第28話



お盆のお泊まり会以降も毎日欠かさず山田家へ通ってた。

その甲斐もあり、″いってらっしゃい″から″おかえりなさい″のキスまで出来る関係(但しほっぺ限定)へと進展させていた。

もっとその先へと期待していたが無情にも夏休みが終わりを告げ日常に戻ってしまった。


駄目元で山田家に住みたいと駄々を捏ねてみたが当然却下され今に至る。

ーーーつまりいつもの学生生活の再開だ。





早めに家を出た私は校舎裏の花壇へ行き古ぼけたベンチに座り読書をする。

休み明け初日でもこのルーティンを欠かさない。


もちろん本から視線を上げ前を向くとはじめさんが花の世話をしているのもいつもの光景。

唯一変わった事と言えば付き合い出した事による距離の取り方だろう。


もちろん秘密の交際だから校内ではしっかり注意を払っており少しでも私が距離を詰めれば即座に人一人分の空間を空けてはいるが、以前のような警戒した態度は無くなっている。

むしろ少し嬉しそうな空気さえ感じる。

会話だって笑顔は抑えているものの恋人同士のそれだ。

いつの間にか警戒心剥き出しニャンコはすっかりなりを潜め家猫さんになっていた。


っと、さぁそろそろ癒しのー時はお終いのようだ。

片付けを始めた姿に『お疲れ様』と声を掛け職員室へ向かう背中を見送ろうとしていると、なぜかはじめさんが急に振り返った。



「すまない。言い忘れていたが明日からここへ来てはダメだぞ。夏休み明けの今週はテスト週間で来週はテストになる。

教師としてここはしっかり線引きしたい。」



そう言われてしまえば頷くしかないだろう。

テスト週間中は教師のはじめさんと接触するのは憚れるので大人しく言う事を聞かなくてはならない。

いつもと変わらない日常とは言ったものの早朝の癒しタイムも2週に渡りお預けとなってしまった。

そしてもちろん土日に会う事も叶わないだろう。。。


その現実に早速心が折れそうになったがお泊まり会の時のことを思い出し、頑張ろうと決意する。




「分かったよ、我慢する。

ーーーだから、と言う訳じゃないけど、テストの点数が良かったらご褒美欲しいな。」




これぐらいの我が儘は許されるかなとお願いをしてみる。




「ゆづ、ん″ん″コホンッ、あー本郷がいつも以上に点数を良くするとなるとほぼ満点になるんだが、、。お前はどう考えてもうちの高校のレベル合ってないからな。

うーん、じゃあ主要5教科中3教科満点で何か一つ望みを叶えよう。

、、、但し、できる範囲内でだぞ。」




なかなか高い条件を提示してきたが、これぐらい目標が高くないと張り合いがないだろう。

それに会えない寂しさを忘れ勉強に没頭出来そうで寧ろ丁度良い。




「良いよ、主要の3教科を100点ね!約束したから忘れないでよ。

ふふふっ、出来る範囲内かぁ~、何をお願いしようかな~。」




「おいおい、まだ取れるか分からないのに凄い自信だな。うちの教師陣は少しクセがあるからいくら優秀でも満点が取りづらい問題を散りばめてるの知っているだろ?」



呆れたように言うはじめさんだが、もちろんその事も把握済みだ。それを踏まえても自信がある。

なんせ私は目標があると熱くなる性分である。この勝負は絶対に勝つ。




「ふふふっ、私の力を舐めちゃダメだよ。

私、やる時はやるからね。

ーーー覚悟しといて。」



そう私が言うと一瞬はじめさんがたじろいでいたが気にしない。

さあ今日から頑張ろう。

そう気合いを入れてるとはじめさんのハンカチが足下に落ちていることに気がついた。




「あっ、山田先生ハンカチ落ちたよ、ほらっ。」



拾いながらはじめさんに近づく。




「おっすまん、ありがとう。」




そうはじめさんが受け取ろうと出した手にハンカチを置きそのまま手を握り締める。




「落とさないようにしっかり持ってね・・・・。」



とウィンクをした。

私の突然の行動に驚いた様子だったが私が何をして欲しいか分かってくれたみたいだ。




「わ、分かった。ーーーしっかり持つな・・・。」




はじめさんも私の手をギュッと握りしめた後校舎へ向かって歩いていった。

よし、テスト週間前の充電はこれで完了かな。

手を振ってはじめさんを見送った。



はじめさんと別れた後少し時間を空けてからクラスへ向かう。

クラスメイトに挨拶し席に着けば、ただの一生徒に戻る。

その後のホームルームも無難に終え、体育館へ移り始業式が始まる。



校長先生の挨拶に始まり、式は滞りなく進行していく。

最後に産休に入る教師に代わり臨時で着任したと言う教師が紹介された後壇上に現れた。




「先程ご紹介に与りました、金森と申します。

これから勉学もさる事ながら、皆さんが楽しい、そして有意義な学校生活を送れるよう精一杯頑張りますので宜しくお願いします。」




そう語る金森先生が爽やかな笑顔を見せると、全校の女生徒がざわざわし出した。



(格好良くない?)

