第10話 「おーい」
「凪沙」
「……」
凪沙が洗面所から帰ってきてから、ずっとこんな状態だ。
俺が呼んでも全く返事がない。それどころか目すら合わせてくれない。凪沙の目を覗き込もうとしても、ぷいっと横に目をそらされる。
あぁ、さらに気まずくしてしまった気がしてならない。
俺の過去の告白に対して、凪沙はいつもの調子で「私のこと好きだったんだねぇ。」とか言って、からかってくるのかと思っていたが、想像とは真逆の反応をされては俺も困る。
凪沙に対して悪いことをしたという自覚はあるので、からかわせてあげようという気遣いが無駄になってしまった。
「おーい」
「ふんっ」
目を合わせないために顔を横に曲げるスピードが、ギネスに認定されそうなくらい速い。ここまで避けられるとちょっと、いや、かなり傷つく。
「そろそろ返事してくんね?」
俺がそう言うと──
「……だ、だって、こ、告白されたんだよ? 私、今告白されたんだよ?」
やっと口を開いてくれたと思えば、少し事実をねじ曲げられていたので、訂正しておく。
「あれは過去の話だぞ? 今じゃねぇよ」
「はにゃ?」
口に出して「はにゃ?」って言う人間を初めて見たかもしれない。
ちょっと古い気もするが、あまり言及しないでおこう。
「だから、小学生の頃の話だ。俺がその、まぁ、好きだったのは」
「え? 今は?」
「今はちげぇよ。嫌いじゃないけど。友達? 幼馴染? 同居人? 人間としては好きだな」
凪沙に対する恋愛感情は過去に置いてきた。今あるのは人間としての好意だけだ。
凪沙があんなにも動揺していたのは、今告白されたと勘違いしていた説が濃厚なようだ。
少し間が空き、自分の勘違いに気づいた頃には、同居人の顔はタコのように真っ赤に染まっていた。
「……バカ!!!!!!!!!!!!!」
渾身の罵倒を受けた。
凪沙は残っていたご飯をかきこみ、食べ終わった瞬間に自分の部屋に帰っていった。
嵐のように去っていった凪沙を俺は目で追うことしかできなかった。きっと俺が言い返したとしても、不毛なやりとりが続くことが目に見えていたからだ。
少し大人になった自分を褒めてあげたい。
凪沙と一緒に住むというのは、罵倒と隣り合わせであることに気づいたのであった。
「おはよ」
「おはよー」
一夜明けると、凪沙の様子は特に変わったところはなく、普段通りだった。
昨夜の最後の言葉が罵倒だったので、朝からアスパラ丼とか食わされるのではないかとビビっていたが、普通の朝ごはんが並んでおり安堵の息を漏らした。
安定の美味しさで、今日も一日頑張る元気をチャージすることができた。
昨日学んだこととして、学校での発言には気をつけよう。いつ、どこで、凪沙が聞いているかわからない。誰かから経由して凪沙の耳に届くかもしれない。
不用意な発言はしないようにしないとな……。そんなことを考えながら、今日も学校に向かうことにした。
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