第9話 彼女はそれと会話した (2)
「ねぇ、デートは?」
今日もまた最後に訪ねてきた少女は、御筆様に詰め寄っていた。しかしいつもとは違い、外に一緒に出ようと迫る少女を従者達は慌てて止めた。とんでもない、と少女の訪問をいつも煩わしそうに見ていた従者の一人が声を荒げた。だがそんなことで怯む少女ではない。
「仕事が終わって遊びに行くことの何が悪いのよ!あなた達も仕事が終わったなら家に帰りなさい!」
見かけより強い力でぐいぐいと押され従者達は部屋から追い出され、少女が扉を閉め鍵をかけた。従者たちは扉を叩きながら騒いでいる。
「私は大丈夫だから、彼女も少し話せば落ち着くだろう。」
落ち着いた声で御筆様が言うと、扉を叩く音は止んだ。
「初めからあなたが一言言えばよかったんじゃないの?」
眉間に皺を寄せ不満げな顔を向ける少女を見て、御筆様は思わず声を漏らして笑った。その顔は昨夜見た青年の顔だった。
「ティオ、デート行くんでしょ?」
「そうだね、行くまで君は許してくれなさそだ。」
仕方がないという口調をしながらも、ティオは嬉しそうに笑って立った。少女は彼の背後にある窓を開ける。
「扉から出たらあの人たちまたうるさそうだし、ついてきそうでしょ。ほらこっち。」
彼女は窓から身を乗り出してを誘う。だがこの部屋があるのは二階だ。
「危ないよ。大丈夫、私がちゃんと彼らに話はするから。」
「大丈夫大丈夫!ほら!」
少女が先に窓から飛び降りた。ティオは慌てて窓の外を覗き込むと、下にはクッションのようなものが用意されていた。青年が呆れた表情で少女の手をとって立たせている。
「ほら、あなたも!大丈夫痛くないから!」
少女は楽しそうにティオに手を振る。
「無理しないで。玄関から出てくるといい。」
なんでそんなやる気をなくすようなこと言うの、と少女は青年を叩いた。危ない、大丈夫、と言い合いをしている二人をティオは見つめる。そこに交わりたい、と思った事を自覚すると同時に、彼の体は宙に浮いていた。
すでに日は沈み、街灯が灯る中を帰宅する人たちが行き交っていた。いつぶりに見る光景だろうか、とティオはぼんやり眺める。
「まさか飛び降りるとは思わなかったよ。ハナが気にいるわけだ。」
右隣を歩く青年が呆れた顔をしている。ティオ自身も、自分が飛び降りたことにクッションに倒れ込んでから驚いた。
「ねぇ、なんでお兄さんまでいるの?デートなんだけど。」
左隣を歩く少女が不満げに言う。また言い合いが始まりそうな気配を感じ、ティオは少女を宥める。変装だと付けられた眼鏡のおかげか、誰もティオには声をかけてこなかった。
「ねぇ、お腹すいた。おすすめのお店とかない?私たち最近ここに来たからあまりわからないの。」
「しばらく来てなかったから僕もあまりわからないんだけど。」
「いつから御筆様なの?まさか生まれてすぐじゃないでしょ?」
「24歳から。父が亡くなる前に引き継いだんだ。」
今何歳なの、と少女は驚き、年下かと思ってました、と青年は敬語になった。二人の反応を面白がりながら、ふとティオは立ち止まり、一つの店を指差した。
少女はカウンターのメニューを目を輝かせながら眺めている。しばらく考えた後、ありすぎてわからない、と諦めティオに任せることにした。青年も任せたと彼の肩を叩く。ティオはいくつか自分が食べたことのあるメニューを注文し、初めて見たデザートパイも追加した。その様子に少女からは羨望の眼差しを向けられ、どこかくすぐったさを感じる。注文番号のプレートを受け取ると店内を移動し、空いている席に座った。
「これ置いてたら持って来てくれるの?」
商品を持った店員が見えるたびに注文番号のプレートを掲げる少女に、恥ずかしいからやめなさいと青年は注意する。
「こういうお店は来たことない?」
少女も青年も首を振る。彼らが旅してきた世界にはなかったシステムだ。つまらない街だと思っていたのにこんな面白いものがあったなんて、と少女は興奮して、またプレートを掲げる。今度は店員が笑いながらおまたせしました、と言って商品を運んでくれた。少女はすぐにパイに手を伸ばし、なにこれ美味しい、と一層目を輝かせた。
その日、彼らは若い子達がよく使うようなカジュアルな店でご飯を食べ、少し街をブラブラ歩いた。ほんの数時間のデートだったが、ティオには久しくなかった安らぎの時間だった。
「また明日。今度は二人でね。」
俺と二人でもいいですよ、と青年が少女の邪魔をする。怒る少女を眺め、二人に別れを言ってティオは屋敷に戻った。自分の部屋に入ると、徐々に現実に引き戻される感覚をおぼえる。椅子に座り、御筆に触れ、明日の参列を思い浮かべる。しかし、パイを頬張る少女の姿と、二人でねと言う彼女の言葉が、参列者達の姿をかき消す。
「どこがいいだろうか。」
少女が喜びそうな場所を記憶の中から引っ張り出しながらティオは悩んだ。
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