空いたヨ」


 跳ね除けられた拍子に、頭髪が汚れともつれでドレッドヘアと化した女児用の人形が、舌足らずな口調でしゃべった。付与されたおしゃべり能力は、ゴミになった今もまだしぶとく生きていた。

 マーちゃんを踏み潰しながら立ち上がった全身鎧は、頭部に違和感を覚えてそこを探った。ひと通り首から上の部分をまさぐり、ようやくあるべきところに頭がないことに気がついた。全身鎧は自分の頭部を探して、ゴミ溜めをさまよった。だが、ゴミの海とさえ呼べるような広大なゴミ捨て場である。落し物をしようものなら、一生かかっても見つかりそうにない。それは全身鎧の頭部といった比較的目立つようなものでも例外ではなかった。


「おおーいっ! そこのはぐれサーヴァント!」


 ガシャガシャとゴミを捨てる音に紛れて、ら行を巻き舌で発音する大声が響いた。全身鎧が振り返ると、積載量限界まで荷台を山盛りにした蒸気荷車がゴミを捨てていた。荷車の座席に座った男が、身を乗り出して全身鎧を見ている。

 ねじり鉢巻きと簡素な衣類。上着の背と胸には、長短十六本の集中線に囲まれた「す」の文字が描かれている。これは「す」が照る、すなわち、「捨てる」を意味する判じ物で、男は廃棄物処理業者だった。


「はぐれサーヴァントってボクのことですか?」


 全身鎧は無骨な金属の指で、存在しない頭部を指差した。


「ってやんでぇ! おめぇしかいねぇだろ。ったくよぉ、なくならねぇんだよなぁ、サーヴァントの不法投棄がよぉ」


 男は休憩がてら荷車から降り、両腕を振り上げて体を伸ばし、肩を叩いた。


「なるほど、ボクはサーヴァントだったんですね。どうりで頭がないのに不便がなく、体も金属めいていると思いました。ところで、サーヴァントって何ですか?」


 処理業者はベテランの喜劇俳優のような動きで、前につんのめった。


「んだよ、自分がサーヴァントだっつぅことも知らねぇし、サーヴァントそのものも知らねぇのかよ」


 全身鎧は申し訳なさそうにうなずいた。もっとも、頭部はなかったが。


「なんでぇ、おめぇ。ははぁん、さては出来立てほやほやで捨てられたクチだな」

「いや、ちょっと覚えてないんでわかりません」

「そうかい。サーヴァントっつぅのはよ、偉ぇ魔術師先生が人間に従事する労働力として作った疑似生命体のことよ」

「疑似生命体ですか」

「おうよ。屋敷で働く使用人だろ? 運転手だろ? 戦争に行く兵士だろ? 今じゃ、そこら中にサーヴァントがいやがんぜ。まぁ、そこら中はちと言い過ぎだけどな」


 業者の男は指を折りながら、例を挙げて説明した。


「じゃあ、ボクも何かの目的で作られたわけですね」

「そうなるな。おめぇのそのでけぇ体躯からすると、護衛用か、土木作業用じゃねぇかなぁ」


 男は全身鎧を見上げた。


「はぁ。どうなんでしょうね」

「どうなんでしょうねじゃねぇよ、バカヤロウ。俺がわかるわけねぇだろうが」


 男の荒っぽい口調に、全身鎧はない頭を垂れた。


「サーヴァントは生まれながらに使命感を持ってるって聞くからよ。おめぇ自身がどうしたいか、てめぇの胸に聞いてみろってんだよ」


 男の言葉を聞いて、全身鎧は自分に素直になってみた。男はその間に、腰にぶら下げた楕円の水筒から水をあおる。


「ただただ遊び回りたいですね」


 男は盛大に口に含んだ水を噴き出した。


「遊びてぇだとっ? 一体、おめぇは何のサーヴァントなんだよ!」

「知りませんって! 本当にボクは何も知らないんです!」


 男は水筒を片手に、全身鎧の周りをぐるぐると回った。青々としたあごを擦りながら、いぶかしげな目で探るように見る。全身鎧は居心地の悪さを感じた。

 男の顔が、急にしたり顔に変わった。


「ははぁん。さてはおめぇ、偽魂が外に出て他のモンにこもっちまったクチだな」

「え? ギコン? 何ですかそれは?」


 男は改めて水をあおり、転がっている穴の開いた樽を椅子代わりにして、もったいぶって答えた。


「いいか。サーヴァントってのはなぁ、まず魔術師先生が偽魂っていう作り物の魂を作るわけよ。で、それを具体っつぅ、いわゆる体になるものに入れ込んで作るわけだな。おめぇはやたらと遊びたいって気持ちが強ぇらしい。俺の見立てでは、おめぇの本質は人形やら玩具やらに紐づけされた偽魂だろう。それが捨てられたときにプツンと切れちまって、近くにあった具体になりそうなものに、入り込んじまったってわけだな」


