3日目② それで、大っ嫌い

「私はこの、いちごパフェとオレンジジュースおねがいしまーす」


「私はえっと、これとこれ、チーズケーキとアイスレモンティーで、お願いします」


「私はこちら、チョコバナナのパンケーキと、ウインナーコーヒーのホットをそれぞれひとつずつ……以上で、よろしくお願いします」


「はい、ありがとうございます。それでは注文の方、繰り返しますね。いちごパフェが――――」


 ショッピングモールの少し閑散としたエリアに開かれている、クラシカルな雰囲気漂う私イチオシのカフェ。


 席は私の正面に花守、その隣に愛川と言った並びになっている。


 オーダーの確認が終わり、店員のカウンターに向かっていく背中を見送ってから、愛川が徐ろに立ち上がった。


「すみません私、少しお手洗い行ってきます」


「行ってらー」


「はい、行ってらっしゃい」


 若干気不味そうにしながらトイレに入ったのを確認してから、花守は不気味な笑顔を私に向ける。


「とてもいいカフェを紹介してくれてありがとう、有馬さん」


「いえいえ、気に入っていただけたようで何より」


 1ミリも思ってなさそうな感謝を受け取ったタイミングで、机の傍らに置いていたスマホに通知が来る。


 ちらりと画面を見れば花守からのメッセージで、思わず吹き出しそうになる。


『どういうつもり?』


 送り主の花守は変わらず笑顔のままこちらを見ている。


 一度も視線を落とした様子はなかったから、恐らく画面を見ずにメッセージを送ったらしい。器用なやつ。


「別に?ここで会ったのはホントに偶然だし、改めて連絡して会う手間暇考えたら一緒するのが楽だと思っただけ。まあ、悪いとは思ってるよ、多少は」


 私の言葉に、花守の眉がぴくりと動く。


 そしてもう半分の理由は、後輩の前で必死に体裁を取り繕ってる花守を見ることだけど、これは伏せておくか。


『待って。ここで言わせるつもり?』


「ここじゃなくてもいいけど、ちょーど愛川もいないし、いいんじゃね?さっさと言っちゃった方が楽だろそっちも」


 私の言葉に、どんどん花守の笑顔が崩れていく。


 っていうかなんだこの会話。

 スマホのメッセージに口で喋って返事するって、傍から見たら私ヤベーやつじゃん。


「………」


 こんな所でこいつが言うわけ無いと半分冗談で言ってみたつもりだったが、花守は悩ましげに黙り込む。


 わざわざ私の言葉に従う義務なんてどこにもないのに、頭がいいはずなのに、こういう融通がきかない不器用な所は少しだけ可愛いと思う。


 どうするのか見ていたら、花守は嫌そうな顔でテーブルに少しだけ体を乗り出して、「私は、有馬唯織のことが……」と、いつもの言葉を言いかけた所で―――


「なに……やってるんですか…?」


「っ!?」


 慌てて声の方に振り向く花守。


 そこには、複雑な表情を浮かべる愛川の姿があった。


「おー、おかえり」


「………はい」


 刺すような視線と、さっきよりも低い声で返される。


 戸惑う花守と、不機嫌そうな愛川。


 気不味い雰囲気から脱するように、花守はスマホをポケットに入れて立ち上がった。


「おかえりなさい、愛川さん……私も、お手洗いに行ってきますね」


「はい…行ってらっしゃい」


「いってらー」


 花守の背中を見届けて、愛川は椅子に腰を下ろさず私に視線を向けた。


「……それで、花守先輩の秘密について、教えてくれるんですよね?」


「ん?うん、まあ。っていうか、座ったら?」


「……わかりました」


 言われるまま、椅子に座る愛川。


 そういえばさっき、カフェに同席させてくれる条件でそんなこと言ったな。


「………さっきの」


「うん?」


 完全に忘れてた『花守の秘密』についてどう言おうか考えていたら、先に愛川が口を開いた。


「見たことない顔でした。クラスメイトの有馬先輩に、花守先輩があんな顔をするなんて変です」


「ふーん」


「……やっぱり、嘘ですよね?ただのクラスメイトって。だって私、見ちゃいましたもん。昨日の昼休み、花守先輩が聞いたことない口調と声で怒鳴ってるところを………アレ、怒鳴られてたのって有馬先輩ですよね?」


