私のことが大嫌いなクラスメイトに告らせてみた
甘照
1日目① 私のことが大嫌いなクラスメイト
クラスメイトに一人、気になるやつがいる。
「
「花守様!昨日は痴漢から助けてくれてありがとうございました!お礼にお菓子作って来たので食べてください!」
「女神様!!オレと結婚してください!!」
「そんなそんな…!わざわざお菓子までありがとうございます。皆さんのお役に立てたようで嬉しいです」
高校の休み時間。
教室の一角で男女問わず群がられているのが、私が今気になっているやつだ。
花守
さらりと流した黒髪ロングに端正な顔立ち、文武両道で誰に対しても分け隔てない優しさと丁寧な対応で一部の生徒からは『女神様』とまで呼ばれている。
なのに―――――――
「……………チッ」
花守千鶴が取り巻きを従えながら私の席の前を通過する際に、目が合ったかと思えば思い切り舌打ちをされた。
相手によってはこの場で誰にもバレないように脛を蹴り上げていただろうが、別に苛ついたりはしていないから、今回も本能的に睨み返すだけに留めおくことにする。
目が合えば睨まれる。
通りすがりに舌打ちをされる。
同じグループになったら露骨に不機嫌そうな態度を取って来る。
私の方から花守に何かした覚えもないのに、いつの間にかそういう態度を取られていた。
他のクラスメイトは余程花守千鶴に心酔してしまっているのか、花守の私に対するあからさまな態度に気付く様子は一切ない。
実際、今も明らかに舌打ちが取り巻きに聞こえているだろうに、そんなこと女神様がするはずないと言わんばかりに指摘をする人はゼロ。何なら私を見る人は花守以外にいない。
たまに一々睨まれたりするのがめんどうだなと感じることはあっても、どちらかと言えばなんでこいつは私にだけこんな態度を取るんだろうと言う疑問の方が勝つ。
そういう意味でも、私、
「………にしても」
今日の花守、なんとなくいつもと違ったような……。
「なにが?」
「………ん?」
肩辺りまで伸びた茶髪を指で弄っていたら、不意に隣から話しかけられる。振り向けば、クラスメイトであり親友………腐れ縁の悪友である
「『なにが?』って……なにが?」
「いや、今なんか喋ってなかった?ひとりごと?」
言われて、さっきの「………にしても」が口に出ていたことに気付く。
「あー……そう、ひとりごと。別に奏に用はない」
「ほお~~。そんなこと言って、私の今日仕入れて来たばっかり新鮮つやつやの雑学に興味があるんじゃないのかね?」
そう言いながら、視力がいいくせ謎につけている伊達メガネをクイッと上げる。
「ねーよ1ミリも」
「さいですか」
「それより、今日の花守千鶴、いつもと違ってちょっと変な感じするんだけど、奏はどう思う?」
「ほお。これはこれは。あの流行りやらトレンドやらに無関心気取ってマイブームばっかにお熱ないおりんが、まさかこの高校ナンバーワントレンドである花守千鶴氏に興味を持つとは〜。一体どういう風の吹き回しで?」
「うるせー。気取ってんじゃなくてホントに興味がないんだよ。それより質問に応えろ伊達メガネ」
「失礼な。おしゃれ眼鏡と言い改めよ」
「クソダサ眼鏡」
奏はツヤのある黒髪ハーフを肩辺りまで伸ばし、おっとりとした美人系の顔立ちをしているのに、何故か厚めの黒縁眼鏡をつけている。
眼鏡女子がどうこうというわけではなく、奏に眼鏡が似合ってないし、つけてる眼鏡もダサい。
一回面と向かって「似合ってない」と言ってみたが、「これはキャラ付けなのですよ。親しみやすかろう?」とか返された。確かになと納得してしまった自分がちょっと悔しくて、得意げにしてる鼻面にでこぴんをかました覚えがある。
今も何故か罵られて満足そうにしてるのがちょっとウザい。
「まあそれはそれとして、私の目には花守氏はいつも通り完全完璧みんな大好き女神様に見えますなぁ」
教室の出入り口付近で取り巻きたちと談笑している花守を見ながら、奏はそう言った。
いつも通りに見えると言われたらそんな気もしてくるけど、ぶっちゃけ奏は人の顔から感情を読み取るのが下手だから、あんまり信用ならない。
「………人がいつもとちょっと違う時に何があったのか、上手いこと読み取れる雑学とかないの?」
「本人に直接聞いてください」
「正論やめろ」
アホ眼鏡の脳天にチョップを喰らわしていたら、視界の端に花守が教室から一人で出ていくのが見えた。
その時に見えた彼女の姿にそこはかとない不安を覚え、何かに突き動かされるように、気付けば私は立ち上がっていた。
「いおりん?」
「……ちょっとトイレ」
「今日の雑学は?」
「あとで聞く」
言質を取ったとばかりにニヤケ顔を浮かべる奏を尻目に、私は足早に教室を飛び出した。
もうすぐ休み時間が終わるからか、ほとんどの生徒が教室に戻り始めて人の減った廊下。ふらふらと覚束ない足取りで歩く後ろ姿が一つ。
引き寄せられるように、その後を追いかける。
人通りの多い階段を通り過ぎて角を曲がり、一つ奥の人気のない階段の方へと進んでいく。
追いかける足は次第に速くなり、前を歩く花守の足先が下り階段の方へと向く頃には、私はもうほとんど全力で走っていた。