 全身鎧は男の詳細な推理に唖然とした。


「何なんですか。おじさん、顔に似合わず、めちゃくちゃ詳しいじゃないですか」

「バカヤロウ! 一言余計なんだよ。言ったろうが、サーヴァントの不法投棄が多いって。おめぇみたいな本来の目的を果たせずにうろつくサーヴァントを野良サーヴァントっつってな。こいつが悪さをすることもあって、こちとら迷惑してんのよ。だから、俺たち業者も対処のためにちぃと勉強してるってぇわけだ。おめぇのようなケースはそんなに珍しいもんじゃねぇんだわ」


 男は前かがみになって膝の上に頬杖をついた。


「そうなんですか。っていうか、ボク、迷惑ですか?」


 全身鎧が問うと、男なりに気を遣っているのか、言い辛そうに口を開く。


「そりゃあ、ここで仕事している俺たちからすると、そんなでけぇ図体でウロチョロされたら迷惑にもならぁなぁ」

「そんな。ボクはこの世に生まれたことを噛み締めるように、ただ、目いっぱい遊び倒したいだけなのに……」


 全身鎧はない頭を抱えた。


「でも、迷惑はいけませんよね。おじさん。色々ありがとうございます。ボクはおじさんの迷惑にならないところに行って、遊び倒して来ます」

「おいおいおいおい。どこに行く気だよ。どこに行っても迷惑がかかるぞ」

「そんなことを言わないで下さいよ。ボクはただ、遊び相手になる人を探すだけです」


 引き留める男を無視して全身鎧は歩き出した。業者の男は、睨むように全身鎧を見詰め、何か思いついたように、膝を打ち、すっくと立ち上がった。


「ちぃと待てや。おめぇにいいものをやろう」


 呼び止められた全身鎧がいぶかしみながら待っていると、男は蒸気荷車の傍まで行って、何やら丸みのあるものを重そうに抱えて戻って来た。


「何ですか? それは」

「おめぇ、頭を探してたろうが。こんなゴミ山じゃ探し物は見つからねぇよ。だから、せめて代わりになるようなものを寄越してやろうと思ってな」


 全身鎧は男が地面に置いたものをまじまじと見やった。それは大人がひと抱えするくらいの大きさの、鏡餅のような瓢箪型の鉄器だった。

 所々が欠けており、至るところに錆が浮いている。道具と見るにはオンボロで、骨董品と見るには趣がない。状態さえよければあるいはと口惜しくなるような粗大ゴミだった。


鬼面風炉きめんぶろと揃いの切合釜きりあわせがまよ。湯を沸かす茶道具だな。元々は立派なもんだったんだろうが、こんだけボロいとただのゴミだ。それでも、頭の代わりくらいにはなるだろ。こいつを頭に持ってけ」

「これを頭に? 一体、どういう神経をしているんですか?」

「うるせぇ、バカヤロウ。ねぇよりゃマシだろうよ。さっさと持ってけ!」


 全身鎧は男に凄まれて、渋々、鬼面風炉切合釜を本来頭があるべきところへ乗せた。乗せてみると、大きさといい重さといい、意外なほどにしっくりときて、全身鎧は思いの外それを気に入った。


「おじさん、さっきは罵倒してすみません。これ、すごく気に入りました」

「ああ。別に礼はいらんぜ。どうせ、ゴミだし」

「じゃあ、ボクはこれで、遊んでくれる人を探してみます」

「おっと、待ちな。そう、あてどなくうろついてもしょうがねぇだろうよ。まずは役所に行ってみろい。おめぇみてぇな野良サーヴァントには何かと力になってくれる」


 男は北の方角を指差した。遠くに、空を貫くような巨大な樹が立っているのが見える。全身鎧はそんなものが立っていることを始めて知った。


「あんな巨大な樹があるんですね。初めて知りました」

「天空樹か。あそこまで行かなくていいぞ。ただ、あれを目印にして歩けば、迷わずに役所に辿りつけるだろう」

「わかりました。行ってみます。色々ありがとうございました」


 全身鎧はようやく手に入れた頭を下げ、男をそこに残して立ち去った。男は何とも言えない表情で、しばらくその大きな後ろ姿を見守っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る