第22話 王妃の願い

「王妃様、大変です。リコ様が王の治療中に倒れられたと」

「どういうこと?」


 いつも冷静な王妃が焦っている。それよりも驚くのはリコのことだ。唯でさえ最近のリコはいろんなところで魔法を使っているので目立っていた。

 リコの身を守るため皇后宮の奥深くに閉じ込めておきたかったが、リコ自身がその生活になじむことはなく、目ざとい貴族からは探りが入り始めている。

 カナルシアとリコの部屋に向かうと、部屋の外まで声が響いていた。


「侍従長。何があったのですか?」


 部屋の外でオロオロしている侍従長がいた。

 どうやら部屋の中に入ってもいいのか迷っているようだ。


「それが、リコ様が気を失ったそうで、レイモン皇子がリコ様を抱えて部屋に戻られたのですが、ネヴィル皇子もご一緒にお部屋に入られて……」


 侍従長から話を聞いている間もネヴィルの声が響いている。


「レイモンの侍女のマリベルをここに連れてきて」

「はい」


 侍従長はやっと解放される安心感からすぐさま立ち去る。

 王妃は部屋のドアを開ける。


「レイモン、何をしているのだ」


 ネヴィルは顔を赤らめながらレイモンに怒鳴っている。

 そのレイモンはベッドの上でリコを抱きかかえてポーションを口移しで飲ませていた。リコの服は胸元が大きく開いていて肌が見えている。レイモンの反対側でリコを支えているハミルトンは視線を逸らしていた。リコの侍女は皇子二人の間に挟まれてこちらもどうしたらいいのか困惑気味で立っている。


「レイモン。リコの様子はどう?」

「王妃様。レイモンが気を失っているリコに不埒なことを!」


 ネヴィルが気づき、駆け寄ってくる。


「ネヴィル、落ち着きなさない」


 ネヴィルを宥めているうちにレイモンはリコにポーションを飲ませ、ベッドに寝かせていた。


「母上。すみません、私がもっとしっかりと見ていれば防げたことです」

「レイモン、防げたという問題ではないだろ。あれどういうつもりだ」


 ネヴィルはレイモンに詰め寄っている。

 王妃は額に手を当てた。頭が痛くなってきた。

 レイモンの行動は確かに皇子としての行動ではないが、リコのことを考えるとそれほど責められるものではない。今回はネヴィルの生真面目さがここまで騒ぎを大きくしてしまったのだろう。

 侍従長がマリベルを連れて戻ってきたのでオリビアと一緒にリコの着替えを頼む。


「二人とも私の部屋に来なさい。ここではリコが目覚めてしまうわ」


 ハミルトンを残し、皇子二人を連れて王妃は部屋に戻った。

「なにがあったの?」


 部屋に入って二人を座らせて開口一番、聞いた。


「王の体調が急変したのでリコを呼んだんです。そこで魔力を使いすぎてしまって、椅子に座らせていたのですが、不審な鉢植えを見つけて調べている途中、リコが気を失って倒れてしまいました」

レイモンの話しで王妃も気になることがあった。

「不審な鉢植えってもしかして王の寝室にあった?」


 お昼前に様子を見に行った時に部屋にあった鉢植えを思いだす。

 いつもは花瓶に生けられた切り花が置いてあるのだが、今日に限って鉢植えがあったので妙な気がしていた。


「コルデー伯爵の使いの者が持ってきたそうです」


 レイモンは淡々と事実を告げる。そこに何の感情も見られない。

 不思議な子だと思う。コルデー伯爵はネヴィルの母方の親族だ。そこに何らかの理由を疑ってもいいはずだがレイモンはそれをしない。

 この子はいつもそうだ。事実を事実のまま受け止める。その為、周囲からは冷たいと思われているがそんなことはない。常に周囲に気を配り、自分を押し殺しているきらいがあることは心配でもある。


