12日目③ お口に合いましたか?〈千鶴side〉
「で、二人の間でもう話はついたんだな?」
「えぇもちのろんですとも!!それはもう一切滞りなく、話の全てが片付きましたとも!!」
「ほんとか?千鶴」
「う、うん」
滞りなくかどうかはわからないけど、話がついたことに違いはないから、唯織の問い掛けに頷く。
「………まあ、ならいいけど」
ようやく唯織の溜飲が下がったみたいで、奏さんと一緒にホッと胸を撫で下ろした。奏さんが私と話した内容について一つも唯織に話したがらないから一時はどうなることかと思ったが、話が済んだと聞くと、唯織はそれ以上深くは聞いてこなかった。
「じゃあ、さっさとクラス戻るぞ」
時間よりも長く感じた休み時間が終わり、三、四時限目と何事もなく時間は過ぎて、昼休みになった。
「いただきます」
お弁当の包みを解いて、蓋を開ける。
「えっ!花守さんのお弁当めっちゃすごいんだけど!!映えじゃん!映え!ちょー可愛い!!」
いつも机をくっつけてお弁当を食べているグループの一人、ワカナさんが私のお弁当を見てそう言った。
テーマはうさぎ。
うさぎの形に切ったリンゴを始めとして、海苔や人参、ハムなどを駆使してライスをうさぎに見立て、栄養が偏らないように鮭や野菜、お肉をバランスよく、見栄えよく盛り付けている。今朝からかなり気合いを入れて作った力作だから、褒められるのは嬉しい。
「そう言っていただけると、とても嬉しいです。ありがとうございます」
嬉しい………けれども、私はそれより何より、気になることがあった。
それは、唯織が自分の作ったお弁当をどういう顔で食べているのか、である。
自分のお弁当を食べながら、ちらちらと唯織の様子をうかがってしまう。特別大きなリアクションもせず、時々奏さんと喋りながら普通に食べていた。
私のやつが試作品で、唯織のはもっと気合いを入れて作ったから、味も見た目もそれなりにできているとは思う。ただ、反応が見れないから実際に唯織の口に合っているのか気になってしまう。こんなことなら空き教室でもどこでも、何か理由をつけて一緒に食べれば良かったと後悔する。
気になり過ぎて、「お花を摘みに」と言って席を立ち、通りすがりに唯織の顔を見ようとしたが、すでにお弁当は空っぽ。食べ終わってしまっていた。
トイレに辿り着き、スカートを履いたまま便座に腰を下ろして落ち込んでいたら、ブルブルとポケットに入れていたスマホが振動した。
「電源……消すの忘れてた……」
スマホをポケットから出して見れば、奏さんからのメッセージが届いていた。
画面には『おすそ分けでござる☆☆』と表示されていて、なんだろうと思いながらRINEを起動してみる。
「…………ん゛んっっっ!!!??!」
思わず物凄い声が出てしまう。
届いていたのは一枚の写真。とてもいい笑顔で私のお弁当を食べている、唯織の姿をおさめた可愛すぎる一枚だった。
続けて、同じように笑顔で私のお弁当を食べている写真が何枚か送られてきて、無言で全てを保存して、『ありがとうございます!!!!!』と全力で奏さんに感謝のメッセージを送った。
さっきまで沈んでいた気持ちはどこへやら、限界まで口角が上がる。ニヤついた顔が戻らない。
満足感に浸りながらRINEを閉じようとした時、トーク一覧表示、今会話をしていた奏さんのすぐ下、笑顔でピースしている実写アイコンに視線がいった。そうだったと思い出す。
朝のあれこれですっかり頭から抜けてしまってたけど、そういえば昨日の夜に私、話す約束してたんだった。愛川さんと。
『放課後、一緒に帰る?』
丁度唯織から、この状況でなければこれ以上なく嬉しいメッセージが届いた。
『ごめんなさい。お誘いはすごく嬉しいけど、実は愛川さんと会う約束をしてて……。また、明日でもいいですか?』
『あー。わかった。じゃあまた明日』
せっかく誘ってくれたのに申し訳ないなと思いつつ、そろそろ教室に戻ろうと立ち上がれば、もう一通唯織からメッセージが届いた。
『あと、弁当おいしかった。ありがと』
「っっっ!!!!」
たった一文だけで、胸の中が幸福感で溢れる。これからも唯織にお弁当、絶対に作ろう。
そう改めて心に決めた昼休みだった。
放課後になって、私はすぐに帰宅した。
前にあんなことがあった上でワンクッションも置かずカフェに呼び出すのは無神経な気がしたので、じゃあどこなら二人でゆっくりと時間や周りを気にせず話せるだろうと考えた結果、自分の家に招くしかないなと言う結論に至った。