「花守っ!!」
大声で呼びかける。
「………ぁ…」
小さく、花守の掠れた声が聞こえたような気がした。
彼女の足が階段を踏み外し、上体が前のめりに傾いていく寸での所でギリギリ滑り込み、華奢な身体を後ろから抱きとめる。
自分より少しだけ小さい体を胸の内に包み込み、そのまま尻餅をつく。
「ふー……あっっぶな」
間一髪の所で何とか助けることができて、ホッと安堵の息を漏らす。
無意識に大切なものでも守るかのように、腕の中のクラスメイトを抱きしめる力を少しだけ強めていた。
それが契機となったか、今まで大人しかった花守がもぞもぞと動き出した。
「んんぅ………ぇ……?なんで私……こんな所で………」
「……寝不足なんじゃね?階段頭から突っ込みかけてたし」
「……………は?」
私が声を発した瞬間に花守の体は強張り、ギギギと軋む音がしそうな程鈍い速度で首を回して、彼女の視界の端に私の姿を捉えるなり、物凄い力で暴れ出す。
「やだっ………離してバカッ!!!」
「ちょっ……おい!暴れんな!!」
階段が近いのに、考えもなしに暴れる花守の体を何とか壁側へ放り投げるように解放する。
壁に背中をぶつけても、気にせずこちらを睨みつけてくる花守。
「はぁ………ったく、まあ元気ならいいよ。あとちょいで休み時間終わるし、まだ体調悪いなら誰か頼って保健室向かうか、大丈夫なら教室戻れば?」
「な……なに言って……」
私の言葉に花守は困惑したような声を出しながら階段と私と交互に視線を動かし、驚いたような表情で目を見開いた。
「ぁ、あなたが………助け……なんで……」
信じられないとばかりに手で口元を押さえて、見開いた瞳の開閉を繰り返す。
そう言われても。どうしてさっき、衝動に駆られたように教室を飛び出して、あそこまで必死になって花守を助けようとしたのか、自分でも分からない。
向こうも色々混乱してるだろうけど、私だってどうしてこうなっているのかよく分からない。
「さぁね」
言いながら立ち上がり、スカートについた砂埃を払う。
「手、貸すけど?」
ぺたん座りで変な顔をしている花守に手を伸ばす。
「………い……らない」
顔を背け、低い声で拒否される。
「あっそ」
花守千鶴のことが気になるのは確か。
だけど、向こうがあんなにも嫌って拒否ってる以上、こちらからわざわざ踏み込んで関係を築こうとは思わない。それこそ、花守が自分を嫌ってる理由くらい奏に聞けば分かりそうなもんだし。
もうじきチャイムも鳴る。
授業に遅れてまで続ける話題もない。
「じゃ、私行くから」
未だに座り込んで何やら神妙な顔をしている花守の横を通り過ぎて、教室の方へと歩き出す。
何故か、後ろ髪を引かれるような何かが胸の内をつっかえているような気がして気持ち悪いけど、それを振り払うように一歩一歩と花守から遠ざかって―――――
「ま、待って!!」
振り向けば、ようやく立ち上がったらしい花守が何とも言えない表情でこちらを見ていた。
「何?」
問えば、花守ははくはくと何度か口の開閉を繰り返してから、意を決したように「さっきの………」と言葉を発した。
「助けてくれたこと……感謝…するわ」
「あぁ、どーも」
そんなに嫌そうに言うならわざわざ言わなくてもいいのにと思いながら、とりあえずあるのかわからない感謝の気持ちを受け取る。
「それで……なにか欲しいものとか……ない?」
「……はい?」
「だ、だからっ!!欲しいものはないかって聞いてるの!!」
「いや、何が言いたいのか全然わかんないんだけど」
「だから、助けてくれたお礼にっ!欲しいものはないのかって聞いてるのよ!!」
「あぁ……いや、別にないけど」
「なくても何でもいいから言って!!欲しいものでも、私にして欲しいことでもいいから!!」
なんでお礼をしたいって話でこんなに怒鳴られてるんだ私は。
「しつこいって。なんもいらないって言ってんのに。なんでそんなにお礼したがるんだよ」
「…………その質問に応えることがお礼ってことでいい?」
「それはやだ」
何にもいらないとは言ったけど、そう言われたらお礼がその質問だけで解消されてしまうのが勿体ないような気がしてきてしまう。
ひねくれた返答しかしない私にどんどん怒りのボルテージを上げていく花守。本人が自覚してるのかわからないけど、顔が阿修羅像みたいになっている。
そのまま噴火するかと思いきや、大きく息をはいて、吐き捨てるように言った。
「……わかったわ。なら、もうすぐ授業も始まるし、昼休みまでにお礼の内容を考えておいて」
「まあ、いいけど」
「場所は……そこの空き教室に来て」
中々素直に言うことを聞かない私に眉をしかめながらも、律儀に場所まで指定してくれる。指定場所は階段のすぐ横の空き教室。極まれに使われているのを見かけるが、大体誰もいないから密談にはもってこいの場所だ。
「りょーかい」
「………………それじゃあ、また」
花守はそう言って、二度と会いたくなさそうな表情を浮かべたまま私の横を通り過ぎて、教室の方へと歩いて行った。
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