「王妃様。コルデー伯爵家は誓ってそのようなことはしません!」


 ネヴィルが必死に訴えてくる。そんなことしなくてもいいのにとさえ思い、悲しくなってくる。

 こちらも前王妃のティアローズ様が亡くなってから異常に周囲を気にするようになっている。常に皇子としての立場を考えて自分の考えより周囲が何を考えているか、自分がどうみられるかを考えて行動している。ティアローズ様の立派な王になってという遺言がこの子を追い詰めているのかもしれない。


「レイモン。詳細を調べて報告するように。それと、この件は公表を控えてね」

「はい」

「レイモンはもう部屋に戻ってもいいわ。ネヴィルはもう少しお話ししましょう」


 二人に告げるとレイモンは素直に部屋を出ていった。

 残りの一人は複雑な表情をしている。


「ネヴィル。貴方の親族を疑うつもりはないわ。レイモンが必ず正しい証拠を見つけてくれるはずだから信じて」

「ですが! レイモンを皇太子にと考えている者達からすれば好機ととられかねません」

「そうね。そうならないために、ネヴィルに一つやってほしいことがあるの」


 ティアローズ様の約束を守らなければいけない。出来るだけ、ネヴィルの負担にならないように。


「私は何をすれば?」


 ネヴィルの願いは切実だ。おそらく母親の願いを叶えるためならどんなことでもするだろう。だが、それではネヴィルの心が死んでしまう。


「リコが目覚めた時に会いに行ってほしいの」

「はい?」


 ネヴィルにとっては疑問でしかないだろう。しかし、今のネヴィルに必要なのはリコだ。

そう考えて王妃はネヴィルに言った。

 目覚めた時、リコは自分の部屋のベッドに寝かされていた。


「リコ様。お目覚めですか」

「うん。どれくらい寝ていた?」

「二時間ほどです」


 オリビアに手伝ってもらい体を起こす。

 着替えさせてくれたようで、ネグリジェを着ていた。ベッドから出て、ショールを羽織る。


「レイモンは何か言っていなかった?」

「なにも仰っていませんでした」


 窓の外を見ると陽は落ちていた。この時間から動くのは無理がある。

 オリビアが食事の用意をしてくれたので、体力回復に専念することにした。


「レイモン皇子が珍しく取り乱していました。リコ様、いったい何があったのですか?」


 オリビアはレイモンが私を抱えて部屋にやってきたことを詳細に語ってくれた。

 レイモンの後ろにはネヴィル皇子とハミルトンが付いてきて、ひと騒動あったという。

 頭が痛い。この国の人からしたら、レイモンの行動は不謹慎だと思われたようだ。

 過ぎたことを考えても仕方がない。それによく考えたら、お昼も食べていなかった。あまりにも空腹すぎて用意された食事はいつもより多く、それも早く平らげてしまう。

 食後のお茶を用意してもらうが、まだ物足りなかった。


「なんか、簡単につまめるものはないかしら」

「リコ様。まだ、召し上がられるのですか?」

「うん。まだちょっと足りないかな」

「少しお待ちください。すぐ準備します」


 オリビアが部屋を出ていく。

 お茶を飲みながら、王の部屋で見たものをぼんやり考えていた。


 トントン。


 カップを置き、ドアの前まで行く。


「どなた?」

「ネヴィルだ」


 リコはドアを開けるとネヴィル皇子が籠を持って立っていた。


「もう大丈夫か?」

「はい。どうされたのですか?」

「魔力を使い切ったと聞いたから、甘いお菓子でもどうかと持ってきた」

「どうぞ、お入りください」


 丁度、甘いものが食べたいと思っていた。

 それに気を失っていた間のことが聞けるかと思い部屋に招き入れた。


「いいのか?」

「なにがです?」

「いや、何でもない」


 急に顔を伏せる。

 なにがいいのかよくわからないが、ネヴィル皇子をテーブルに案内してリコがお茶を入れた。


「見てもいいですか?」

「あぁ。疲れた体には甘いものがいいらしい。と王妃様から聞いた」


 ネヴィル皇子がテーブルの上に置いた籠の中からはチョコやレーズン入りのクッキーにチーズケーキやフルーツケーキまで入っていた。


「ありがとうございます。嬉しい!」


 早速チョコクッキーを一つ頬張る。

 サクサクして美味しい。お茶を一口飲んで、今度はチーズケーキを口に運んだ。頬に手を添えて幸せをかみしめる。


「美味しいです」


 我慢が出来なくて、次々とクッキーやケーキを口に運ぶ。

 ネヴィル皇子は何も言わずにただ、黙って見つめてくる。クッキーを口に運ぶ手が止まった。


(流石に食べすぎか?)