「クッキーをバスケットに盛り付けて……と。飲み物は来てから何がいいか聞くとしてー………うん。とりあえずこんな所かな」
何とか時間までに片付け、掃除、お茶菓子の準備、吸引を間に合わせることが―――ギリギリ出来ていない。自分で時間を指定した癖に、5分ほど過ぎてしまっている。
「愛川さんが遅れててよかった………」
でないと、ドタバタでお出迎えする羽目になっていた所だ。
スマホを開いても何もメッセージは着ていない。どうしたんだろうと思いつつ、こっちから連絡を入れたら急かすみたいになるかもしれないと、とりあえずもう少し待つことにした。
ソファに背中を沈めて、明日のお弁当はどういう感じにしようかと考えていたら、指定時刻から十分ほど過ぎた辺りでインターホンが鳴った。急いで親機から応じる。画面をエントランスの映像に切り替えると、見覚えのある顔が映った。
「いらっしゃい。愛川さん、すぐにオートロック開けますね」
声を掛けると、画面内の愛川さんは何故かびくりと飛び跳ねるように驚いた。
『あっ、は、花守先輩っ!!せっかくお誘いいただいたのに遅れてしまってごめんなさいっ!!!』
「いえいえ、それは全然構いませんけれど………もしかして迷ってしまいましたか?でしたらごめんなさい。わかりやすい場所で待ち合わせるとか、マンションの下で待つとかすればよかったですね」
『い、いえっ!!全然その、道に迷ったりとかはしなかったんですけど………』
「………?」
よく分からないけど、何か言いづらそうにしている。何か言えない事情でもあったのだろうか。
「とりあえず、上がってください。今オートロック開けますね」
『あ、ありがとうございます!!すぐに向かいます!!!』
愛川さんは大声でそう言うなり、一瞬でカメラ外に消えていった。通話終了ボタンを押して画面を閉じてから、首を傾げる。
「なんだか……様子がおかしかったような………?」
確かに先週の月曜日、カフェでのことを謝られた以来直接顔を合わせていないから、私も全く気不味くないかと言われたら嘘になるけれど、愛川さんのはそういう動揺とは違って見えた。
「………まあ、それはひとまず気にしないこととして」
愛川さんの様子は気になるけれど、それより何より、今から私は愛川さんに、コイロと言うVTuberについて知っているかどうか聞くと言う、店長さんから預かり受けた大事な使命のことを考えなければいけない。
「……ちゃんと聞けるかな」
なんて呟きながらリビングをウロウロしていたら、ふとソファに謎のモノトーンが目に入る。全部片づけたはずなのになんだろうと覗いてみれば、この前私が汚してしまって、お詫びにクリーニングすると預かった唯織のボアジャケットが何故か無造作に転がっていた。
「な、なんでこれがこんな所にっ!!??!?」
瞬時に記憶を遡る。
これを預かってから不安なことがあったり寂しい時、ジャケットに顔を埋めて匂いを嗅ぐのが癖になっていた。流石に今日こそは学校の帰りにでもクリーニングに出さなければと覚悟を決めた手前、学校に行くのが不安になって匂いを嗅いでいたらベッドの上に忘れてしまった。
そしてさっき、来客の準備を済ませて、ごく自然な思考でご褒美にジャケットの匂いを吸引して…………。
「って、なんで吸引してるの私はっ!?」
己のアホさ加減にセルフツッコミを入れたタイミングで、インターホンが二回鳴った。
「ぴゃっ!?」
早くジャケットをどこか目につかない場所に直さないといけないと言う思考と、愛川さんが来たから早くインターホンに応じて玄関を開けないとと言う思考が混ざった結果、何故か私はジャケットを丁寧に折り畳んだものを両手に抱えて、インターホンにも応じず玄関のドアを開いていた。
「愛川さん、いらっしゃい。外は冷えましたよね。中は暖かくしていますので、どうぞ上がってください」
「ひゃ、ひゃいっ!お、おじゃまします!!……………………あ、あの……それ、服ですか………?」
「あぁ、これは気にしないでください。来客があった時にモノトーンのボアジャケットを持って出迎えると運気が上がると言う星座占いがあったので、実践してみてるだけですから」
「え、ええと………なるほど……?」
口から意味の分からない出まかせを吐きながら、混乱する頭のまま洗面所とお手洗いの場所を示し、愛川さんをリビングに案内する。