(顔面偏差値高っ!!)

(えぇーお姉様のが格好良いし。)

(やったー、うちのクラスの担当教科じゃん!!)

(うーんでも産休の佐藤先生の授業分かり易くて好きだったのになぁ。)

(イケメンなら何でもイイ。)



等々。



ツーブロックの髪を軽く横に流すスタイルで清潔感がある髪型。

パッチリ二重に甘いマスク。みんなが言うように金森先生は容姿が整っている。そう整っているのだろうが、、、何となく違和感を覚えた。うーんなんだろ?と一人小首を掲げていたその時、金森先生の視線が一瞬私を捉え止まったような気がした。

だがそのまま笑顔で全校生徒を見渡して居たので多分私の気のせいだったのだろう。



そしてその後、すぐに始業式が終わり教室に戻る。

次の時間で課題の提出を済ませると本日の日程は終了となった。




いつものように夕子と帰宅する。

地元の駅に着くとこのままお別れとなるのだが今回は私の家で勉強会をする事になった為家路も一緒だ。

歩きながらテスト範囲について話していると




「はぁ〜範囲広〜い。嫌だな〜。ゆづ葉先生、今回もよろしく〜。

ーーーっと、そうだ〜!そういえば聞こうと思ってたんだけどあの臨時教師ってゆづ葉の知り合いなの〜?」




突然話が金森先生へと切り替わった。

何を思って夕子がそう聞いてきたかは分からないが私が持っている答えは一つだ。




「いや初対面だよ、多分。見知った顔では無いし金森って言う名前にも覚えが無いし。どうしてそう思ったの?」




「うーん、ゆづ葉を見ていた気がしたんだよね〜。だから実は知り合いなのかな〜って。でも私の勘違いだった、、かな?」




私もその視線は気になっていたが夕子もそう感じたなら気の所為では無いのかもしれない。




「夕子もそう感じたんだね。私も目が合った気がしたけど、、、でもやっぱり金森先生の顔にいまいちピンと来ないんだよね。

もしかしたら私が金森先生の知り合いに似ていた、とか?」




そう思った事を言うと夕子は顎に手を当てながら何かを考えながら話す。




「そっか、ーーーゆづ葉の言う通り、かもね〜。

まぁうちの担当教科にはいないし、気にしないでもーーー。うーん。実は一目惚れ、とか?いや、でもあの視線がな〜ーーー」




納得のいって居ないような表情だったが、もうこの話は終わりとばかりに話題が変わる。




「ーーーそれはおいおいで良いとして。

で?ゆづ葉がいつも以上にテスト勉強をやる気になっている理由が知りたいんだけど、、教えてくれるよね〜??」




私の機微に何故が敏感な夕子が妙に張り切っている私を見逃すはずは無かった。




早々にはぐらかす事は諦めて朝はじめさんとした約束事を話をした。




「へぇ、じゃあ逢引きは二週間封印となって私との時間が増えるって訳だね〜!いいじゃない〜!!

朝も一緒に行こうよ〜、それで朝勉しよ!!」




逢引きって、、、あははっ。。

まぁ逢引き云々は置いといて。

いつになく夕子もテスト勉強に前向きなようで嬉しくなる。

これなら夕子も低空飛行から脱却出来るかもしれない。

このやる気を削がないよう、夕子の提案を受ける事にした。




「それはそうとーーーゆづ葉は賭けに勝ったらなんてお願いする気なの?」




あっ、その話し流されていなかったようだ。

若干そのお願い事が恥ずかしいので夕子の耳元でゴニョゴニョと小さい声で答える。

すると夕子が大笑いし出した。




「はははっはっはっ、くっくっくっ!!それがお願い事か!うん、いいんじゃない?認める認める!ふっふふっ。」




大笑いされて顔から火が出そうだ。




「うゔっ、ヒドイ、、。そこまで笑わなくても。。

夕子は憧れない?」



拗ねた口調で問えば、夕子はスンっと表情を真顔にし




「全然。」



と抑揚の無い声で答えた。

なんか悔しい。


なので後で夕子に実行しようと決めたのだった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




自宅にて有言実行。





「っ!!!ゆづ葉、、やめて!!!

ムリ、ムリ、恥ずかしい!!!ごめんなさい!」




そんな夕子の顔はさっきの私を遥かに超える赤さであった。

瞳は涙を溜め潤んでいる。




ふっ、、勝った。





こうして初日は勉強に身が入らなかったのは言うまでもない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る