第2話 織木さんのアグリコラ

いざ、決戦

 いよいよ日曜日がやって来た。月曜日のアレからずっと、私は寝る間も惜しんでアグリコラの研究に努めてきた。さすがに成績落ちたらまずいかなと思って勉強の時間だけは別に確保したけど、集中力の配分で言えば、学校の勉強に使う10倍ぐらいはアグリコラで勝つための努力に費やしたと思う。それでも時間は全然足りなかったけど、やれるだけのことはやった。石積君の家のアグリコラが、リバイズドの基本セットだけで本当に良かったと思う。もし拡張入りだったらカードの量が膨大過ぎて、効果を覚えることもままならなかった。


 あ、リバイズドというのは、バランスが再調整された改訂バージョンのことね。最初に出た古いバージョンのアグリコラはもう入手困難で、ネットで調べてみたらプレミア価格でとんでもない値段が付けられてた。いやー、あれはびっくりしたわ。ついこの前まで全然知らなかったけど、ボードゲームの世界ではアグリコラって、すごい人気のあるゲームなんだね。


 というわけで私は現在、決戦の地である石積家に自転車で向かっている真っ最中。今日の服装は、Tシャツにジーンズという超適当だけど動きやすい感じにしてみた。ボードゲームやるのに動きやすい服装かどうかなんて関係ないんじゃない?と思うかもしれないけど、アグリコラはかなりの長時間を要するゲーム。つまりずっと座りっぱなしってこと。そんな風に同じ姿勢で居続けるのは当然体に負担がかかるから、一口に『座る』といっても無意識のうちに頻繁に姿勢を変えることになる。ならば、動きやすい服装であるに越したことはないのだよ。どうせ見せる相手なんて石積君と甘菜ちゃんだけなんだし、気合を入れるのはアグリコラだけで十分、というわけ。


 さほどの時間もかからずに石積君の家に到着し、自転車を乗り入れる。インターホンを押して「ごめんくださーい」と一言。気分的には「たのもーう!」だったんだけど、さすがにそれは自重した。程なくして、石積君が玄関の戸を開けて顔を見せる。


「いらっしゃい、織木さん、上がっていいよ」

「お邪魔しまーす」


 お。今日は石積君の靴も揃えてある、と思ったけど、たぶん自分で揃えたんじゃないんだろうな。家族の誰かがやったっぽい気がする。


「織木さん、今日はポニーテールなんだね」

「うん。髪下ろしてるとアグリコラするときにうざったいかなーって」


 あれ。なんか石積君、ちょっと顔赤くしてるな。あ、そうか。そういえばこいつ、私のこと好きなんだっけ。月曜からずっと、アグリコラでぶちのめす相手としか見てなかったから忘れてた。よーし、この前ボコられた腹いせだ。ちょっとだけからかってやるか。


「ほーれほれ、好きな女の子のポニテだよー? 何か言うことはないのかなー?」


 手でポニテを揺らしながら、石積君に迫ってみる。顔を真っ赤にして、後ずさりながら目を逸らす石積君。うんうん、なかなかいい反応だね。


「い、いいと思うよ。カッコイイ」


 ……カッコイイ、か……。


「意外なところを突いてくるね」


 背を向けて、断りもせずに石積君の部屋がある二階に向かって、階段を上り出す。

 クソ。無難な誉め言葉に、「ありがと」って軽く返して済ませるつもりだったのに。石積君だと思って油断してた。ちょっとだけ、嬉しくなっちゃったじゃないか。





「あ、織木さん、いらっしゃい。もう準備出来てますよ!」


 部屋に入るなり、嬉しそうに声をかけてくる甘菜ちゃん。テーブルの上には、もうアグリコラのボードやらカードやらが、所狭しと並べられている。


「織木さん、今日は最低3戦はやりたいんだけど、大丈夫?」


 と、これは私の後から入って来た石積君。いいねいいね。二人ともやる気満々じゃん。そうでないと、こっちも努力してきた甲斐がないってもんよ。


「もちろんいいよ。じゃ、早速始めようか」






「2かま。私がスタートプレイヤーだね」

「4調理場。僕は3番手か……」

「じゃ、私とお兄ちゃんがチェンジだね」


 石積君は開始前のプレイ順を決めるやり方として、大進歩カードのコスト2かまど、コスト3かまど、コスト4調理場を全員に引いてもらうという方法を採用している。コスト2かまどを引いた人がスタプレ以下略、というわけだ。ジャンケンよりスムーズに順番を決められるので、私もこのやり方は気に入っている。別に、石積君ジャンケン弱そうだからこのやり方で決めてるんだろう、とか思ってないよ。


 続いて、職業カードと小進歩カードが7枚ずつ配られて、ドラフトが始まった。カードの効果を覚えてきたおかげで、今回はドラフトからすんなりゲームに入れている感じがする。1番手ってことは、職業は最初に出せるってことだよね。だったら職業はこれ一択かな? 小進歩は……あ、これいいな。よし、1位指名で。残った6枚ずつを甘菜ちゃんに回して、石積君から回ってきた6枚ずつを受け取る。えっと、最初に取ったのと相性の良いカードは……。


 すごい。霧が晴れたみたいだ。最初にやったときは、全然どのカードが強いのかわからなくて、たいして考えもせずにカードを選んでたのに、今は考えてるだけで汗が出てくるぐらいカード選びに集中出来てる。石積君も甘菜ちゃんも相変わらずほとんど喋らないで考え込んでるけど、確かにこれは喋ってるような余裕ないわ。でも、面白い。ピックしたカードをどう使おうか考えているだけで、ワクワクしてくる。まるでバドミントンで、練習で出来るようになったことを試合でどう活かそうか考えているときみたいだ。どうしよう。ドラフトの段階でこんなにテンション上がるなんて思わなかった。アグリコラってすごいゲームだな。アグリコラ、かぁ……。


 ドラフト終了。手札を眺めて、「微妙……」と不満げに呟く甘菜ちゃん。あんまりドラフトがうまくいかなかったのかな? 私の方は、かなり良い感じのピックが出来たと思う。いかんせん経験不足だから、経験者基準だとどうなのかはわかんないけど。石積君はポーカーフェイス。何考えてんのかわかんない。さっきはあんなに顔赤くしてたくせになー。見てろよ。その顔、今度は悔しさで真っ赤に染めてやるからな。


「じゃ、始めるよ。1ラウンド目は、羊だね」


 そう言って、めくられたカードの上に羊さんのコマを置く石積君。「お願いしまーす」と甘菜ちゃん。私は「よろしくね」と返しながら、『授業』のアクションスペースにワーカーのコマを置いた。

 最初に出す職業カードは、私のファーストピック。効果は、木材の累積スペースに行ったら追加で木を1本もらえるというシンプルなやつ。初心者の私でもわかる。1番手が初手で出すには、かなりスタンダードなカードなんだろうね。


「『木こり』を出すよ」


 さあ。いざ、決戦だ!

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