「あぁ。いたんだ、あの時」


 なるほど。昨日のあのやり取りを見てたから、私と花守の関係を疑ってたのか。


「…………認めるんですね」


「認めるもなにも。そもそも、私と花守の関係を『クラスメイト』って言ったのは花守だし、とも言ってなかっただろ」


「だったら…!本当は……どういう関係なんですか」


「あー、じゃあそのことも含めて、花守の秘密を教えようか?」


「…はい、教えてください」


 そのタイミングで、スマホにメッセージの通知が届く。

 花守から『愛川さんに余計なことを言ったら殺す』と、画面に表示されているのを一瞥して、スマホをポーチにしまう。


「まー、簡単に言えば………花守は、私に毎日告白しないといけない義務を自分から抱えてるバカなやつ、って所かな」


「…………は?」


「それが花守の秘密で、私と花守の関係でもある」


「あの……それ、本気で言ってます?」


「本気だよ、一言一句」


 むしろそれ以外にないくらいバカ正直に話したのに、愛川は全く信じて無さそうな目で私を睨んでくる。


「それが仮に本当だとして、あの誰に対しても温厚で優しい花守先輩があんな声を荒げていた理由にはならないです」


「理由なんて。ただ単に嫌いなんだろ、私のこと」


「……なにしたんですか?」


「なんもしてねーよ」


「なにもしてないのに、花守先輩が一方的に人を嫌うはずないです」


「人間なんだから、何となくで嫌いになるくらい普通だろ。同学年のやつらもそうだけど、花守に夢見すぎ。普通に舌打ちしたりするぞ、あいつ」


「そ、そんなわけっ……!!」


 次第に困惑めいた表情で、しかし頑なに納得する様子がない愛川。

 ただの人間に何を求めてるのか。


 花守は普通に舌打ちもするし、地団駄も踏むし―――意識を失って、階段から落ちかけたりもする。


 同学年や先生、愛川みたいな後輩が花守のことを、それこそ『女神様』のように賛えているのは、花守の普段からの立ち振る舞いがそうさせているのだろう。


 そうなっている現状についてはただただ「夢見すぎだろ」くらいにしか思わないが、なんとなく、目の前の愛川が花守の真実を認めようとしないことには、なぜだか少し腹が立った。


 だから、花守からのさっきのメッセージが頭の中に浮かんでいながらも、余計な言葉が口から出るのを止めることができなかった。


完璧そうであって欲しいって、都合のいい人形としてしか見てないんだろ。花守あいつのこと」


「ちがっ――――」


 動揺して立ち上がったタイミングで、店の奥の方から扉が閉まった音が聞こえた。


 音の方に振り返った愛川は目を見開く。

 視線の先には、丁度トイレから出てきたらしい花守の姿があった。


「私はっ……本当に花守先輩のことが……代わりじゃなくてっ……」


 何やらブツブツと呟いてから、吐き気を催したように手で口元を押さえ、怯えたような目で私を見る。


 かと思えば、脇に置いてあったカバンを掴んで肩に提げて、二の句も告げずにソファから降り、店を飛び出して行ってしまった。


「まっ、待って……!?愛川さんっ!?」


 去っていく背中に慌てて花守が手を伸ばして声を掛けるが、その声は届かず。


 そして当然、ものすごい形相で花守に睨まれる。


「……なにを言ったの?」


「別に何も」


「………」


 しらばっくれる私に、首根っこを掴む勢いで近づいてくる花守。


 暴言でも浴びせられるのかと思いきや、いきなり花守は私の耳元に唇を寄せ、いつもの言葉を口にした。


「私は……有馬唯織、あなたのことが……好き――――」


 しかし、続く言葉だけはいつもと違った。


「――それで、大っ嫌い」


 それだけ言って私から離れた花守は、財布からお札を三枚ほど取り出し、私の前に叩きつけるようにして置く。


 怒りに満ちた目で私を一瞥し、カウンターの方に「ごめんなさい」と一礼だけして、店を飛び出して行ってしまった。

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