ブラッド・フォーリナー

車田 豪

第1話・プロローグ

「クソッ! クソッ!」


 男は罵った。恰幅のいい男だった。痛む左腕を右手で押さえるが、容赦なく血が滴り落ちる。既に腕の感覚は失われていた。


 足取りも覚束ない。出血多量だろうか? それとも他の負傷に気づいていないだけか。どちらにせよ、絶望的な状況であることに変わりは無かった。


「クソッたれ! あの役立たず共が!」


 口汚く呪詛を吐き散らす男の背後に、革靴が石畳の地面を打ち鳴らす音が迫っていた。


「チィ! こっちへ来るなぁ!」


 男は振り向きざま、貴族服の懐から魔術銃を引き抜いて、靴音の方へ向けた。魔術銃というのは、古いフリントロック式のピストルの様な形状をした銃器であり、銃口から魔力を弾丸として発射する。


 渡来人フォーリナーの技術によって開発された、魔術の心得が無い者でもそれを扱えるように設計された武器だった。


 震える右手で男は魔術銃を構え、靴音のする方へ魔力弾を乱射する。


 真夜中、裏道の暗がりの中で、魔力弾が敵に着弾し、肉を磨り潰す音が散る鮮血と共に鳴り響いた。


「やった……? やったぞ! 見たか! この――」


 男が半狂乱で声を上げた途端、闇の中を赤い閃光が一閃した。瞬間、男の右手首に熱が奔り、そして鋭い痛みがそこから湧き上がる。


 叫び声を上げ、男は石畳に膝を付いた。右手を突こうと腕を伸ばす。が、その先に付いているはずの右手が無かった。暗い地面の上、辛うじて見えたのは、吹き出す赤い血とむき出しになった肉だけだ。

 

 暗がりで叫び声が上がる。あれは誰の物だろうか? いや、叫んでいるのは男自身だった。激痛が意識を朦朧とさせ、脳が目の前の光景を必死で否定しようとする。


「そ、そうだ! 用心棒! おい! 魔術師連中は何をやっているんだ!? 高い金を払った甲斐が――」

「死んだよ」


 眼上から投げかけられた言葉に、男の訴えはかき消された。声の主が暗闇から姿を現す。白いシャツの上に、黒いパンツ。そして黒いジャケットに腕を通した若い男だった。


 その男の右腕には赤い刀が握られている。刀身だけでなく、鍔や柄の部分までが真赤の刀だった。


 その男は、顔の右半分と左の脇腹が抉られた状態でそこに立っていた。およそ何故生きていられるのかが分からない状態だ。しかし、男の傷はみるみるうちに塞がっていき、脇腹が埋まり、顔の右半分が抉られた部分から盛り上がった。


「全員、俺が殺した」

「き、貴様! 渡来人フォーリナー!」


 眼前に突きつけられた赤い刀身を撥ねつけるような勢いで、腕の無い男は声を上げる。

 

 刀を持った男は、冷たい眼差しで地面に横たわる彼を見下ろしていた。


「何故だ! 何故私がお前の様な奴に殺されなければならないのだ! お前! お前は何者なんだ!」


 腕の無い男は、積もり積もった疑問を全てぶつける勢いで目の前のジャケットの男に捲し立てる。


「ヴィレム」


 ジャケットの男は変わらず冷たい眼差しで言い、真紅の刀を振り上げた。


「ヴィレム・クルースニク。それが俺の名だ」

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