 口直しにお茶を一口飲んだ。


「ところで、あの鉢植えは誰が持ってきたものか分かりましたか?」


 確か、レイモンが警護の人に確認していたはずだ。確かめたいことの一つでもある。


「コルデー伯爵の使いだという侍女が持ってきたものらしい」


 コルデー伯爵は前王妃の兄だ。そしてネヴィル皇子の叔父にあたり、宰相を務めている人物だったはず。


 ネヴィル皇子は何も言わない。

 その為、リコも無言でネヴィル皇子を見ていた。


「王妃様のおっしゃるとおりだな」


(どういう意味?)


 ネヴィル皇子は椅子に深く座って背もたれにもたれかかる。


「王妃様はなんと?」

「特に何も。ただ、そなたに話しても疑うことはないだろうと言われた」

「まぁ、そうですね。ネヴィル皇子とレイモン皇子を見ていると、重臣たちは公平な目で仕事にあたっていると思われますから。疑うようなことはありません」

「その公平な目をしているという根拠はなんだ?」

「あなたとレイモンのうちどちらかが皇太子になる状況の中で、派閥はあるにしても王の病の中、国内のことが滞りなく行われている現状を見るときちんとした判断が出来る人たちだと思うからです」


 ネヴィル皇子は口元に笑みを浮かべながら目を伏せた。

 ネヴィル皇子を陥れようとしている人物か、もしくはレイモンも巻き添えにしようと企む人物か、これから私がやることを考えると敵と味方をはっきりさせておかないといけない。


「それで、誰が怪しいとお考えですか?」

「誰が怪しいか……。そなたは何か視えたのか?」


(やはり気づいていたか)


「跳ね返されました。確かめないといけないのですが、夜も更けましたし、お腹が空いたので食事をしていました」

「食事もして、あれだけのお菓子も食べてか?」

「お昼も食べていませんでしたし、体力を使ったので。それよりもレイモンからお聞きになりましたか?」


 ネヴィル皇子もそのことを聞きに来たのだろう。

 身体を乗り出してきた。


「なにが知りたい?」

「夜の散歩でもいかがでしょうか」


 ネヴィル皇子なら何かあっても誤魔化せる。それに結構強いから護衛にもなる。

 一人で行こうかと思っていたが、思わぬ来客で功を奏した。使える者は使え。


「いいだろう」


 ネヴィル皇子に笑みを向けると何か思惑があるのかすんなり受け入れてくれた。

リコは誤解の無いように簡単に説明をした。

「では、あの鉢植えがコルデー伯爵の関係者が持って来た物ではないと言うのか?」

リコの言葉に複雑な感情を押し殺して聞いてくる。リコは言葉を選びながら説明する。

「あの鉢植えの先を追ってみたのですが王宮の外に出て見知らぬ森の様な所に辿り着きました」

「それで何がわかったのか?」

ネヴィル皇子の動揺が伝わる。

「それが、森の中までいった時、跳ね返されました」

「跳ね返された?」

ネヴィル皇子は考えこんだ。

はねかえすには対象人物より魔力が多くなければいけない。それもリコは数日間寝込んでいたくらいだ。それ程強い魔力を持つ人物は限られている。

ネヴィル皇子はある可能性が思い浮かぶがまさか?と思い直す。

「せの跳ね返した人物に心当たりがあるか?」

ネヴィル皇子の質問にリコは答えに詰まった。

確証がないのだ。確かめたいことがあるが、すぐわかるのかと聞かれると自信がない。

「確認しないといけません」

リコが言うとネヴィル皇子は乗り出した。

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