第4話 彼らは空にそれを見た(4)

 バラエルムの解体は、数日かけて行われた。その大きさからは想像できないが、バラエルムの体は非常に軽く、それでいて皮や髭は丈夫だった。その肉は食えるし、意外と美味いらしい。そして髭だけでなく様々な部位が有効に使えることがわかった。それが知れ渡るとまた多くの人が町を訪れるようになり、より一層島は賑わった。初めの捕獲を含めて、少女と青年は5頭のバラエルムが捕獲されるのを見た。少女はもう怒ることもできなくなっていた。この世界が受け入れてしまったことを、彼女が怒ったところでどうしようもない。


 しばらく滞在しているうちに、どの食材をどのように食べるのかわかるようになると、二人は自分達で調理するようになっていた。店では必ずと言っていいほどバラエルムの捕獲の話が耳に入る。それを聞くたびに少女が暗い顔をするのを青年は見たくなかった。食料の買い出しでも、町で新たな目玉商品として売られているバラエルムを見ると、少女は目を伏せ悲しそうにした。


 それはいつものように買い出しをしている時だった。街が薄暗くなり、雨が降り出した。前回の出現から少し間が空いていたこともあり、捕獲目的の者たちは急いで準備を始めた。久々の雨だなと青年が空を見上げると、バラエルムは何かを待つように島の上を旋回していた。いつもと様子が違う。青年はしばらくバラエルムを観察した。いつもなら島のことなど気にせず飛び去っているのに。その時、その目がしっかり島を見ていることに青年は気づいた。何が嫌な予感がした。

「今すぐここを離れる。」

 青年は少女の腕を掴み車に向かって走った。そして急いで乗り込むと、島からできるだけ離れるように車を走らせた。

「どうしたの?何があったの?」

 その時、バラエルムの鳴き声が響いた。しかしそれはあの悲しい声ではなく、力強い怒りのような声だった。そしてその声が止み一瞬の静寂の後、バラエルムはその大きな体で島を覆うように、自ら島に突っ込んだ。その様子を車を停めて呆然と見ている二人の近くで、あの老人も同じように島を見ていた。

「あなたはこうなることを知っていたのか?」

 尋ねる青年の方も見ず、老人は今目の前で起きたことをもう一度思い出すように目を閉じ震えていた。しかしそれは恐怖の類ではなく、興奮によるもののようだった。

「なんで知ってたのに言わなかったの!」

 摑みかかる少女に老人は抵抗せず、薄く笑う。

「言っただろう。奴らに言ったところで無駄なんだ。」


 老人は若い頃、遠い国のある商会に所属していた。希少な商品を扱っているとして有名だったその商会は、さらに名を馳せるためにどこも扱っていない物をと躍起になっていた。そこにどうやって手に入れたのか、ある男が半透明の糸をバラエルムの髭だと商会長に報告した。初めは信じず馬鹿にしていた商会長を含めた商会の者たちも、スペクウァに沈む様子を見た途端目の色を変えた。商会はすぐに国中でその糸の捜索をしたが、手に入ったのはごくわずかだった。捜索に嫌気がさした誰かが口にした。

「直接捕まえちまえば一気にたくさん手に入るのに。」

 商会はなんとかバラエルムを捕獲しようと、様々な伝手に連絡をとり交渉した。だがバラエルムに手を出したことのある者はおらず、あるいはそんなことはできないと断られるばかりだった。商会は躍起になり、自分達で調達した武器や道具を使いバラエルムの捕獲に乗り出した。

「これは誰も成し遂げられなかった栄誉ある狩りだ。バラエルムは間違いなく我々の繁栄に役に立つものだ。」

 莫大な報酬に怖いもの知らずの多くの人間が商会の計画に乗った。

 そして運命の捕獲の日。まだ若かった彼はバラエルムを捕らえることよりも、その姿を見ることに興味が湧き、少し離れた高台に登って見ていた。ドンッと音がすると、バラエルムの髭で包まれた砲弾がバラエルムを直撃した。当たったと沸いたその時、バラエルムは美しい鳴き声をあげたと同時に、彼らの頭上に降りかかった。そしてバラエルムは商会の人々を飲み込んでそのままスペクァの中に消えた。


「恐怖しか感じなかった。だが時間が経つと、もう一度あのバラエルムの声を聞きたくなった。君たちも聞いただろう。恐しくも美しい世界の果てまで響くようなあの声。」

 少女は拳を握って腕を振り上げたが、青年がそれを止めた。どうせ教えたところでやめやしなかったさ、人間は知らない災いには鈍感なんだ、と老人は笑う。


 少女は町を見たいと言った。見ないほうがいいかもしれないと青年は忠告したが、ちゃんと結末を見たいのだと少女は頑なだった。坂を上がると、立ち並んでいた出店が綺麗になくなっており、行き交う人は少なかった。端にあったおかげで幸い残っていた質屋に行くと、店主が無事で良かったと迎えてくれた。賑わっていた人々は言葉なく絶望し、遺された人々はやはり手を出してはいけなかったんだと震えていた。

 いくらか買い物を済ませた青年は、荷物をまとめて宿を出た。車に荷物を乗せていると、少女が何かの束を持って戻ってきた。

「バラエルムの皮だって。恐ろしいものだって燃やして処分してたの。だから残ってたお金で買い取ってきた。」

 もう一方の手に持った紙袋にはたくさんの花が入っている。

「還してあげるの。」

 初めに捕獲されたバラエルムが消えたあたりに着くと、少女は花をバラエルムの皮で包み、それをそっと水面に置いた。それはゆっくりと沈み、スペクウァの中に消えていった。

 買い取った皮全てを還し終わり少女が車に戻ると、青年は車を走らせた。少女は目を瞑り、バラエルムの空を飛ぶ姿と悲しい声を思い出す。その時、美しい歌声のような声が聞こえたかと思うと、激しく水しぶきが上がる音がした。驚いて目を開くと、スペクウァからバラエルムが飛び出してきた。キラキラした水飛沫の眩しさに思わず目を瞑る。


 次に目を開けた時、そこにはもうあの鏡のような水面は無かった。

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