「ジャケットだけ片付けてきますので、ソファに座って待っていてください。こちらおしぼりと、クッキーは食べられますか?」
「は、はい!好きです!クッキー!」
「それなら良かった。では、すぐに戻りますね」
にこりと笑みを浮かべて、リビングを出て自室へと向かう。
手に持っていた唯織のジャケットをベッドに置いて、その上に顔をダイブさせた。
「あ……あぶにゃかった…………」
ボアジャケットのもこもこした生地に埋もれながら、もごもごと安堵の息を吐いた。いや、危ないも何も、既に意味のわからない行動で後輩を困惑させてしまってはいるのだけれど、まだギリギリセーフな気がする。うん。セーフったらセーフ。これ以上の醜態は晒さないようこれから気を付ければ大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、もう一度深呼吸をしてから、よしと自室を後にした。
リビングに戻ると、愛川さんが物凄い勢いでクッキーを頬張っていた。
「お口に合いましたか?」
近付いて尋ねると、愛川さんはギョッとした顔でこちらに振り向き、さっきと比べて数のごそりと減ったバスケットの方をちらりと見てから、恥ずかしそうに頬を染めて小さく頷いた。
「は、はい………美味しいです」
「それなら良かった。全部食べてもらっても大丈夫ですが、夕食前なので食べ過ぎないよう気を付けてくださいね」
「…………はぃ」
学校の帰りに急ぎで用意したから口に合わなかったらどうしようと思っていたから、気に入ってくれたのなら嬉しい。恥ずかしそうにしながらも、まだクッキーに手を伸ばそうと葛藤している愛川さんを愛らしく思いながら、キッチンに向かった。
「飲み物はなにがお好きですか?すぐに用意できるのが、お水、麦茶、紅茶、コーヒー、オレンジジュース、ジンジャーエールですが……」
「あ、えっと、お、オレンジジュースが好きです……!」
「わかりました。すぐに持っていきますね」
普段はあまり甘いジュースは飲まないけど、嫌いと言うわけではないので愛川さん用と、自分用のグラスにもオレンジジュースを注いで、テーブルに運ぶ。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
愛川さんが座っているソファの左斜め前の一人座り用のソファに腰を下ろして、グラスを愛川さんに渡した。
受け取ったグラスを、クッキーをたくさん食べて喉が渇いていたのかすぐにコクコクと飲んでから、愛川さんは何やら言いたげな顔でこちらを見た。
「どうしましたか?」
「い、いえ、あの………花守先輩、なんか………いいことあったりとか、しましたか…?」
「ぇ、え?どうしてですか?」
「あ、えっと、なんとなく……その、前に喋った時よりも顔色がいいような気がして………」
そう言われて、猛烈に鏡を見たくなった。
私、そんなに顔に出てるのかな。そんなわかりやすく顔に出てるのなら、なんだかちょっとだけ恥ずかしい。
「……えぇ、実は最近、いくつかいいことがあって……それが顔に出てるのかもしれません。でも、よく気が付きましたね」
「いえ…………以前、その……怒られたから……」
「………?」
愛川さんは何やらボソボソと伏し目がちに呟いた。よく聞こえなかったけれど、愛川さんはコミュニケーション能力も高いし、きっと交友関係も広いだろうから、そういう人の変化に鋭いのだろう。
少しの間俯かせていた顔を上げて、愛川さんは今度は聞こえる声量で言った。
「あの………いいことってもしかして……………」
「もしかして?」
「………………いえ、なんでもないです」
「………?そう?」
何が言いたかったのかわからないけれど、言いづらいことなら無理に聞かない方がいいだろう。
それよりも、どうやって『コイロ』について尋ねようか。できるだけ自然に、愛川さんに気取られないような話題から入って聞くのがいいだろう。
「…………愛川さんは、VTuberの配信とかって、見たりしますか?」
「えーと……まあ、少しは………」
『VTuber』の単語を出した瞬間に、愛川さんは驚いたように目を見開いて、しかし言いづらそうに答えた。
「『コイロ』と言う名前のVTuberさんは知っていますか?」
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